帝劇の怪人 その三

 一九二〇年五月 伊藤の下宿先





 伊藤が黒留袖の女と邂逅かいこうした翌日、宮森は伊藤の部屋を訪れた。


 宮森がテーブルの上に放り投げた各新聞社の朝刊には、次のような見出しが踊っている。



■『帝都劇場付近に謎の怪人現る‼』


■『目撃者によると、怪人は黒い着物姿の女との事・また別の目撃者は皺々しわしわのお化けと主張』


■『怪人は人間を攫う?・神隠しか!』



 宮森が伊藤に思念で問いただす。


『伊藤 君、これはどう云う事かな?』


『すんません、手を出した事は謝ります。

 ただ、こっちも顔見られてたんでそのままじゃ逃げられないと思ったんすよ……』


『これ以上無茶すると活動を許可できない……。

 なんて言いたいけど、明日二郎と記憶を共有した限りではあれが最善に近い気もする。

 今回は不問にするけど、次は必ず連絡を寄越した上で行動してくれ』


『以後気を付けまーす。

 シショー、今度は止めて下さいね』


 責任をなすり付けられた明日二郎が噛み付く。


『コンニャロ!

 言うに事欠いてオイラの所為にしやがって!

 もうエロい夢見せてあげませんからね!』


『そんな御無体ごむたいな~。

 俺とシショーの仲じゃないっすか~。

 もしシショーがソレやめたら、宮森さんに隠れて飯食ってんのバラしますからね~』


『バ、バカヤローッ!

 宮森と繋いでる時にバラす奴があるかっ!』


 両者はきっちり相利共生そうりきょうせいしていたようで、宮森は頭を抱える。


『明日二郎、伊藤 君が魔術を覚えにくくなるから程々にしてくれ。

 で、伊藤 君には黒留袖の女と手合わせした所感を訊きたい』


『共有した映像で視て貰ったと思うんすけど、ありゃー ふじ さんじゃないっすね。

 顔は綺麗過ぎててそれこそ人形じみてましたし、ふじ さんとは雰囲気がまるで違う。

 なんかこう、執念みたいなもんを感じるんすよ』


『ふじ さんも演技における執念は相当なものだけど、それとは違うのかな?』


『う~ん、そこんとこは良く判りませんねー。

 多分、連れ去ったおっさんに関係あるんじゃないっすか?』


 宮森が仕入れて来た情報を開示する。


『昨夜連れ去られた男性は、帝都劇場の役員でもあり劇作家でもある、春日かすが 太郎冠者たろうかじゃだ』


『帝劇のお偉いさんかー。

 もし助けてれば礼金せしめられたかも。

 で、その後の行方は?』


『まだ昨日の今日だから詳細は判明していない。

 自分が気になるのは、誘拐されたのが帝劇の上層部だと云う事なんだよ。

 彼らは舞台出演を餌に、ふじ さん達一般階級出身の女性達に売春を持ち掛けていた』


『となるとっすよ、つぎ狙われんのも帝劇の上層部っすかね……』


 ほんの一瞬だが、宮森の思念が激する。


『彼女らを買っていた者達も、だね』


『宮森さん、もしかして ふじ さん買ってた奴の目星ついちゃってます?』


『ああ。

 ふじ さんを贔屓ひいきにしていたのは、立法政友会りっぽうせいゆうかい大川おおかわ 幹事長だ』


『あー、次の総理になるかも知れないっていうたぬき親父ね』


 今後の方針を告げる宮森。


『で、伊藤 君には帝劇上層部の監視をお願いしたい。

 当然全員は無理だから、監視可能な人物からでいいよ』


『わっかりましたー。

 じゃあ宮森さんはその……』


『大川 幹事長は自分が見張る。

 もし黒留袖の女が ふじ さんと関わっていた場合、大川 幹事長は最優先で狙って来る可能性が高いからね』


『心配なのは野次馬と聞屋ぶんや(新聞記者)っすよ。

 あいつらが居たんじゃおちおち変身も出来ねー』


 伊藤の嘆きに自信で返す宮森。


『大川 幹事長は大昇帝 派の人間だ。

 総理候補と云う事もあって警護も厳しいだろう。

 でも、君が生体装甲を着たまま派手に逃げた所為で情報が錯綜さくそうしている。

 恐らく、今夜からは多くの野次馬と聞屋が街を出歩くんじゃないかな。

 そうなれば、自然といざこざが起きて警察も出動するかも知れない』


『あー、そうなれば民間人に紛れて行動できますね。

 軽い暴力沙汰なんかも起きるでしょうし、そのすきを狙って留袖姐さんが来るかも知れないと』


『伊藤 君は察しが良くて助かる。

 これで上手く尻尾を掴めればいいんだけどね』


『じゃあ宮森さん、変身はどうするんすか?』


『明日二郎に認識阻害術式を展開して貰ってくれ。

 間近で見られたとしても、魔術師以外ならば気にも留めない筈だよ』


 作戦が決まり、宮森は伊藤の煙草入れシガレットケース胞子薬莢スポアカートリッジを補充した。


『あざーす。

 あ、生体装甲使った感じなんすけど、ちょっと疲れただけで他なんともありませんでしたよ。

 手発条ばねと足発条ばねの方も問題なく使えましたし』


『異常を感じないからと云って油断は出来ないからね。

 一応、伊藤 君の身体を精査させて貰うよ……』


 宮森はそのまま精査スキャン開始。

 伊藤の体内をつぶさに観察して行く。


『宮森さん、留袖姐さんと闘った時は手も足も出なかったんすよ。

 しかもアレ本気じゃないみたいでしたし。

 もし留袖姐さんが本気で襲って来たら今度は逃げられないかも。

 何かいい方法ありませんか?』


『……よしっ、身体の方は大丈夫そうだね。

 伊藤 君の云う留袖姐さんへの対抗策だけど、自分に一つ考えが有る。

 帝居で生体装甲の研究はしてるけど、直ぐさま対策完了とは行かないだろう。

 今の君に出来る事は無い。

 夜まで待機していてくれ』


『わっかりましたー。

 期待してお待ちしてますんでー』


 伊藤の気の抜けた返事で会合が終わり、宮森は帝居へと戻った。





 帝劇の怪人 その三 了

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