異形母たちの子守唄 その二

 一九二〇年四月三〇日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 夢幻座敷地内にある占い小屋。

 ここでは今、主人である羽衣はごろも……増女が、ふじ に一服盛って眠らせた所である。


「良くおやすみだこと。

 痩男、翁、もう出て来ていいわよ」


「彼女がりん(澄)の代理母か……」


「コレハコレハ。

 母子トモニ健康デ申シ分ナイデスネ」


 増女が許可を出すと、突如空間が震え次元孔ポータルが出現する。

 そこから現れたふたりは、昏睡している ふじ を抱え再び次元孔ポータルをくぐって行った――。





 一九二〇年四月三〇日 富士山麓 外法衆の施設





 実は富士山麓には、各魔術結社の施設がひしめいている。

 俗に云う秘密基地銀座だ。


 外法衆の研究施設に転移した翁と痩男。

 彼等は ふじ を施設内部へと収容し、配下の科学陣と共に準備に取り掛かる。


 彼等の入室した部屋……手術室は、異様としか云いようがない。

 手術台、器具台、無影灯などの設備は一般の医療現場と大差ないのだが、床や壁が魔術の象徴で埋め尽くされているのである。

 これから行なわれる手術の本質としては、御誂おあつらえ向きだと云えるだろう。

 

 手術台で眠る ふじ を科学陣のひとりが精査スキャンした。

 科学陣は同時に魔術師でもあるらしく、ふじ胎内の精査スキャン映像が手術台脇の受像機ディスプレイへと表示される。

 まさに、魔術と科学技術の融合と云うべきだろう。


 ふじ の子宮を覗いた翁が所見を述べる。


「胎児ノ育チ具合カラ推測スルト、妊娠六、七カ月ト云ウ所デショウカ。

 澄 殿ノ息子ノ遺伝子ガ、寅井 フジ ノ身籠ッテイタ胎児ヘト見事ニ移植サレテイマス。

 ソレニ羊水ノ成分モ完璧。

 コレナラ、〈ショゴス〉細胞ノ採取ニモ問題ナイデショウ。

 長年医者ヲヤッテイル私デモコウハ行キマセン。

 素晴ラシイノ一言ひとことデスネ!」


波邇夜須壺はにやすのつぼの出来損ないが埋め込まれている事から、実行したのは恐らく瑠璃家宮だろう。

 彼は戦闘やその後方支援だけでなく、外科手術にもその才を発揮するらしい。

 全く、多才な男だ」


 痩男の捻くれた賛美を聞いた翁は、ふじ に陣痛促進剤を投与し分娩を促す。


「吉ト出ルカ凶ト出ルカ……イエ、波邇夜須壺ガ使ワレテイルノデ失敗ナドアリ得マセン。

 デスノデ正シクハ、吉ト出ルカ大吉ト出ルカ……デスネ♪」


 翁がルンルン顔で注射針を引き抜くと、暫くして ふじ に異変が起こる。


 はたから観ると、ふじ のはらが通常の出産とは思えないほど波打っていた。

 また、手術台脇の受像機ディスプレイには彼女の胎内映像が生々しく表示されている。


 胎児の様子を事細かく観察していた翁。

 彼はいま翁面ではなく医療従事者用のマスクを着けているが、口角の吊り上がりは隠せていない。


「観テクダサイ痩男サン、トッテモ元気デスヨ。

 今ニモ産マレ落チソウダ」


「翁、いつ迄も笑っていないで取り上げの準備に掛かりたまえ」


「痩男サン。

 ナゼ次元孔ポータルヲ使ッテ直接胎児ヲ取リ出サズ、イチイチ母体ニ戻スノデスカ?」


「矢張り翁は根が医者とみえる。

 我々一族にとって、出産と云う行為そのものが儀式なのだよ。

 神々を崇拝するにも規律が有るように、この出産にも当然それが有るのだ。

 それを守らずば、我ら一族が奉ずる神の加護を充分に得られない。

 そうなってしまってはもと木阿弥もくあみだ。

 望んだ結果を出す為にも、決められた手順は守らねばならない」


 痩男の口上に納得したのか、部下達に粛々しゅくしゅくと命を下す翁。


 一方ふじ は、睡眠薬の効果が切れ遂に意識を取り戻す。


「……、……。

 ぅうああああああああぁあああうあああぁぁっ!

