復活のB! その六

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 宮森を追い詰めた今、心中で自身の作戦の完璧さを確認する〈ブアク〉。


⦅いま宮森が取れる選択肢は二つだな。

 先ずはその一。

 蜘蛛糸を胴体(〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉)に向け発射。

 胴体からの攻撃を可能な限り抑える。

 でもよお、胴体に向け蜘蛛糸を発射したすきに、オレの匕首ドス突きが確定して宮森はめでたく死亡。

 んで、その二。

 蜘蛛糸をオレに発射して動きを制限。

 その後胴体からの攻撃を躱す。

 これは一見いい作戦に思えるが、体勢を崩している宮森は蜘蛛糸の射角を満足に変更できねえ。

 緩急を付けたオレの滑空で奴の発射時機を乱し、少しでも遅らせられれば事足りる。

 仮にオレがヤツの蜘蛛糸を食らった所で、その後は胴体が一刀両断してくれるから宮森はめでたく死亡。

 終わったな……⦆


 前門の虎と後門の狼。

 宮森、絶体絶命。


「グヘヘヘヘッ。

 ったぜえ、宮森さんよおぉーーーーーーーーーーーーっ‼」


 宮森の取った行動は……〈ブアク〉が想定した選択肢その一。


 宮森は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉に向け蜘蛛糸を発射。

 蜘蛛糸は対象の両手と胴体に巻き付くものの、その動きを瞬時に封じるには糸の量がまるで足りていない。


 宮森は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉の右薙ぎを躱すべく後方へ跳び退しさる。


『ファサッ……』


 何故だか僅かに風がそよぐ……。


『キリキリ……』


 宮森の眉間に〈ブアク〉が匕首を突き立てる。


『カチッ……』


「勝った!

 第三幕完‼

 にしちゃあ手応えがねえな……って、おォ⁉」


『ダッ……』


 両下膊と両踵部に付随する付属肢ジャッキが、引き絞った状態で固定される。

 その際の音は、〈ブアク〉の飛膜が振動する音でき消された。


『ゴッ……』


〈ブアク〉は今、違和感を感じている。


『ザッ……』


 強い衝撃を感じた途端、電磁滑空を維持できず地面に落ちてしまったのだ。

 それに、言葉が出ないらしい。


 自問する〈ブアク〉。


⦅何で、だ?

 唇は動かせるのに……何で喋れねえ?

 いつの間にか落ちてるし、よ。

 それに、宮森がペラ……ペラだ。

 薄っぺらい、薄っぺらすぎるぜ……⦆


 遠のく意識の中で、宙空にひるがえる眼球前面だけの宮森を見やる〈ブアク〉。

 すると、眼球前面だけの宮森の周囲が急速に白濁して行った。


 今この場で何が起こっているのだろうか。

 時間をさかのぼって観てみよう。





 自身を透明化し戦闘を継続する宮森。

 但しその行動は、自身の姿を隠す為だけのものではなかった。


 透明化の後、宮森は数多くの蜘蛛糸玉ウェブボールを発射している。

 これこそが〈ブアク〉を打ち破った種なのだ。


 宮森や〈ブアク〉の生成する蜘蛛糸は、空気に触れると白濁する性質を持つ。

 宮森はこの性質を利用する事を思い付いたのだ。

 蜘蛛糸に〈ミ゠ゴ〉の細胞を混ぜ、映像投映機能を獲得させたのである。

 詰まり、蜘蛛糸を光学迷彩仕様に機能更新バージョンアップしたのだ。


 光学迷彩を機能させる為の細胞内には、赤、青、緑に発色する蛍光体が在り、それらをひと纏めにして画素を構成している。

 この画素の発光度合いで色彩を表現し、発光箇所を調整する事で模様を決定しているのだ。


 但し、画素の発光には電子の接触が必要。

 宮森はどのような方法で画素に電子を届けたのだろうか。


 実は、宮森の射出した蜘蛛糸内には電気が流れる仕様になっている。

 詰まり、一種の線輪コイルと化していたのだ。


 宮森 自身がブラウン管テレビにおける電子銃となり、射出した蜘蛛糸線輪ウェブコイルを通して目標の画素まで電子を配達したのである。


[註*電子銃゠電子を空間に放出し、加速と収束の工程を経て照射する装置。

 ブラウン管や電子顕微鏡などで用いられる]


