炸裂、◯◯チ! その六

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





〈巨大うらら〉のでんぐり返しを、見世物小屋の屋根上で見物していた外法衆若手三人。


 蝉丸が闘いの感想を吐露とろする。


「あー、矢張り宮森さんは巨大生物の弱点を見逃しませんか」


天芭てんば 隊長に重傷を負わせただけはあるぜ。

 正直いって、あの機転はやべーな。

 ……って、おっと!」


「おちるー!」


 でんぐり返しの衝撃で、危うく屋根上から転げ落ちそうになった橋姫を助ける気狐。


「あぶねーから大人しくしてろ。

 このお子ちゃまめ」


「ハシヒメおこちゃまじゃないもん!

 れでぃーだもん、ぷりんせすだもん!」


「分かった分かった。

 でもよ、レディーやプリンセスは屋根上から転げ落ちたりはしねーと思うぜ」


「キコのばかー!」


 気狐に痛い所を突かれた橋姫だったが、続けての衝撃に更なる嬌声を上げた。


「ウララのでんぐりがえしれんぱつー。

 ろーりんぐあたーーーっく♪」


〈巨大うらら〉は「ろーりんぐあたーーーっく♪」を繰り返し、方法はいびつながらも巨体を前進させて行った。


『バスーーーーン!』


 背後から宮森が狙い撃つも、〈巨大うらら〉が冷却を諦めた所為で上手く行かない。

 余りに高温な為、細胞融解素が熱で壊れてしまうのだ。


 このまま射撃を続けてもらちが明かないと考えたのだろう。

 宮森は〈巨大うらら〉の背後を追従する。


 その巨体で見世物小屋を半壊させ乍ら突き進む〈巨大うらら〉。

 蒸気を噴き出し濛々もうもうと辺りをけぶらせているその様子から、彼女の活動限界が近いと判る。

 そして、その目的も。

〈巨大うらら〉は、大天幕テント裏にある川で自身を一気に冷却する腹積もりなのだろう。


 川のせせらぎが僅かに聞こえる中、そんな〈巨大うらら〉を待ち受けている者が居た。

 澄である。


 但し、生体装甲バイオアーマー輪郭シルエットが今迄とは若干異なっていた。

 左右肩部の装甲が上下にまくれており、その内部には擂鉢すりばち状のくぼみが確認できる。


 中心へと向かうに従って深みを増すその擂鉢状器官は、薄翅蜉蝣うすばかげろうの幼虫が作る罠を想起させる形状。


[註*薄翅蜉蝣うすばかげろう=アミメカゲロウ目(脈翅みゃくし目)ウスバカゲロウ科の昆虫。

『カゲロウ』と付くが蜉蝣かげろう目ではなく、『極楽トンボ』・『神様トンボ』などの俗称を持つが蜻蛉せいれい(トンボ)目でもない。

 幼虫は『蟻地獄ありじごく』の名で有名]


