第五節 帝劇の怪人
帝劇の怪人 その一
一九二〇年五月 帝都新宿
◇
昨日限りで残飯屋活動を中止した伊藤。
今日は宮森と共に、赤ん坊を連れ立って木須 夫婦の住まいへと向かう。
この辺りは殆ど田畑ばかりであるにも拘らず、今日はやけに人通りが多い。
木須 夫婦の住まいに近付くと理由が判明した。
木須 家の前には人だかりが出来ており、官憲達が声を張り野次馬を遠ざけている。
「宮森さんあれ。
絶対なんかありましたよ」
「君は赤ん坊を見ててくれ」
宮森は野次馬から少し離れた場所で視覚拡張術式を発動。
⦅天井の
口封じか見せしめか、あるいはその両方か。
どちらにろ、手掛かりが無くなってしまったのは痛い……⦆
宮森が伊藤に連絡する。
『伊藤 君、いま自分達に出来る事はない。
今日の所は帰ろう』
『ですよねー』
木須 夫婦の
◇
一九二〇年五月 帝居 歓談室
◇
帝居へ帰還した宮森は、瑠璃家宮に事の
「……と云う事でして、行方不明者の捜査はほぼ振り出しに戻りました。
もし解決を急がれるのならば、夢幻座への潜入、
「うむ。
見事に先手を打たれたようだな。
しかし夢幻座への立ち入りとなると……。
其方、想定される向こうの戦力はいか程になる?」
「はっ。
最低でも外法衆正隊員が六人、最悪の場合は九人以上になると予想されます。
また、その他の従業員は外法衆準隊員の可能性が高いですね」
「圧倒的戦力差だな。
余も動きたいのは山々だが、帝居以外で闘うとなると……
大昇帝 派と比べ戦力が
しかし先月起こった地下競艇場襲撃事件で多くの〈
「殿下、夢幻座の件は戦力が整うまで諦めるよりないかと……」
「仕方あるまい。
で、寅井 ふじ が戻ったようだな。
「はい。
堕胎したにしては身体に損傷が
外法衆に誘拐され、その際に何らかの処置をされた可能性が高いですね」
「左様か。
ならば、いま打てる手は寅井 ふじ の確保だけか。
いや……寅井 ふじ が堕胎したのならば、生きているのか死んでいるのかは
寅井 ふじ はもともと
となると、こちらが効果的に介入できる余地も有るか……」
瑠璃家宮は
「澄 殿には余から話しておこう。
其方は寅井 ふじ の監視を頼む」
「承知しました。
また
そちらの捜査は続行したいのですが、宜しいでしょうか?」
「構わん。
存分にやってくれ」
こうして瑠璃家宮への報告が終わり、宮森は作戦を練るため伊藤の待つ下宿へと向かった。
◇
一九二〇年五月 伊藤の下宿先
◇
例の如く明日二郎に安全地帯を敷いて貰った両人は、これからの方針を話し合う。
『では、伊藤 君は今夜から帝劇周辺を見回ってくれ。
木須 夫婦の事件も有った事だし、自分は新宿から調べてみるよ』
『わっかりましたー。
じゃあ、もし不審者を見つけた場合はどうします?』
『対象を発見しだい精神感応で連絡を。
くれぐれも伊藤 君の方からは手を出さないように』
『わっかりましたー。
という事でシショー、よろしくお願いしまーす』
謙虚さが
『おいイトウ、キサマ
罰としてライスカレーを大盛りで食え!』
『なんだよ、宮森さんがデエトでいいもん食ったからって俺にたかるこたねーだろ』
『よりによって
しかも昼食だぞ、ランチだぞ!
普段は『自分は一日一食しか食べません』とか言ってるクセに、自分から
だから吾輩はミヤモリを許せんのだ!』
『デエトなんだから仕方ねーだろ。
お相手にだけ食べろとは、宮森さんも流石に言えないもんな』
ここで宮森も会話に参加する。
『まあ、自分が食べなくても ふじ さんは食べてたと思うけどね。
産後……じゃないけど
『ヤケ食いってやつっすね。
もし可能だったら、今度のデエトの時に胸、腰、尻の寸法を精査してみたらどーっすか?』
『そ、そんな
自分を
『あっははははは。
宮森さん、顔赤いっすよ?』
伊藤に
このあと明日二郎も参加し、ここぞとばかりに宮森をイジリ倒した――。
◇
帝劇の怪人 その一 了
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