第十節 異形母たちの子守唄
異形母たちの子守唄 その一
一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場
◇
〈巨大
宮森も裏から表へと人格を切り替えていた。
各自が弾薬補給などしていると、彼等を招待した本人が姿を現す。
「
「遂に来たか」
「あなたが、あの……」
伊藤は驚き、宮森は表情を硬くする。
そして澄は、思わず彼女から目を背けた……。
様々な生物の手足が描かれた裾模様の黒い留袖。
同じく、様々な生物の眼球が揺れ動く金地の
漆黒の水流と
外法衆正隊員、万媚。
万媚は一同を見回し
「大天幕内の演技場で御待ちしております。
では……」
万媚の着物の
美しい乙女の上半身と醜い異形の下半身を持つに至ったその姿は、ギリシャ神話に登場する怪物を連想させた。
「グルルゥ……」
〖
◇
伊藤が侵入した時には闇の中だった大
車掌の制服から、入場門係の服に着替えている蝉丸。
現出させているエンマダイオウも御揃いで芸が細かい。
髪を
異様に長い手足の
動物達に芸をさせていた
名は不明だが、彼女もまた外法衆正隊員である事が
中東風の民族衣装を着ている女性占い師は
翁面を被った人物は翁。
金髪が覗く事から、西洋人だと判る。
面を着けていない者も居た。
眉毛が極端に短い神経質そうな男。
髭団長
そして、獣性と魔性を併せ持った万媚――。
『ブゥーーーーーーーーーーーーン……』
澄は我が子を認め頬が緩むも、今日一郎に付き従う長大な歪みを観て絶句してしまう。
事態を察した伊藤は
信号拳銃を取り出し、
『パン!』
信号弾が弾けると、出来の悪い花火のような粉が
今日一郎が促すと、怪物は澄に語り掛ける。
「サ、サキノオカアチャン。
ボ、ボク、〈イサナ〉。
ハ、ハジメマシテ、シテ」
澄が言葉を出せないでいると、伊藤が気さくに声を掛けた。
「よっ!
〈イサナ〉君ひさし振り。
今日一郎 君も元気そーで何よりだ。
ところで〈イサナ〉君。
澄さんの事を〘サキノオカアチャン〙って呼んでたけど、どーいう意味だい?」
「イ、〈イサナ〉ニハ、オカアチャン、フタリ、イル、イル。
サキノオカアチャン、ト、アトノオカアチャン、チャン。
ク、クワシイコト、ハ、オニイチャン、ニ、キイテ、イテ……」
「その件は……翁、お前から頼む」
〈イサナ〉に振られるも、翁に回答を委ねる今日一郎。
「早速御話イタシマショウ。
デモソノ前ニ。
蝉丸クン、気狐クン、橋姫ヲ連レテ本部ヘ戻ッテクダサイ」
「なんでー?
ハシヒメもオカアチャンのおはなしきーきーたーいー。
セミマルー、いいよねー?」
「無理を言ってはいけませんよ橋姫。
気狐からも何か言ってください」
「いい加減にしやがれ。
こっから先の話はお子ちゃまにはまだ
気狐のつっけんどんな物言いに物言いを付ける橋姫。
「ハシヒメおこちゃまじゃないもん!
れでぃーだもん、ぷりんせすだもん!」
駄々を
「橋姫、親子の再会に水を差すのは良くないぷ~ん。
後でキンキンに冷えたアイスクリン作ってやるから、ここは大人しく帰るぷ~ん」
「やたーーーっ!
ウソフキのつくったあいすくりんたべれるぞーーーーーっ♪」
「アイスクリンごときではしゃぎやがって。
やっぱ橋姫はお子ちゃまだな」
「むーっ!
じゃあ、キコはあいすくりんたべちゃだーめ」
「は?
何でだよ!」
「だってキコは、ひっさつわざでなんでもとかしちゃうじゃない!」
「もしかしてお前、
アイスクリン食べるって時にそんなもん使うかよ」
「やっぱりキコもあいすくりんたべたいんだねー。
やーい、キコのおこちゃまおこちゃまー♪」
「くぬやろ……」
気狐の頭に血が昇り始めた所で蝉丸が仲裁に入る。
「橋姫も気狐も熱くなってしょうがないですね。
帰ったらアイスクリンをたらふく食べさして、嫌でも頭を冷やして貰いますから。
ふたり共、覚悟しておいてください」
「キコはおこちゃまだから、あたまがキーーーーンてなるのにがてだったよねー」
「そうだよ!」
アイスクリーム作りが達者らしい嘯吹が橋姫を
まんまと
外法衆若手三人と嘯吹、中将、
比星 家に直接関係の無い者の退場を見届けると、翁は宮森 達に語り掛けた。
「宮森サンニ澄サン。
ヨロシカッタラ仰ッテ見テクダサイ」
翁の問いに耐え切れなかったのか、澄はとうとう顔を伏せる。
そして、苦悶を滲ませ乍ら答えを述べる宮森。
「万媚、貴方の本体は……。
寅井 ふじ さん、ですね……」
宮森の言に「あちゃ~」と呟いて左
普段は茶化す
宮森は哀しみの混じる声で、半ば予想が付く事柄を万媚へ問う。
「ふじ さん。
貴方は何故、どうやって……幻魔に憑かれたのですか?
そして、そこの、〈イサナ〉との関係は……」
「では御話ししましょう。
寅井 ふじ が可愛い可愛い〈イサナ〉を出産した事と、私という存在を生み出した
全ての原因は……比星 澄さん、彼女にあります」
万媚の答えを聞いた澄は、顔部装甲を解除してその場に
両の掌で白顔を覆いすすり泣く澄を前に、翁があの忌まわしい夜の出来事を語り始める――。
◆
異形母たちの子守唄 その一 了
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