復活のB! その四

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





〈ブアク〉産蜘蛛糸に対し、宮森は先程と同じく障壁バリアを展開してやり過ごす算段だ。

 今度の〈ブアク〉産蜘蛛糸は球状。

 ぶつかった衝撃で潰れ、宮森の張った障壁バリアに白い絵の具をぶちまける。


『シャッ!』


 障壁バリアが汚い画布カンバスに早変わりしたのも束の間、ちからが抜けたように左膝をつく宮森。

 生体装甲バイオアーマーかじり取られたようで、衣服が露出していた左脹脛ふくらはぎ部分から少量の出血。

 彼は刃物による切傷だと断定した。


⦅くそっ、生体装甲を剥いだ所に斬り付けている。

 それに、接近時に足音がしなかったのは何故だ……⦆


 一方の〈ブアク〉も、宮森の軽傷に納得がいかない様子。


「思うように斬れねえ……。

 服に秘密があんのか?」


〈ブアク〉の感想は正しい。

 宮森はこれからの闘いを想定し、次世代戦闘服の開発にも労力をいていた。


 宮森は〈ミ゠ゴ〉の機能で生成した蜘蛛糸を加工し、下着として仕立てたのである。

 その際は歩く博覧強記はくらんきょうきである宗像むなかた 藤白とうはくの助けを借りたのは言うまでもない。


 製作された蜘蛛糸下着は柔軟で頑丈。

 初速の低い銃撃は勿論もちろん、斬撃に対しても大きな防御力を示す。


 高い防弾、防刃性を備えてい乍ら、肌触りは絹に似て滑らか。

 高温多湿での不快感を大いに軽減してくれる。


〈ブアク〉の匕首あいくちによる攻撃は浅手で済んだものの、今度は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉のバルディッシュが振り下ろされた。

 流石にこれを蜘蛛糸下着で防ぐ訳にもいかず、宮森は躱すよりない。


 そこへ容赦なく追撃を仕掛ける〈ブアク〉。

 宮森が円盾バックラーを構えるも、〈ブアク〉は緩急を付けた滑空で齧撃げつげきを浴びせた。


 宮森は土手っ腹の生体装甲バイオアーマーを齧り取られるも、口での反撃は忘れない。


「なんと!

 電磁波で周囲の空間を共鳴させ滑空するとはね。

 然もその電磁波を使い、〈鎧食屍鬼〉の胴体を操っていると云う訳か」


『ブーゥン……ブン、ブーーーーーーーーーーゥン』


 次なる詭計トリックの種が割れるも、飛膜を盛大に震わせ昆虫の羽音に似た耳障りな音を立てる〈ブアク〉。

 音量はかなりの大きさで、周囲の小さな音はことごとく掻き消えた。


 宮森は口頭で見解を披露し、胸中では先を見越した分析を忘れない。


⦅蜘蛛糸を使っての鞦韆しゅうせん(ブランコ)移動で空中戦を挑もうかとも思ったが、奴の電磁滑空は下方から上方への移動も可能なようだ。

 こちらの分が悪い空中を主戦場にすべきじゃない……⦆


『シュッ!』


 御返しとばかりに、今度は宮森が蜘蛛糸玉ウェブボールを乱射する。

 両腕の蜘蛛糸射出孔ウェブシューターから蜘蛛糸玉ウェブボールが矢継ぎ早に発射されるも、尻尾で巧みに空中制御する〈ブアク〉を捉える事は叶わない。

 肝心の蜘蛛糸玉ウェブボールはと云うと、宙空で弾けたり周囲の建物に付着していた……。


 宮森の攻撃を躱し切った〈ブアク〉は、勝利宣言と同等の文句を言い放つ。


「グヘヘヘヘッ。

 もうオレの滑空能力を見破るとはなあ。

 渋いねえ、全くアンタ渋いぜ。

 それにこんなまで持ってたとは。

 オレのアタマん中の武悪が感心してるぜぇ……ゲッ!

 プゥゥ……」


 下品に噯気おくびをかました〈ブアク〉は、腹をさすり続きをのたまった。


「こんな時に何を言うかと思うかも知れねえが、オレはキノコが大好物なんだよ。

 詰まり〈ミ゠ゴ〉も大好物なワケよ。

 それによお、オレの本体は武悪……正しくは武悪の脳味噌なんだぜ。

 武悪は〈ミ゠ゴ幻魔〉研究の第一人者。

 取り込んだ遺伝情報を利用するなんざあ……朝飯前だ!」


 体表の大部分を周囲の風景と同化させて行く〈ブアク〉を観て、宮森は戦慄せんりつする他ない。


〈ブアク〉は宮森の生体装甲バイオアーマーを構成する〈ミ゠ゴ〉を食らう事で、その遺伝子から能力を瞬時に解析した。

 そしてあろう事か、自身の能力として取り込み使用にまでぎ着けたのである。


 蜘蛛糸の再現には既に成功。

 そして今日の為に宮森が考案した切り札……光学迷彩こうがくめいさいも、〈ブアク〉は現在進行形で披露するに至った。


 覚えたばかりの光学迷彩を操る〈ブアク〉は、宮森の平常心も言葉で齧り取る。


「へえ、〈ミ゠ゴ〉の鎧(生体装甲バイオアーマー)の表面に映像を投影して周囲と同化する技らしいな。

 蜘蛛糸の方は材料が要るから乱発できねえが、こっちはもう少し使えるぜ!」


 周囲との同化、と云っても完全な透明になれる訳ではない。

 眼球や保護眼鏡ゴーグルにまで映像を投影するのは現実的ではないし、動作による映像の乱れは不可避だ。

 当然、光学迷彩の機能が及ばない手持ち武器などはどこかに隠さなくてはならない。


 しかし、それらの欠点を差し引いても光学迷彩は大きな武器になり得る。

 敵を単純に混乱させる事は勿論、密印ムドラーに代表される細かい動作を悟られにくくする効果は絶大。


 ほぼ透明化した対象を素早く感知するには多大な労力を要する他、別術式が必要になる場合も有るだろう。

 その事からも、光学迷彩は攪乱かくらんには打って付けの術式なのだ。


 周囲の映像が体表に馴染むと、御得意の電磁滑空で強襲する〈ブアク〉。

 何らかの感覚拡張を使わないと、眼球の切れ端が飛び回っているようにしか視えないだろう。


 対する宮森は視界を熱分布映像サーモグラフィーに切り替え、辛くもその場をしのいだ。


 凌げていなかった。


〈ブアク〉は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉を操り、時間差で攻撃を加えさせる。

 バルディッシュでの一撃は必殺の威力。


 致命傷を避ける為、生体装甲バイオアーマーを齧り取られた腹部前を障壁バリアで覆う宮森。

 その後はバルディッシュを躱す事しか出来なかった。


 その瞬間を見逃す〈ブアク〉ではない。


『ブーゥン……シャクゥゥッ!』


 選択肢を狭められ特定の動作をするよりなかった宮森の虚を突き、見事に彼の頭部装甲を齧り取って行く。


⦅頭部装甲を持って行かれたか。

 奴の持っている匕首で位置が判ると思っていたけど、透明化した尻尾の中に隠されると判別できない。

 それに、これからは障壁で腹と頭を守らなくてはいけないんだけど、そんな事を続けていたら霊力切れでいずれ御陀仏おだぶつになる。

 何かいい作戦はないものか……」


 ここで、彼らの闘いには似つかわしくない闖入者ちんにゅうしゃが現れる――。





 復活のB! その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る