復活のB! その三

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 宮森が〈ブアク〉と対峙たいじしている今、見世物小屋の屋根上には気狐、蝉丸、橋姫が居た。

 眼下で繰り広げられる闘いを陰から見物しようと云うのだろう。


「あ!

〈ブアク〉のせなかあーなってたんだねー。

 かーわいー♪」


〈ブアク〉を見ると何故なぜか歓喜の声を上げる橋姫。

 それとは対照的に、宮森は息をむばかりだ。


「なるほど。

 興業中は特注服を着てその大きな尻尾を隠していたのか。

 その所為で、ふじ さんを含む客はお前を佝僂病と思い込んでいたと……」


 宮森の言葉を受けた〈ブアク〉は、体格に対し大き過ぎる尻尾を立て威嚇いかくする。

 鼻下から伸びる短い触手群や毛皮が無くつるつるとした体表を除くと、その様はまさに巨大栗鼠りすそのものだ。


「あのリスみたいな〈ブアク〉はなんていうげんまなのー?」


 橋姫の質問に蝉丸がうなずくと、気狐がぶっきらぼうにいた。


「知ってんのか蝉丸?」


「あれは〈ズーグ〉ですよ」


「〈ずーぐ〉……ってなあに?」


 橋姫も加わった事で蝉丸の講義が始まる。


「栗鼠やねずみに似た齧歯げっし類型の幻魔です」


「ふーん。

 で、どんな攻撃すんだ?」


「齧歯類型だけあって歯は丈夫でしょう。

 それに、手が発達しているので軽い武器ならば扱える筈です。

 又、鼯鼠むささび摸摸具和ももんがのように飛膜ひまくを備えているのも大きな特徴ですね。

 その飛膜で滑空するのですが、只の滑空ではありません」


「どういうこった?」


「滑空と云うと木の上などの高所から低所に移動するのが基本ですが、〈ズーグ〉はその基本から逸脱いつだつしています。

 飛膜を細かく振動させる事により特定周波数の音波を発生させ、その音波で周囲の不思議界ふしぎかい(四次元)を振動させているんですよ。

 その結果が自在な滑空に繋がるのですね。

 理論的には、僕達が唱えている真言しんごんと全く同じです」


「はー!

 身体の皮で真言となえて、孔雀明王くじゃくみょうおう飛行法ひこうほうやってるってのか。

 まったく、器用な栗鼠だぜ」


「ええ。

 飛行術式を扱えない者にとっては明らかな脅威となるでしょう」


「まんとら(真言)ぷるぷるぶーんぶーん♪」


 気狐の感心に橋姫も同調した所で蝉丸が続けた。


「加えて、翁から施された〈ミ゠ゴ幻魔〉ならではの能力も有る筈……」


「そうなんだー。

 すきなたべものやきらいなたべものはー?」


「肉も食べますが、一番の大好物はきのこみたいですよ。

 嫌いな食べ物は判りませんが、猫をひどく嫌うとされています」


「〈ブアク〉はにゃんこがきらいなんだねー。

 なんでだろ?」


 橋姫の疑問は絶えないが、屋根下でも動きが有ったようである。

 見世物小屋内部から出て来たのは何と……。





〈ブアク〉は〈首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉を遠隔操作リモートコントロールし宮森 達を襲撃させる。


首無し鎧食屍鬼ヘッドレス・アーマードグール〉は動きがのろいものの、絶えずバルディッシュを振り回すので宮森 達は近付けないでいた。

 手榴弾でも破壊が叶わなかった鎧に、銃弾なぞ効く筈がないのも判り切っている。


「宮森さん、わたしが首無しを翻弄ほんろうしている間に〈ブアク〉の隙を突いて……」


「自分もそうしたいと思ってたんですけど、どうやら遅かったみたいです。

 澄さん、伊藤 君と一緒に向こうの方を!」


 ふたりの相手となるのは、見世物小屋から出張して来た展示物に決定した。


 歩く展示物達に思わず毒づいてしまう伊藤。


「何だよ次から次へと湧いて出て来やがって。

 ここは曲馬団か何かか!

 あ、曲馬団だった……」


〘てへぺろ〙には程遠いが余裕を見せる伊藤に対し、澄は厳格な姿勢を崩さない。


「一刻も早くあの化物達を片付けて宮森さんに加勢しなくては!」


 花電車からほとんど無事に下車できたのはいいが、〈ザイトル・クァエ〉の花粉霞かふんかは未だ健在。

 互いの距離が離れると精神感応テレパシー通信が不可能になる為、宮森はここで仲間達に声を掛ける。


『伊藤 君、君は手負いだ。

 くれぐれも無理しないでくれよ』


『わっかりましたー……けど、宮森さんこそヤバくなったら逃げて下さいね』


『伊藤さんの事はわたしが責任を持ちます。

 それまでどうかご無事で』


『ありがとうございます。

 澄さん、危なくなったらアレを使ってもらって構いませんので……』


 秘密兵器の使用許可が出た事で澄が力強く頷くと、伊藤と共に花粉霞の中へ消えて行った。


 ふたりを見届けた宮森に〈ブアク〉が語り掛ける。


「アンタとはサシでやりたいんでね。

 おふたりにはおいとま願ったってワケだ。

 それにしても宮森さんよお……アンタすげえな!」


『ビュルルルウゥッ!』


〈ブアク〉の口元の触手群が持ち上がったかと思うと、それぞれの先端から液体が発射される。

 宮森の張った障壁バリアに届く頃には、その粘液は白濁はくだくし粘性を帯びていた。


 粘性物質を即座に精査スキャンした宮森は、その正体に驚愕する。


⦅これは……自分が生体装甲内で生成している蜘蛛糸⁈⦆


「さっきアンタの鎧かじった時によお……たっぷりと味わわせて貰ったぜ。

 グヘヘヘヘーーーーーーーーーッ!」


〈ブアク〉はこの上なく下品に笑うと、自らの蛋白たんぱく質を使い産出した蜘蛛糸を矢継やつばやに発射した。





 復活のB! その三 了

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