炸裂、◯◯チ! その七

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 大天幕テントを出発した伊藤は宮森と合流し、歌姫ディーバ見習いの許へと急いだ。


 そして人間大砲を押し歩いているふたりを歌姫ディーバ見習いの歌が出迎える。


『ラa六らA6ラa六らA6ラa六らA6』

『A6ラa六らA6ラa六らA6ラa六ら』


 今は音波攻撃が炸裂している最中だ。

 これ以上 澄に近付くと伊藤と宮森にもその効果が及んでしまう為、自分達の身を案じとある術式を発動する宮森。


「伊藤 君。

 澄さんが音波兵装を使っているので、こっちが被害をこうむってしまわないよう仕掛けをする。

 後、肉声での会話は出来なくなるから思念で頼むよ」


『はいはい。

 おー、周りの音が聞こえなくなった……』


『……良し。

 これで澄さんに近付ける』


『それにしてもなんて振動だ。

 宮森さんに音響相殺そうさいして貰わなかったら、とっくに身体が沸騰ふっとうしてたぜ』


 自身と伊藤の肉体を守る為に宮森が施した術式。

 それは音響相殺ノイズキャンセリングである。

 澄が放つ周波数とは逆位相ぎゃくいそうの音を生み出し、その効果を相殺しているのだ。


 この術式は、井高上いたかうえ 大佐の必殺術式である伊舎那天いしゃなてん衝撃法しょうげきほう颶風殺ぐふうさつを破る為に宮森が考案した代物。

 過去の経験を今に活かす。

 これが彼の強さを支える一端いったんなのかも知れない。


 伊藤と宮森は、人間大砲をいて澄の後方へと回り込んだ。


『お待たせしました澄さん、これで仕上げです。

 伊藤 君、準備を!』


『わっかりましたー。

 ……んしょっと。

 やっぱ肩装甲が邪魔だな……』


 伊藤が砲身へ入った事を確認した澄は、拡音装置スピーカーユニットの出力調整に入る。


『ラa六らA6ラa六らA6ラa六らA6!』

『A6ラa六らA6ラa六らA6ラa六ら!』


 衝撃波と呼んでも遜色そんしょくない音圧は、〈巨大うらら〉のたるんだ皮膚を持ち上げるだけに止どまらない。

 それどころか、二・四ギガヘルツの周波数が細胞の水分子を沸騰させ爆裂させようとしている。


 いま澄が放っているのは極超短波きょくちょうたんぱ

 別名マイクロ波と呼ばれるものだ。

 そう、澄の生体装甲バイオアーマーに備わっている音波兵装は電磁波照射装置でもある。


 宮森は昨年、電磁波照射装置の試作実験を指揮した。

 その効果を目の当たりにした彼は、生体装甲バイオアーマーにその機能を盛り込もうと画策する。


 その手段として目を付けたのが〈異魚〉だ。

 宮森は〈異魚〉の声帯構造に着目し、それを生体装甲バイオアーマーで再現する事に成功したのである。


 歌姫ディーバと称される〈イダ゠ヤー〉の声帯。

 その簡易版とも云える音波兵装を見事に再現した生体装甲バイオアーマー


 実現に漕ぎ着けたのは、宮森による機転の賜物たまものか。

 それとも、彼に据え付けらインストールされた〈死霊秘法ネクロノミコン〉の力によるものか。


 それはきっと、彼に〈死霊秘法ネクロノミコン〉を据え付けインストールするよう進言した者にしか判らない――。





 澄による音波増幅器サウンドブースターでのマイクロ波攻撃により、〈巨大うらら〉の皮膚は茹で卵の如く硬化し剥がれ落ちて行った。


「あ、熱いぃ!

