帝劇の怪人 その四
一九二〇年五月 帝都芝区
◇
宮森はここ四、五日の間、昼は帝居地下で新戦法の研究、夜は大川 幹事長の監視と忙しい日々を過ごしていた。
そして
去年 宮森が指揮した電磁波照射装置試験により、立法政友会本部
建屋が再建されていない為、同地区にある高級
宮森は大川 幹事長らが六縁亭を出る所を
食事を済ませた政治屋の行き先は、
本日も御機嫌よろしく、政治屋共が夜の街へと繰り出した。
赤坂では怪人騒ぎが起きたので、それ以降政治屋達は
銀座は盟治の
しかし整備後の再居住手続きが異常に厳しく、払い下げ家屋の賃料も高額過ぎたのである。
その為、焼け出された元々の住人達の
勿論二度の大火は政府の自作自演であり、住人を追い出した後で地下に邪神崇拝施設を建設する目的だったのは言う迄もない。
大川 幹事長らが馴染みの高級
表向きは
然もこの建屋の地下には、大昇帝 派の邪神崇拝施設へ通ずる
もし地下通路から邪神崇拝施設に向かわれると宮森には打つ手無しだが、今日は運が良かったと見える。
店から出て来た大川 幹事長らが迎えの車に乗り込む寸前、一陣の黒い風が吹き去った。
「あれれ~、幹事長はどこ行ったんれす~?」
「ははは!
きっとお気に入りの女優の所だよ。
え~っと、名前は何だったかな。
帝劇の看板女優の……虎、寅、とら……」
「トラトラトラ~~~!」
いま大川 幹事長が上げている筈の悲痛な叫びも届いてはいまい。
ビルディングの屋上にまで吊り上げられた大川 幹事長は、はるか下の馬鹿な同僚達に呪いの言葉を投げ捨てている所だ。
「小池!
儂はここだぞ!
くそっ、へべれけになりおってからに!
あの役立たず共め、後でどんな仕置きを……」
黒い風が言葉を発する。
「仕置きの心配をなさるのは、貴方の方ですよ……」
「な、何だ貴様は⁈」
胴に絡まった
「はぐうぅ……。
は、早くこの縄を解いてくれぇ……」
「御期待には添え兼ねます。
それに、もう
黒留袖の女が
その物体は蜘蛛糸をビルディング壁面に貼り付け
ビルディング壁面から蜘蛛糸が切り離されると、遂にその物体が黒留袖の女の前に着地した。
ゆっくりと立ち上がった物体は、黄土色に光る
その物体は、
「その男をどこへ連れて行く?」
「どうする積もりだ?
とは御尋ねにならないのですね……」
「その男がどうなろうと構わないが、事件の手掛かりを失う訳にはいかないんでね」
「正直な
物体は両下膊部と両踵部の
「自分の事は『怪人』とでも呼んでくれ。
貴女の名は……」
怪人の問いを聞いた黒留袖の女は心底嬉しそうな表情になり、
「私は外法衆の【
以後御見知りおきを……」
[註*
妖艶な印象を与えるが、百の
黒留袖の女こと万媚は、面を着け終わるや否や両手指から黒い鉤爪を伸ばし怪人に向け放った。
怪人の方は闘い慣れているようで、鉤爪の
その最中に怪人の
小型自動拳銃であるサベージM1907が現れた。
怪人は両腿に格納していたサベージM1907を両手に装備。
二丁拳銃の要領で射撃する。
怪人の狙いは万媚ではなく大川 幹事長で、万媚の鉤爪は防御に
「ひっ……」
当の標的は銃撃の激しさに目を
サベージM1907が弾を吐き出し終えると、
弾切れを察知した万媚が攻勢に転じたのである。
しかしその攻勢も長くは続かない。
怪人が再び両腿装甲を展開すると、そこにはサベージM1907の
怪人は
然も万媚に向け前進し乍らの作業だった為、既に彼女の目と鼻の先まで接近している。
怪人は容赦なく大川へ銃撃。
万媚の鉤爪を釘付けにしつつ、先ほど蜘蛛糸を吐き出していた両手首横の
そう、怪人は詰みに入ったのである。
二度目の弾切れでサベージM1907を捨てた怪人は、万媚が
その糸塊は空中で破裂し、蜘蛛の巣状に伸び広がる。
これは地下競艇場襲撃事件の際、外法衆正隊員のひとりである
そこを狙い万媚側方へと回り込んだ怪人は、
対する万媚は
又、細長い形状も側面からの打撃に対し
側面方向からの
鉤爪を剥ぎ取られた万媚が怪人の肉薄を許すと、疾駆の勢いのまま左踵部
左回し蹴りの要領で放たれた怪人の左脚は、宙に半円の軌跡を描いて万媚を打つ。
怪人の左脚は空を切り、半円は真円となる。
盛大に空振った事で、怪人は
⦅感覚器は正常。
視界の先に大川が確認できる事から、万媚がここに居るのは確実。
いったいどこへ消えた?⦆
怪人が
足場には黒留袖の下半分が全方位に広がり、彼女は上半身だけの背丈でちょこんと座している。
そう、広がった裾の先に様々な生物の手足を放り出して。
裾からはみ出た幾本もの手足に
⦅くそっ、読み違えたか。
かくなる上は奴を道連れにしてでも……⦆
思考と感覚の
彼が決定した結末を受け入れると、それは不意に遠のいた。
「怪人さん、今夜は楽しかったわ。
また踊りましょう……」
多腕多脚に支えられた万媚の上半身は、既に気絶している大川を連れ蜘蛛の如く後ろ向きに退いて行った。
蜘蛛糸を駆使しここまで来た怪人にとって、その姿は皮肉以外の何物でもない。
万媚と大川 幹事長を取り逃がした怪人は、
青年は冴えない顔を更に鈍らせ
「あの堂々とした
舞台上の彼女とそっくりだ。
もう、手遅れかも知れない……」
青年は肩を震わせ、自身の無力さを
◇
帝劇の怪人 その四 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます