第十節 異形母たちの子守唄

異形母たちの子守唄 その一

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





〈巨大うらら〉をくだした入場者達は大天幕テント横で休憩中。


 宮森も裏から表へと人格を切り替えていた。


 各自が弾薬補給などしていると、彼等を招待した本人が姿を現す。


留袖とめそでねえさん⁉」


「遂に来たか」


「あなたが、あの……」


 伊藤は驚き、宮森は表情を硬くする。


 そして澄は、思わず彼女から目を背けた……。


 様々な生物の手足が描かれた裾模様の黒い留袖。

 同じく、様々な生物の眼球が揺れ動く金地の袋帯ふくろおび


 万媚面まんびめんの下から覗く肌は雪のように白く、血のように赤い足袋たびの鼻緒とは対照的だ。


 漆黒の水流と見紛みまがうばかりの束髪そくはつを携え、滑るように近付く妖形ようぎょう

 外法衆正隊員、万媚。


 万媚は一同を見回しなまめかしい笑みを浮かべると、鉤爪かぎづめを何故か澄に向け手招きした。


「大天幕内の演技場で御待ちしております。

 では……」


 万媚の着物のすそがはだけたかと思うと、様々な生物の手足が一斉に飛び出す。

 美しい乙女の上半身と醜い異形の下半身を持つに至ったその姿は、ギリシャ神話に登場する怪物を連想させた。


「グルルゥ……」


スキュラ万媚〗はその下半身から気味の悪い声を漏らすと、未だ〈ザイトル・クァエ〉の花粉霞に包まれる夜闇やあんへとけて行った――。





 伊藤が侵入した時には闇の中だった大天幕テント演技場ステージも、今は松明たいまつのか細い灯りがぼんやりと灯っている。


 演技場ステージ中心には、夢幻座の面々が席を連ねていた。


 赤鼻道化レッドクラウンと花電車の運転士を兼任した気狐。

 紫鼻道化パープルクラウンと花電車の車掌、そして車内販売員も演じた橋姫。


 車掌の制服から、入場門係の服に着替えている蝉丸。

 現出させているエンマダイオウも御揃いで芸が細かい。


 髪を御下おさげにった精悍せいかんな身体付きの緑鼻道化グリーンクラウン中将ちゅうじょうだろう。

 異様に長い手足の黄鼻道化イエロークラウンは、嘯吹うそふきである事が一目瞭然いちもくりょうぜん


 動物達に芸をさせていた青鼻道化ブルークラウンもこの場に連なっている。

 名は不明だが、彼女もまた外法衆正隊員である事がうかがえる。


 中東風の民族衣装を着ている女性占い師は増女ぞうおんな

 ふところから出入りしている白文鳥の文吉ぶんきちが愛らしい。


 翁面を被った人物は翁。

 金髪が覗く事から、西洋人だと判る。


 面を着けていない者も居た。

 眉毛が極端に短い神経質そうな男。

 上鳥居かみとりい 家の惣領そうりょうであり、外法衆正隊員の痩男やせおとこでもある瀬戸せと 宗磨そうまだ。


 髭団長 羅巣らす風珍ふうちんこと、外法衆二代目隊長の大悪尉おおあくじょうも素顔をさらしている。


 そして、獣性と魔性を併せ持った万媚――。


 錚々そうそうたる面々に気圧けおされる宮森 達だったが、不意に空間が振動する。

 次元孔ポータルが開く兆候だ。


『ブゥーーーーーーーーーーーーン……』


 演技場ステージ中心に次元孔ポータルが現れると、私服姿の比星ひぼし 今日一郎きょういちろうが姿を現した。

 澄は我が子を認め頬が緩むも、今日一郎に付き従う長大な歪みを観て絶句してしまう。


 事態を察した伊藤は左腿さたい部装甲を展開。

 信号拳銃を取り出し、天幕テントの天井目掛け発砲した。


『パン!』


 信号弾が弾けると、出来の悪い花火のような粉が演技場ステージ中心へ降り注ぐ。

 つまびらかになったソレは、澄の息子を苦しめる幻魔と同じ姿だった。


 今日一郎が促すと、怪物は澄に語り掛ける。


「サ、サキノオカアチャン。

 ボ、ボク、〈イサナ〉。

 ハ、ハジメマシテ、シテ」


 澄が言葉を出せないでいると、伊藤が気さくに声を掛けた。


「よっ!