 あづ……ベバァッ⁈」


〈巨大うらら〉の顎が熱に耐え切れなくなり崩壊。

 巨大な歯が勢い良く飛散する。


 最早もはや、満足に言葉を発する事さえ叶わない〈巨大うらら〉。

 マイクロ波が彼女をさいなみ、遂に本体が収まる場所まで丸裸にした。


 辛うじて人間ヒト面影おもかげを止どめている胴体と、複数の触手へと姿を変えている頭部と手足先端。

 派手に点滅を繰り返す触手は、緊急警報エマージェンシーアラートを発しているとみて間違いないだろう。


 通常の動物とほぼ同じ材質である〈巨大うらら〉の細胞とは違い、本体はカーボンナノチューブ製。

 澄が放射している二・四ギガヘルツの周波数では、共振現象を起こせず破壊は不可能。


 砲身内へと入った伊藤に宮森が最終確認を取る。


『いま大女の本体が露出した。

 伊藤 君、準備はいいかい?』


『宮森さん、こっちは準備完了っす』


『では澄さん、自分が合図したら音波攻撃を止めて障壁を張って下さい。

 自分は全力で砲台を固定します』


『解りました』


 宮森は精査スキャンを用い、砲身の照準をうらら本体へと合わせる。


『澄さん、音波増幅器を停止させ障壁を張って下さい!』


『はいっ!』


 澄が音波増幅器サウンドブースターを停止させた途端、〈巨大うらら〉の体細胞が再生を始めた。


 この再生が終わる迄にけりを付けなくてはならない。


『伊藤 君、今だっ!』



⦅少し前に残飯屋やってみて心底わかった。

 この国には……いや、この国だけじゃねえ。

 世界には満足に飯も食えねえ奴らが大勢いる。

 それなのにあの大女。

 食糧だけじゃ飽き足らず、人間ヒトまで喜んで食い散らかしやがって。

 そんなに食う事が好きならよお、俺の拳を進呈してやるぜ。

 おとこ伊藤、一世一代いっせいちだいの大勝負!⦆



 気合を入れた伊藤は、前もって足元に据え付けて置いたマークI手榴弾 改の安全ピン念動術サイコキネシスでもって抜いた。

 マークI手榴弾 改は爆発方向の指定が可能なので、それをもって自身を撃ち出そうと云う魂胆らしい。


『バゴーーーーーーーーーッン!』


 マークI手榴弾 改が撃発し、伊藤は凄まじい速度で砲身から射出される。

 ほぼ同時にマークI手榴弾 改に詰められていた鉄片も飛び出るが、あらかじめ展開していた障壁バリアで身を守る澄と宮森。


 自らを射出した伊藤は、切り離した肩部装甲……拳闘士手袋ボクシンググローブを右拳に装着していた。

〈ザイクロトルの怪物〉をのした際は拳撃殻パンチングユニットを噴射させたが、今回の拳撃殻パンチングユニットは伊藤の全身である。


 間近に迫る死におののいたのか、狂おしい程に触手を明滅させる〈巨大うらら〉本体。


「……オまエを、ガあァっ⁈

 食ベてヤるゥーーーーーーーーーーーっ!」


 右拳を〈巨大うらら〉本体へとじ込む伊藤だったが、噴進力が足りず貫けない。


 だが、伊藤は諦めてはいなかった。

 彼は自身の足元方向に障壁バリアが張られた事に気付くと、両踵りょうよう付属肢ジャッキを引き絞る。


 下方で待つ仲間へ呼び掛ける伊藤。


『宮森さん、あざっす。

 澄さんも頼むぜ!』


 伊藤の合図で、澄の音波増幅器サウンドブースターが再び稼働する。

 彼諸共もろともマイクロ波で攻撃する積もりなのだろうか。


『……ブガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!』


 マイクロ波ではなかった。


 拡音装置スピーカーユニットから放たれたのは、耳をつんざ

 詰まり、衝撃波である。


 音と風は空気の振動と云う点では同じ。

 その振動は伊藤の足元に展開された障壁バリアを叩き、彼にとっての追い風となる。


『ブガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!』

『フィーーーーーン!』『フィーーーーーン!』


 澄は両肩部の拡音装置スピーカーユニットだけでなく、両前腕部の次元孔生成器官ポータルジェネレーターからも音波を放射した。

 次元孔生成器官ポータルジェネレーターも原理的には拡音装置スピーカーユニットと同じなので、この連携が可能になる。


 澄が音波増幅器サウンドブースターを総動員した事で、衝撃波は益々大きくなって行った。


 そう、宮森が展開した障壁バリアは、風を受ける為の

 帆で風を受けた帆船はんせんは勢いを取り戻し、伊藤が両踵部付属肢ジャッキを解放した事で更に噴進力を増す。


 そして遂に、衝角しょうかく(ラム)を敵船体へ突き入れた。


「腹ガ……。

 あタしノはラが、ヤぶレ……るゥーーーーーーーーーーッ!」


『バッ……ゴオォーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!』


 伊藤は右拳をかかげた体勢で〈巨大うらら〉本体の土手っ腹を打ち破る。


 残飯屋の意地とも云えるこぶし

 それは最早、〘残飯ザンパンチ〙と呼んでも差し支えないだろう。


「モっト……もッとタべ、タかッ、た……」


〈巨大うらら〉本体を構成していたカーボンナノチューブが、衝撃波の名残りに乗って散り行く。


『ダン……』


 右拳を地面に打ち付ける姿勢で着地した伊藤は、拳をさすり乍ら宮森に尋ねる。


「ふ~っ、流石に拳がいてーな……。

 あ、宮森さん。

 度を越さない事を表す言葉、なんつーんでしたっけ?」


「節制の事かい?」


 最後まで醜い食い意地から逃れられなかったうららへと、伊藤が訓戒を授ける。


悪食あくじきが過ぎるとハラ壊すぜ。

 もし生まれ変われたんなら、次こそは節制に励むんだな……」





 炸裂、◯◯チ! その七 了

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