 澄が霊力を集中すると、蟻地獄ありじごく住処すみかが僅かに震えた。


〈巨大うらら〉も動く。

 彼女はその巨体を一刻も早く冷却したいのだろう。

 眼前の澄を無視し、頸筋くびすじから再度触手群を伸ばし始めた。


 ややあって、澄のかたわらを流れる触手群が膨らみ始める。

 川に到着したので給水しているのだろう。


 只、〈巨大うらら〉に追従していた筈の宮森は居ない。

 どこへ行ったのだろうか。


 給水による冷却を実感したらしい〈巨大うらら〉は、ようやく眼前の小鳥に意識が向く。

 小鳥さえずり振動音うとましいらしく、大声と共に熱痰を吐き出した。


 全長一〇メートルを超える〈巨大うらら〉に対し、澄の身長は一五〇センチメートルにも満たない。

 しかしその眼差しには、殺意とは違う強い意志が揺れている。


 そんな澄が気にさわったのか、容赦せず「ベエェェーーーッ!」と熱痰を吐き出す〈巨大うらら〉。


 熱痰をその身に浴びる寸前、澄はそのか弱い身に相応しくない怒号を発する。


「わたしの歌を……聞けえぇぇーーーーーーーーーーーーっ!」


『ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~』

『ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~』


 澄から突如大音声だいおんじょうが発せられる。

 正確には、澄本人ではなく両肩部に展開している擂鉢状器官からだ。


 余りの音圧に、澄に命中する筈の熱痰が瞬時に消し飛ぶ。

 そしてその音圧は〈巨大うらら〉にも牙をいた。


『A~~~~~~~~~~~~~~~~~』

『A~~~~~~~~~~~~~~~~~』


 澄の肩部装甲から放たれている大音声は、空気を伝わり〈巨大うらら〉の皮膚を揺らす。

 その音量は膨大で、猫背の〈巨大うらら〉が思わず背筋を伸ばす程。


 そう、展開した澄の肩部装甲は音波増幅器サウンドブースターなのである。


『6~~~~~~~~~~~~~~~~~』

『6~~~~~~~~~~~~~~~~~』


 然も音波増幅器サウンドブースターは左右一対いっつい

 蟻地獄……もとい、拡音装置スピーカーユニットからの音波放射は囲繞いじょう(サラウンド)効果をも生み出していた。


『ラa六らA6ラa六らA6ラa六らA6』

『A6ラa六らA6ラa六らA6ラa六ら』


 澄の生体装甲バイオアーマー後背部は給気口となっており、そこから吸引した空気を肩部の振動板と増幅器で加工している。

 贅沢な音響機器オーディオが稼働率を上げると、〈巨大うらら〉の鼓膜は限界を迎えた。


「うぎゃあぁ⁈

 耳が、みみが……ミミがあぁーーーーーーーーーーーーっ!」


 鼓膜を破壊された〈巨大うらら〉は、血の噴き出した両耳を両手で塞ぐ。

 そして直ぐさま海綿スポンジ状組織を外耳道がいじどうに生成し、簡易的な耳栓みみせんこしらえた。


 だが、〈巨大うらら〉の損傷は鼓膜だけに止どまらない。

 鼻や口からも血を噴き出し、しかもその血は蒸気を上げている。


 両膝蓋骨を破壊され動く事もままならず、音響攻撃を受け続けるしかない巨大うらら

 口を結び頭を振り乱すその仕草は、幼児のを思わせる。

 とてもではないが、熱痰で攻撃する余裕など無いだろう。


⦅良かった。

 音波兵装は効いてるみたいね……⦆


〈巨大うらら〉撃退作戦が佳境に入った事を実感した澄の許に、伊藤と宮森が切り札をたずさえ帰還する――。





 大天幕テントに辿り着いた伊藤。

 内部には観客も演者もおらず、松明たいまつも灯されていない。


 伊藤は四苦八苦し乍らも暗視ダークビジョン精査スキャンを展開して辺りの状況を探る。


「あー、明日二郎シショーがいねーから術式使うのめんどいぜー。

 んで、団員さんや動物さん達はいませんねー。

 良かった良かった」


 大天幕テントには団員宿舎の他、出演する動物達の獣舎も併設されている。

 伊藤はそれらも気に留めて探索し、程なくして御目当ての物を見付けた。


「なんだ、ここにあるじゃねーか」


 舞台袖に設置されていた人間大砲をでた伊藤は、その大きさに辟易へきえきして呟く。


「うへー、こりゃ運ぶのめんどいぜ……」


 愚痴を言っても力が増す訳ではない。

 伊藤は「よっこらしょ!」と砲台を押し、大天幕テントを後にする。


 伊藤が大天幕テント出奔しゅっぽんすると、静まり返った演技場ステージに微細な振動が生まれた。

 外では〈巨大うらら〉がでんぐり返しをしている為、その振動に気付く者はいない。


 いつしかその振動は強まり、次元孔ポータルへと変化する……。





 炸裂、◯◯チ! その六 了

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