復活のB! その五

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 屋根上から宮森と〈ブアク〉の闘いを見守っていた橋姫は、場違いな闖入者ちんにゅうしゃを見て嬉声きせいを上げる。


「あ!

 にゃんこだー。

 しろいにゃんこだー♪」


 橋姫が嬉しがるその隣では、蝉丸があごに手を当て考えている。


「何だ蝉丸、あの猫が気になんのか?」


「ええ。

 おかしいとは思いませんか気狐。

 今はこの会場はおろか、帝都のほぼ全域に〈ザイトル・クァエ〉の花粉が満ちているのですよ。

 その花粉は禽獣きんじゅうにも効果が有ります。

 魔術的調教を施された個体ならいざ知らず、普通の猫が出歩ける筈は無いのですが……」


「たまたま花粉吸ってねーんだろ。

 まあ、監視だけなら戦闘介入には当たらねー。

 瑠璃家宮 派の調教した個体の線もありか」


「……」


 気狐の発言に沈黙で返した蝉丸を知ってか知らずか、くだんの白猫は屋根上の三人へと顔を向ける。


 橋姫は「にゃんこがこっち向いてくれたー」と相変わらずの猫好きっぷり。


 気狐は気にもしていない。


 しかし蝉丸は、その禽獣に得体の知れないおそれを感じ始めていた……。





 白猫の登場で宮森は浮足立っている。


⦅下宿周辺をうろちょろしてる白猫じゃないか⁈

 戦闘に巻き込んで死なせでもしたら、後で明日二郎が五月蠅うるさい。

 早いとこどっか行ってくれ……⦆


 一方の〈ブアク〉は、白猫の登場に何故なぜがいきり立つ。


「ちっくしょう……。

 猫を見ると無性に腹が立つと同時に、言いようのねえ屈辱感にさいなまれるぜ。

 翁によると、〈ズーグ〉に刻み込まれた本能がそうさせてるらしいがな!」


 言うが早いか、〈ブアク〉は右手の匕首を白猫目掛け投げ付ける。

〈ブアク〉は光学迷彩で周囲の景色と同化している為、白猫には匕首が独りでに飛来したように視える筈だ。


 しかし白猫は怯える様子もなく、華麗な体捌たいさばきで匕首を避け小屋陰に身を潜めた。

 だが完全に隠れた訳ではなく、時折り半身を覗かせ怜悧れいりな双眸を光らせている。


 余裕ある白猫の様子を観た宮森は、何とか人心地ひとごこち付いたようだ。


⦅あんな暗闇でも眼だけは光っている。

 まるで、透明化の術式を使っている〈ブアク〉みたいだ……。

 ん?

 眼だけ……眼だけだとっ⁈

 流石は金華猫きんかびょうだ、礼を言うよ!⦆


 天啓てんけいが下ったと感じた宮森は、自身も光学迷彩を使い身体を透明化する。

 但し眼球にまで映像を投映する訳にも行かず、眼球前面が宙に浮いている格好だ。

 目をつぶまぶたにも映像を投影すれば一応完全な透明化が叶うのだろうが、〈ブアク〉が攻撃して来る今それをやるのは自殺行為だろう。


 宮森の透明化を意に介していないのか、調子に乗って攻撃と口撃を繰り返す〈ブアク〉。


「なんだ、今さら透明化ってか。

 でもムダムダ。

〈ズーグ〉は元来森に住んでんだ。

 目がいいんだよ。

 アンタの目んたま追っかけんのなんて目じゃねえぜ。

 グヘヘヘヘッ。

 なんか駄洒落だじゃれみてえになっちまったが勘弁かんべんしろ。

 それよかやけに弱腰じゃねえか。

 アンタらしくねえぞ!」


〈ブアク〉の言う通り宮森の回避動作はことごと大袈裟おおげさで、何が何でも接触を防ごうとしている。

 これでは弱腰となじられても仕方あるまい。


 宮森は両腕から蜘蛛糸玉ウェブボールを連射した。

 但し狙いは〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉。

 動きを捉え切れない〈ブアク〉よりも、〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉を封じた方が有益だと判断したのだろう。