 ここは……なに?

 あ、あなたたちは誰なのっ⁉

 わたしは、いったい……がっ、ああああああぁあああぁっ!」


 先程まで眠っていた ふじ だが、急激な陣痛に襲われ突然苦しみ出す。

 また周りには怪しい風体ふうていの者共が控えているのだ、混乱するのも無理はない。


 ふじ をおもんぱかった訳ではないだろうが、妊婦への決まり文句を吐く翁。


「フジ サン、ワタシハ貴方ヲ担当スル主治医ノ翁ト云イマス。

 貴方ハ今、絶賛出産中デス。

 デスカラ、頑張ッテ元気ナ赤チャンヲ産ミマショウ。

 微力乍ラワタシモ御手伝イシマスヨ。

 今カラ、出産ニヨル痛ミヲ軽減スル呼吸法ヲ説明シマスネ。

〘ヒッ、ヒッ〙デ短ク息ヲ吐キ、ソノアト息ヲ吸ッテ〘フー……〙ト長ク吐イテクダサイ。

〘ヒッ、ヒッ、フー……〙デスヨ。

 ワタシガ先導シマスノデ、フジ サンモ一緒ニヤッテミマショウ。

 セーノッ!」


「あなた、西洋人、なの?

 それに、い、いったい何を言って……ぅううううああああぁっ!

 ひっ……ひっ……」


「イイデスヨ、ソノ調子。

〘ヒッ、ヒッ、フー〙……デス。

 慣レタラ、〘フー……〙ノ後ニ〘ウン!〙ト強くいきンデ下サイ」


「ひっ⁈

 ひっ、ふー。

 ひっ、ひっ、ふー……」


 自らが置かれた異常な状況の為、極度の混乱におちいっている ふじ。

 だが、出産をやり遂げねばならないとの母性本能が目覚めたのだろう。

 翁の言う通りに呼吸を整え始めた。


「ひっ、ひっ、ふー……うん!

 ひっ、ひっ、ふー……っううううん⁉」


 ふじ の陰部から液体が浸み出した。

 破水したのである。


 そんな ふじ に声援エールを送る翁。


「イイデスヨ フジ サン!

 ヒッ、ヒッ、フー……ウン!

 ヒッ、ヒッ、フー……ウン!

 可愛イ赤チャンガ待ッテマス。

 オカアサン、頑張ッテ!」


 出産痛の為か〘オカアサン〙との言葉が琴線に触れたのか、苦悶の表情で涙を流す ふじ。


 胎児が子宮から這い出て産道を降る。


 それを気取けど鉗子かんしを構える翁。

 彼が手にしたのは産科鉗子と呼ばれる器具で、通常の鉗子とは形状が異なる。


 翁は胎児の頭部を挟み込む形状の鉗子匙かんしかいを愛おしそうに撫でると、ふじ の陰部へ慎重に差し入れた。


[註*鉗子匙かんしかい=鉗子の先端部。

 産科鉗子の場合はスプーン状に広がっている]


「モウ少シ、モウ少シ……。

 オッ、捕マエマシタヨ~♪

 ココカラハ一気ニ行キタイト思イマス。

 ソ~レッ!」


 胎児の頭部を鉗子匙で把持はじした翁は、絶妙な力加減で胎児を引き抜いた。


「……はぁ、はぁ。

 産まれた、の?」


後産あとざん(胎盤)マデ一度ニ抜ケマシタヨ。

 イマ赤チャンヲ洗ッテイマスカラ、フジ サンハ少シ休ンデイテクダサイネ♪」





 出産から約十分後。

 思いのほか楽に出産を終えられたからか、大仰おおぎょうに痛がる事はせず天井を仰ぐ ふじ。


 今は主治医を名乗る人物自ら新生児に産湯うぶゆを使わせているようだ。


「……赤ちゃんを、抱かせて下さい……」


 ふじ は気分が落ち着いて来たのか、自身が産んだ子を所望する。


 胎児は足先から頭頂部まで産着うぶぎにすっぽりとくるまれており、顔だけが確認できる状態だ。

 胎盤はまだ臍帯さいたいと繋がったままなので、たらいも同時に移動してくる。


 翁が赤ん坊を ふじ に手渡した。

 その顔に、悪辣あくらつな笑みを浮かべて。


「サア、ドウゾ……」


「わたしの、赤ちゃん……。

 ん?

 産まれたばかりだっていうのに、ずいぶんとくびがすわってるわね。

 それに妙だわ。

 肌がかすかに動いてる。

 あと何だか、胴がとっても長いわ。

 脚だってこんなにしっかりしてるし……。

 赤ん坊って……こんなだったかしら?」


「フジ サン、産着ヲ脱ガセテミテハドウデショウ」


「まさか……生まれつきのわずらいでもあるのですか⁉」


 我が子を想う余り、剣呑けんのんな顔と声になる ふじ。

 それとは正反対に、満面の笑みを浮かべる翁。


「大丈夫デス。

 五体満足……ト云ッテ良イモノカドウカ判断シカネマスガ、トニカク元気ナ男ノ子デスヨ。

 シマッタ⁈

 先ニ男ノ子ダト言ッテシマイマシタネ。

 フジ サン、ゴメンナサイ……」


 ふじ は翁の発言に不安を覚えるも、思い切って赤ん坊の産着をいだ。

 そして、驚愕と恐怖の余り目をく。


「な、なんなの、コレ……。

 ば、化け物⁈

 もしかして、コレ、を、わ、わたしが……産んだの?」



 脚がしっかりしている筈だ。


 最下部とそれに近い体節は、甲虫や甲殻類の殻を彷彿ほうふつとさせるキチン質の組成。

 そしてそこからは、竈馬かまどうまの如き後脚こうきゃく一対いっつい生えていたのだから。


 胴が長い筈だ。


 体表の前面には、人間ヒトの手を中途半端に真似たような胸脚きょうきゃくが三対。

 その下部には、けいの太い腹脚ふくきゃくが四対も在るのだから。


 肌が妙に動く筈だ。


 赤ん坊の体表はぶよぶよとしたこう(ゼラチン)質で、しかも体節にはおびただしい数の眼球が植わっている。

 更に体表側面には麹塵色きくじんいろ領巾ひれに似た触手が一面に突き出しており、先端が唇状しんじょうになっているのだから。


 頸が据わっている筈だ。


 赤ん坊の外形シルエットはまるで、西洋料理の食卓に並ぶ卵台エッグスタンドに、腹を剥き出して乗っかった疣跳虫いぼとびむし

 その筒状とうじょう体躯の最上部体節に、直接顔が乗っかっているのだから。


 今ふじ が抱いているものは、彼女の想像とはかけ離れた者。

 まるで、人生最悪の悪夢を具現化したようなモノ。


 物の――。


 その姿を知る者は、こう呼ぶかも知れない。


 明日二郎。


 もしくは、上鳥居かみとりい 維婁馬いるまに憑り着く……


 幻魔だと――。



 生後間もない物の怪が、自身をこの世に産み落としてくれた母親に語り掛ける。


 半透明で灰桜色はいざくらいろをした体表に満遍まんべんなく散る、青紫色の輪紋を毒々しく点滅させて。


「オ、オ、オカア、シャン……。

 ボ、ボ、ボクノ、ナマエハ、〈イサナ〉ダヨ、ダ、ヨ…。

 チョット、チョットチョット!

 ハズカ、シイ、ナ、ナ……」


 赤ん坊はそう述べた後、顎の無い顔を体節内部に『ちゅるん♪』と引っ込めた。


 人間ヒトの顔や頭部に相当する器官が見当たらなくなった赤ん坊を観て、ふじ は絶叫する。


「い、いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」


 自らが産み落とした異形の存在を図らずも目に焼き付けてしまった ふじ。


 彼女の精神こころは、二度と元に戻れない程、壊れた――。





 異形母たちの子守唄 その二 了

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