第五節 帝劇の怪人

帝劇の怪人 その一

 一九二〇年五月 帝都新宿





 昨日限りで残飯屋活動を中止した伊藤。

 今日は宮森と共に、赤ん坊を連れ立って木須 夫婦の住まいへと向かう。


 この辺りは殆ど田畑ばかりであるにも拘らず、今日はやけに人通りが多い。

 木須 夫婦の住まいに近付くと理由が判明した。


 木須 家の前には人だかりが出来ており、官憲達が声を張り野次馬を遠ざけている。


「宮森さんあれ。

 絶対なんかありましたよ」


「君は赤ん坊を見ててくれ」


 宮森は野次馬から少し離れた場所で視覚拡張術式を発動。

 透視術イントロスコピー併用へいようして屋内の様子を探った。


 ちなみに、視認結果は精神感応テレパシーを通じて伊藤とも共有される。


⦅天井のはりから仲良くぶら下ってるのが木須 夫婦か。

 口封じか見せしめか、あるいはその両方か。

 どちらにろ、手掛かりが無くなってしまったのは痛い……⦆


 宮森が伊藤に連絡する。


『伊藤 君、いま自分達に出来る事はない。

 今日の所は帰ろう』


『ですよねー』


 木須 夫婦の縊死いし遺体を残し、宮森は帝居へと引き上げた。





 一九二〇年五月 帝居 歓談室





 帝居へ帰還した宮森は、瑠璃家宮に事の顛末てんまつを報告する。


「……と云う事でして、行方不明者の捜査はほぼ振り出しに戻りました。

 もし解決を急がれるのならば、夢幻座への潜入、しくは強襲が必要かと存じます」


「うむ。

 見事に先手を打たれたようだな。

 しかし夢幻座への立ち入りとなると……。

 其方、想定される向こうの戦力はいか程になる?」


「はっ。

 最低でも外法衆正隊員が六人、最悪の場合は九人以上になると予想されます。

 また、その他の従業員は外法衆準隊員の可能性が高いですね」


「圧倒的戦力差だな。

 余も動きたいのは山々だが、帝居以外で闘うとなると……あやていを護り切れぬやも知れん」


 大昇帝 派と比べ戦力がいちじるしくとぼしい瑠璃家宮 派は、〈深き者共ディープワンズ〉の量産で挽回ばんかい目論もくろむ。

 しかし先月起こった地下競艇場襲撃事件で多くの〈深き者共ディープワンズ〉が離反してしまい、量産計画は停滞の一途いっとを辿っていた。


「殿下、夢幻座の件は戦力が整うまで諦めるよりないかと……」


「仕方あるまい。

 で、寅井 ふじ が戻ったようだな。

 容体ようだいはどうだ?」


「はい。

 はらんでいた子は堕胎しておりました。

 堕胎したにしては身体に損傷がられず、一部の記憶が曖昧あいまいなようです。

 外法衆に誘拐され、その際に何らかの処置をされた可能性が高いですね」


「左様か。

 ならば、いま打てる手は寅井 ふじ の確保だけか。

 いや……寅井 ふじ が堕胎したのならば、生きているのか死んでいるのかはかく、子の方は外法衆が所持していると云う事。

 寅井 ふじ はもともとすみ 殿の子の代理母ゆえ、孕み子は澄 殿の子でもある。

 となると、こちらが効果的に介入できる余地も有るか……」


 瑠璃家宮はあごに手を当て熟考した後、宮森に命を下す。


「澄 殿には余から話しておこう。

 其方は寅井 ふじ の監視を頼む」


「承知しました。

 また真偽しんぎの程は判りませんが、帝劇の近くで怪しい人物を見たとの報告も有ります。

 そちらの捜査は続行したいのですが、宜しいでしょうか?」


「構わん。

 存分にやってくれ」


 こうして瑠璃家宮への報告が終わり、宮森は作戦を練るため伊藤の待つ下宿へと向かった。





 一九二〇年五月 伊藤の下宿先





 例の如く明日二郎に安全地帯を敷いて貰った両人は、これからの方針を話し合う。


『では、伊藤 君は今夜から帝劇周辺を見回ってくれ。

 木須 夫婦の事件も有った事だし、自分は新宿から調べてみるよ』


『わっかりましたー。

 じゃあ、もし不審者を見つけた場合はどうします?』


『対象を発見しだい精神感応で連絡を。

 くれぐれも伊藤 君の方からは手を出さないように』


『わっかりましたー。

 という事でシショー、よろしくお願いしまーす』


 謙虚さが微塵みじんも感じられない伊藤の御願いに、明日二郎シショーは御立腹ごりっぷくのようだ。


『おいイトウ、キサマたるんどるぞ。

 罰としてライスカレーを大盛りで食え!』


『なんだよ、宮森さんがデエトでいいもん食ったからって俺にたかるこたねーだろ』


『よりによって吾輩わがはいを憑けていない時に豪勢なモン食いよってからに。

 しかも昼食だぞ、ランチだぞ!

 普段は『自分は一日一食しか食べません』とか言ってるクセに、自分から稽古けいこさぼったんだぞ!

 だから吾輩はミヤモリを許せんのだ!』


『デエトなんだから仕方ねーだろ。

 お相手にだけ食べろとは、宮森さんも流石に言えないもんな』


 ここで宮森も会話に参加する。


『まあ、自分が食べなくても ふじ さんは食べてたと思うけどね。

 産後……じゃないけど肥立ひだちも有るだろうし、少しでも気を晴らしたいって事も有るんじゃないかな』


『ヤケ食いってやつっすね。

 もし可能だったら、今度のデエトの時に胸、腰、尻の寸法を精査してみたらどーっすか?』


『そ、そんな破廉恥はれんちな真似できる筈ないだろう!

 自分を揶揄からかうのはよしてくれ……』


『あっははははは。

 宮森さん、顔赤いっすよ?』


 伊藤に女体三位寸法スリーサイズ精査スキャンを勧められた宮森は、耳まで真っ赤にして恥じ入っている。


 このあと明日二郎も参加し、ここぞとばかりに宮森をイジリ倒した――。





 帝劇の怪人 その一 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る