帝劇の怪人 その五
一九二〇年五月 伊藤の下宿先
◇
宮森は例の如く元自室へ
『君の云う留袖姐さんは、外法衆の万媚だと名乗ったよ。
以前説明した通り、正隊員は能面を付けている。
昨日の映像を今から送ろう……』
伊藤の脳内に映像が流れ込んで来た。
明日二郎が編集を補助してくれているので、上手い具合に伊藤の理解は進む。
『うへー!
大川を抱えてなお宮森さんに勝ったってか。
万媚でしたっけ、やっぱ姐さんすげーわ。
で、対策は有るんすか?』
『いま試作段階に入ってる。
完成すれば、伊藤 君も生体装甲展開時に使える筈だ。
但し、霊力操作に慣れないと戦力にはならないだろう。
だから明日二郎、伊藤 君の戦闘時は頼むぞ』
仕事を振られた明日二郎が、
『うむ。
弟子の面倒をみるのはシショーの勤めだからな。
オイラのナイスフォローを期待するが良い』
『シショーがそう言ってくれるんなら俺は楽ちんだぜ』
『こ~のバカ弟子がー!
修業さぼるなんてオイラが許しませんからね!
ついでにお高いお食事処にも連れて行って貰いますからね!』
『ヒモ同然の俺にそんなカネある訳ねーだろ。
宮森さんに言え宮森さんに』
御食事の御誘いをやんわりと断りつつ、今夜からの方針を告げる宮森。
『伊藤 君は引き続き帝劇関係者の見張りを頼む。
大川 幹事長が連れ去られてしまったので、万媚が政治家連中を狙っているとしても特定が困難だ。
自分は生体装甲の研究を急ぎたい』
『わっかりましたー。
こんど万媚の姐さん見付けたら、宮森さんに連絡した後こっそりと追っ掛けます』
『
いいね?』
『留意しまーす』
伊藤の返事が気に
『万媚について気になる事が有る。
今迄の外法衆正隊員に肉体を変容させる者はいなかった。
それは〈ショゴス〉と融合してないからだと思うんだけど、もし先月の地下競艇場襲撃事件で大昇帝 派が〈深き者共〉の死骸なりなんなりを回収していた場合、〈ショゴス〉との融合実験を成功させた可能性が有る……』
『うわー。
あんな化けもんが量産された日にゃ、瑠璃家宮 達の商売も上がったりっすね。
でも、魔術結社だって〈ショゴス〉との融合を散々研究して来たんでしょ?
そんな短期間で〈ショゴス〉との融合体を作れるもんなんすか?』
『向こうには
その翁が〈ショゴス〉研究を結実させたのか、
宮森はここから先の言葉を思念に乗せる事が出来ない。
もし先述の通りなら、万媚が ふじ の幻魔だと云う可能性も有り得るからだ。
本日の会合は、何とも歯切れの悪い推察で御開きとなる。
◇
一九二〇年六月 帝都丸の内 帝都劇場
◇
宮森が帝居で
それもこれも、伊藤の監視を
万媚に攫われた行方不明者は漏れなく上級国民だった為、一般への報道は今の所なされていない。
只そのぶん各新聞社が面白おかしく騒ぎ立ててしまい、御蔭で連日怪人探しの野次馬が出る始末。
伊藤の監視任務にも支障が出ていたので何らかの手を打たねばならないと宮森が思っていた矢先、なんと ふじ から御呼びが掛かった。
何でも今月から舞台に復帰するらしく、その前に宮森の診断を仰ぎたいとの事。
三度目ともなると宮森も慣れたもので、ふじ の掛かり付け医だと偽り彼女の楽屋へと赴いた。
「お久しぶりです ふじさん。
今月から復帰するそうで、御身体に異常は有りませんか?」
「はい。
少し疲れやすいぐらいで、ほかは問題ありません。
宮森さん……じゃなくて、宮森 先生って言った方がいいかしら。
先生の御蔭です」
「先生だなんてそんな……。
ふじ さん、いつも通りでお願いしますよ」
世間話がてら、ふじ の体内を
『見落としが有ってはならない……』と、普段よりも
すると彼は、正常以上異常未満の項目を検知した。
⦅ふじ さんの身体を流れる生体電流に平均を越える乱れ……。
この時代に
刺青を彫った箇所に鉄製品などが付着する現象も、外部からの電磁波で顔料成分が磁気を帯びる為だ。
⦅……これだ。
この微粒子が
余りにも小さいので、血液脳関門を通り越し中枢神経系にまで入り込んでいる。
性質は……外部からの電気刺激(電磁波)に反応して形状を変えるようだな。
この微粒子が固まってしまうと、最悪の場合血栓が出来るかも知れない。
念の為に注意喚起しておこう……⦆
宮森は化学者ではないので、この時は微粒子の詳しい性質が解らなかった。
だがソレは、寅井 ふじ はおろか後世に多大な影響を及ぼす物質なのである。
そしてソレを利用し引き起こされる世界的な惨劇を、今の宮森は知る
◇
帝劇の怪人 その五 了
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