 ただ肝心の蜘蛛糸玉ウェブボールも、軌道上に〈ブアク〉が障壁バリアを張った所為で〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉には届かない。

 障壁バリアにへばり付いた蜘蛛糸は粘性が低いらしく、空間に白い画布カンバスを張った後は地面へと流れ落ちて行く。


 攻撃に失敗したのが不服だったのか、宮森は悪足掻わるあがきとも取れるほど蜘蛛糸玉ウェブボールを乱射した……。


首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉から〈ブアク〉に標的を移すも、電磁滑空による変則的な動きに対応できていないとみえ全て外れる。

 役目を全う出来なかっただろう蜘蛛糸玉ウェブボールは、周囲に立ち並ぶ小屋の柱や壁にむなしい染痕せんこんを残すだけに思えた……。


 次なる打開策を探る為の時間稼ぎなのか、そこら中を走り回る宮森。

 断続的に蜘蛛糸玉ウェブボールを射出するが、〈ブアク〉によって全て阻まれた。


「グヘヘヘヘッ。

 宮森さんよお、流石のアンタもそろそろ手詰てづまりかい?

 それと言い忘れてたが、オレの本体である武悪の脳を移植した猿公を探しても無駄だぜ。

 今頃は他の畜生共ちくしょうども曲馬団サーカスの動物達)と一緒に、次の巡業地にご到着した頃だ」


「なるほどね。

 先に本体をられないよう移動させたか。

 十中八九、瀬戸 宗磨か播衛門さんの転移術だろ?」


「いつでもどこでも行ったり来たり、転移術ってのは便利なもんだぜ。

 それはかく、オレん中の武悪が言ってやがる。

 あんたが時間稼ぎしてる、ってなあ!」


「……」


 先程の挑発は王手宣言チェックメイトだったらしく、満を持して詰みに入る〈ブアク〉。

 彼は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉に命じ、退場門に備え付けられた料金徴収用の番台付近から大盥おおたらいを手に取らせた。

 大盥に張ってある液体は酒精アルコールで、客が入場する際に押す判子の洋墨インクを消す為の物。


首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉が大盥を掲げると、張ってある酒精アルコールをそこら中にぶちまけた。

 大量の酒精アルコールが周囲に振り掛かり、蒸発する際の気化熱で温度を低下させる。


⦅何だ⁈

 視界が見る見るうちに冷色に覆われて……。

 まずい、〈ブアク〉を見失った!⦆


 宮森が驚くのも無理はない。

 酒精アルコールの洗礼を受けたのは小屋や地面だけでなく、〈ブアク〉もそうだったからだ。


 酒精アルコールを被った〈ブアク〉の表皮から急激に熱が奪われてしまい、熱分布映像サーモグラフィーに頼っている宮森は視界がくらむ。

 直ぐに通常の光学視界に切り替えるも〈ブアク〉は見当たらず、代りに入って来たのは〈ブアク〉産蜘蛛糸だった。


「くそっ……」


〈ブアク〉産蜘蛛糸自体は円盾バックラーで受け止めた宮森。

 しかし円盾バックラーを引っ張られ、その所為で体勢を崩してしまう。


 宮森は今、腹と頭の装甲を剥ぎ取られた状態。

 加えて、身を守る円盾バックラーも手放してしまった。

 腹か頭にきつい一撃を貰うと確実に致命傷となる。


 ここで泣きっつらに蜂と云いうべきか、眼前に迫る〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉は右薙みぎなぎの構え。

 後方からは、匕首を構え電磁滑空して来る〈ブアク〉。


『ブワァン……。

 ブギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァァン!』


〈ブアク〉の飛膜が作り出す振動が辺りに鳴り響く。


 それはまさに、天から地上に終末を宣告する、【審判ジャッジメント】の喇叭らっぱのようであった――。





 復活のB! その五 了

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