 このような方法で光学迷彩因子を仕込まれた蜘蛛糸線輪ウェブコイルは、映像投映の可否を細胞ごとに細かく指定する事が可能。

 宮森はブアクの攻撃を躱しがてら、蜘蛛糸線輪ウェブコイルを戦場に張り巡らせたのである。


⦅益男からはテレビジョンの原理を、多野 教授からは電気術式を学んでおいて正解だった。

 だけどこのままじゃ、電磁滑空する〈ブアク〉や怪力を誇る首無し胴体を捕縛するには強度が足りない……⦆


 そう悩んでいた宮森に思わぬ助け舟が出た。

 突如乱入した白猫である。


 宮森は白猫が小屋陰に隠れた際、その両目が暗闇でも光を放つのを目撃した。

 その光景にひらめきを得た宮森は、蜘蛛糸線輪ウェブコイル映写幕スクリーンこしらえる事を思い付き実行する。


 宮森は〈ブアク〉の蜘蛛糸攻撃で体勢を崩した際、あらかじめ上方に吊っておいた光学迷彩映写幕オプティカル・カモフラージュ・スクリーンを降ろし周囲の映像と自身の両目を投映した。

 映像調整は難航するかに思えたが、宮森の脳に植え付けられた〈死霊秘法ネクロノミコン〉が驚異の演算能力を発揮。

 結果、僅かなずれも無くごく自然に映像を展開できた。


 偽の映像に釣られた〈ブアク〉はここぞとばかりに匕首を突き立てるも、ソレは蜘蛛糸で編まれた映写幕スクリーンでしかない。


〈ブアク〉が向かって来る間に体勢を立て直した宮森は、四肢の付属肢ジャッキを振り絞る。

 そして、を食らい映写幕スクリーンの裏側に飛び出た〈ブアク〉に向け……


⦅明日二郎ならきっとこう叫ぶだろうな。

 必殺……〈ミ゠ゴ〉パンチ!⦆


 渾身の一撃が炸裂した――。





〈ミ゠ゴ〉パンチを食らった〈ブアク〉の頸部は、余りの衝撃に耐え切れずその役目を終える。


 首だけで転がっている〈ブアク〉から、宮森に向け思念波が放射された。


『宮森さんよお、アンタやっぱりすげえな……。

 蜘蛛糸で映写幕を拵えて景色と目ん玉うつす作戦なんて……とびっきり冴えてやがる。

 しかもアンタ自らが透明になって、蜘蛛糸を透明に出来る事……を誤魔化すたあ恐れ入ったぜ……』


「〈ブアク〉、耳は聞こえるようだな。

 お前は本来の能力である電磁滑空と首無し胴体の遠隔操作に加え、蜘蛛糸の生成と発射、体表の透明化と、複数の能力を同時に使用していた。

 その時点でお前はもう、術式の並列使用で一杯一杯だった筈。

 然も音を出す電磁滑空の性質が災いし、自分の仕掛けた蜘蛛糸映写幕に気付けなかった。

 栗鼠や鼠は、本来であれば振動や風に敏感な性質たち

 欲張らず、自身の能力だけで勝負していたら結果は違っていたかも知れないな」


⦅グヘヘヘヘッ……。

 それでもアンタが勝つって、オレん中の武悪が……そう言ってる、ぜ⦆



 首だけで転がる〈ブアク〉の視線の先に、宮森の勝利を後押しした白猫の双眸が在った。


 宮森も、澄も、伊藤も、橋姫も気狐も蝉丸も、気付いてはいない。

 気付いたのは〈ブアク〉だけ。


 暗がりの中、白猫が黒猫に変わるのを――。


 暗がりの中、双眸が独眸に変わるのを――。


 自身の瞳から光が失われる中、〈ブアク〉は心中で独りちる。


⦅グヘヘヘヘ……。

 最後にとんでもねえもんを、視ちまったな。

 アレがつかず離れず、宮森を護ってる……ってワケかい。

 どうりでオレが、勝てねえはずだあ……。

 へへっ……。

 とんだ、キネマ、だった、ぜ……⦆


〈ブアク〉の瞳から完全に光が消え失せた時、金華猫はその姿を消していた――。





 復活のB! その六 了

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