〈イサナ〉君ひさし振り。

 今日一郎 君も元気そーで何よりだ。

 ところで〈イサナ〉君。

 澄さんの事を〘サキノオカアチャン〙って呼んでたけど、どーいう意味だい?」


「イ、〈イサナ〉ニハ、オカアチャン、フタリ、イル、イル。

 サキノオカアチャン、ト、アトノオカアチャン、チャン。

 ク、クワシイコト、ハ、オニイチャン、ニ、キイテ、イテ……」


「その件は……翁、お前から頼む」


〈イサナ〉に振られるも、翁に回答を委ねる今日一郎。


「早速御話イタシマショウ。

 デモソノ前ニ。

 蝉丸クン、気狐クン、橋姫ヲ連レテ本部ヘ戻ッテクダサイ」


「なんでー?

 ハシヒメもオカアチャンのおはなしきーきーたーいー。

 セミマルー、いいよねー?」


「無理を言ってはいけませんよ橋姫。

 気狐からも何か言ってください」


「いい加減にしやがれ。

 こっから先の話はお子ちゃまにはまだはえーんだよ」


 気狐のつっけんどんな物言いに物言いを付ける橋姫。


「ハシヒメおこちゃまじゃないもん!

 れでぃーだもん、ぷりんせすだもん!」


 駄々をねる橋姫を嘯吹がなだすかす。


「橋姫、親子の再会に水を差すのは良くないぷ~ん。

 後でキンキンに冷えたアイスクリン作ってやるから、ここは大人しく帰るぷ~ん」


「やたーーーっ!

 ウソフキのつくったあいすくりんたべれるぞーーーーーっ♪」


「アイスクリンごときではしゃぎやがって。

 やっぱ橋姫はお子ちゃまだな」


「むーっ!

 じゃあ、キコはあいすくりんたべちゃだーめ」


「は?

 何でだよ!」


「だってキコは、ひっさつわざでなんでもとかしちゃうじゃない!」


「もしかしてお前、日天にってん焦光法しょうこうほう封熱活ふうねつかつのこと言ってんのか?

 アイスクリン食べるって時にそんなもん使うかよ」


「やっぱりキコもあいすくりんたべたいんだねー。

 やーい、キコのおこちゃまおこちゃまー♪」


「くぬやろ……」


 気狐の頭に血が昇り始めた所で蝉丸が仲裁に入る。


「橋姫も気狐も熱くなってしょうがないですね。

 帰ったらアイスクリンをたらふく食べさして、嫌でも頭を冷やして貰いますから。

 ふたり共、覚悟しておいてください」


「キコはおこちゃまだから、あたまがキーーーーンてなるのにがてだったよねー」


「そうだよ!」


 アイスクリーム作りが達者らしい嘯吹が橋姫を篭絡ろうらく

 まんまと次元孔ポータルへ誘う事に成功した。


 外法衆若手三人と嘯吹、中将、青鼻道化ブルークラウンがこの場を去る。

 比星 家に直接関係の無い者の退場を見届けると、翁は宮森 達に語り掛けた。


「宮森サンニ澄サン。

 貴方方あなたがたハ万媚サンノ正体ニ気付イテイマスネ。

 ヨロシカッタラ仰ッテ見テクダサイ」


 翁の問いに耐え切れなかったのか、澄はとうとう顔を伏せる。


 そして、苦悶を滲ませ乍ら答えを述べる宮森。


「万媚、貴方の本体は……。

 寅井 ふじ さん、ですね……」


 宮森の言に「あちゃ~」と呟いて左てのひらを顔に被せる伊藤。

 普段は茶化す性質たちの伊藤が苦虫を噛み潰すぐらい、宮森にとって望まない答えだったのだ。


 宮森は哀しみの混じる声で、半ば予想が付く事柄を万媚へ問う。


「ふじ さん。

 貴方は何故、どうやって……幻魔に憑かれたのですか?

 そして、そこの、〈イサナ〉との関係は……」


「では御話ししましょう。

 寅井 ふじ が可愛い可愛い〈イサナ〉を出産した事と、私という存在を生み出した経緯いきさつをね。

 全ての原因は……比星 澄さん、彼女にあります」


 万媚の答えを聞いた澄は、顔部装甲を解除してその場にくずおれた。


 両の掌で白顔を覆いすすり泣く澄を前に、翁があの忌まわしい夜の出来事を語り始める――。





 異形母たちの子守唄 その一 了

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