第三節 それいけ、◯◯マン!

それいけ、◯◯マン! その一

 一九二〇年五月一日 帝都





 夢幻座が初日興行を終えた翌日、敷地内には朝から官憲達が詰め掛けていた。

 どうやら、この興行に来た幾人かが行方不明となっているらしい。


 又、昨夜夢幻座敷地内に大きな火柱が立った事を近所の住人が証言している。

 住人の話によると、巨大な籠細工の中に人間が詰め込まれ燃やされていたとの事。


 燃やされていた者達の断末魔の叫びも聞こえていたらしいが、敷地内の巨大籠細工は燃えておらず焼死体なども無かった。

 証拠不十分で夢幻座への御咎おとがめは無く、本日の興行も通常通り行なわれる。


 しかも、警視庁上層部は夢幻座への強制捜査を許可しなかった。

 夢幻座の敷地内から証拠が出なかった事と、行方不明者の捜索願が出されていない事などが理由である。


 一応捜査自体は継続されるが、誰もが怪しんでいた夢幻座に立ち入れないとなると、政治的圧力が掛かったと思わざるを得ない。

 事件は迷宮入りとなるかに思われたが、この事件の捜査を別経路から命じられた者達がいた。





 一九二〇年五月一日 帝居 歓談室





 ふじ と逢った翌日、宮森は瑠璃家宮るりやのみやに呼び出された。


 瑠璃家宮は珍しく浮かない様子で宮森に語り掛ける。


「今日は其方そなた喫緊きっきんの頼みが有ったので呼び立てた次第。

 先ず、我々が手に入れる筈だったブツが消えた」


「ブツと申しますと……」


「昨日は四月末日で今日は五月初日。

 知らぬとは言わせんぞ」


 瑠璃家宮が言わんとする事を察した宮森。


⦅儀式で使う生贄……子供だな。

 それが消えたとなると……⦆


「殿下、消えたとはいったい……」


「ブツは主に斡旋あっせん業者を通して手に入れていたのだがな。

 今回に限って数が揃わんと言って来たのだよ。

 当節とうせつまかなうが、このまま看過かんかする事は出来ん」


「殿下、我々の派閥の力をもってすれば新しい入手経路など幾らでも構築可能かと存じますが……それも難しいので?」


大方おおかた 大昇帝 派の者共がちょっかいを掛けて来たのであろうが、ちと規模が大きくてな。

 この前の件(地下競艇場襲撃事件)もあるゆえ、官憲や魔術師を始めとした工作員は温存しておきたいのだよ」


 話の内容を把握し首肯しゅこうする宮森。


「解りました。

 ブツの横流し先を調べれば良いのですね。

 直ぐに取り掛かります」


「待て宮森、実はもう一つ問題が有る。

 ブツの他に、我々にとっての重要人物も昨日行方不明となってしまった。

 その人物には監視を付けていたのだが、見事に雲隠れされた」


「殿下、その重要人物の名は何と?」


「寅井 ふじ。

 余より其方の方が良く知っておるのではないか?」


 先程までは若干余裕の無い表情を見せていた瑠璃家宮だったが、今は宮森の狼狽ろうばいを楽しむかのような顔容かんばせに変わっている。


 当の宮森は咄嗟とっさに人格を裏へと切り替え、焦燥しょうそうを悟られまいとした。


「寅井 ふじ さんが行方不明……。

 つかぬ事を伺いますが、ふじ さんと殿下にはどのような御関係がお有りで?」


「実はな……」


 ここで瑠璃家宮は宮森に多くの事柄を開示する。


 去年起こった比星ひぼし 今日一郎きょういちろう 昏睡こんすい騒動の際、今日一郎の母であるすみを説得するため彼女のもうひとりの息子である囲瑳那いさなを蘇らせる約束をした事。

 その際に行なう反魂術はんごんじゅつの媒体として、あろう事か ふじ を選んだ事。


 ふじ を苗床なえどことするに当たり、波邇夜須壺はにやすのつぼと呼ばれる祭器を使用した事。

 波邇夜須壺とは結晶化された〈ショゴス〉であり、原生生物の細胞と〈ショゴス〉を馴染なじませる機能を持つ事。


 ふじ に波邇夜須壺はにやすのつぼを植え付ける際には、瑠璃家宮が宮森に化け自ら遂行した事。

 その際使用した朝鮮朝顔ダチュラの作用で、恐らく ふじ にはその時の記憶が無いだろう事など。

 多くの真実を宮森へと伝えた。


 宮森は心中で舌打ちする。


⦅澄さんの息子であり、維婁馬の弟である囲瑳那を反魂術……〈ショゴス〉との細胞融合で製造するだと⁈

 最悪なのは、代理母役に ふじ さんが選ばれてしまった事だ。

 くそっ!

 幹部に昇進しておき乍ら自分は何も出来ない……⦆


 宮森は心の内をおくびにも出さず了解する。


「詳細は解りました。

 これより調査に向かいますので、吉報きっぽうを御待ち下さい」


「頼むぞ宮森。

 先ずはこれを」


 瑠璃家宮が宮森に手渡したのは、夢幻座のビラである。


「ここが怪しいと?」


「そうだ。

 昨日はここで監視達が巻かれたらしい。

 今朝から調べさせているが、昨日の今日だからな。

 今のところかんばしい報告は無い」


「もし転移魔術を使われたとなると、見付け出すのは困難かと思われますが……」


「その場合は致し方あるまい。

 澄 殿には別の報酬を提案する迄だ。

 寅井 ふじ が何の痕跡こんせきも残さず消えた事から、この曲馬団は外法衆の隠れみのと見て間違いあるまい。

 捜査する際は身元が割れぬよう気を付けろ。

 これから武藤むとう 医師の所へ向かい、護謨覆面ゴムマスクを用意するといい。

 後、これは手付金代わりだ」


 瑠璃家宮が投げて寄越よこしたのは、ふじ に無用な重荷を背負わせた際に買った、あのオペラグラスである――。





 一九二〇年五月一日 伊藤の下宿先





 宮森は武藤の所で護謨覆面ゴムマスクを何種類か頼み、以前住んでいた下宿へと向かった。


 女将のふくがいつもの調子で出迎える。


「あら宮森さんお帰んなさい。

 あたしこれから買い物に行ってくるから。

 お邪魔しちゃ悪いもんね。

 じゃ、ごゆっくり~♥」


「自分と伊藤 君はそんな関係じゃないですからねー」


 宮森は取り敢えず女将に釘を刺した後、伊藤の居る二階へと上がりふすまの前で入室確認を取る。


「伊藤 君、いま大丈夫かい?」


「宮森さんどうぞー」


「邪魔するよ伊藤 君。

 ここからは……」


「わっかりましたー」


 宮森の云わんとしている事を察し、精神感応経路テレパシックチャンネルを解放する伊藤。


 明日二郎にやって貰わなくとも、それぐらいは出来るようになったらしい。


『明日二郎、先ずはこの下宿周辺の精査を頼む。

 その後幻覚と認識阻害で隠してくれ』


『アイアイサー。

 ……よし、もう話していいゼ』


『ありがとう明日二郎。

 伊藤 君、先程 瑠璃家宮から下された命は……』


 宮森は精神感応テレパシーを介し概要がいようを伝え、夢幻座のビラを見せる。


『なるほどねー。

 ここで ふじ さんが誘拐されたのは間違いないけど、肝心の証拠が見付かんないし行き先も判んないと。

 転移魔術っつーんすか?

 それ使われてるみたいですし。

 たとえ見付けたとしても、俺程度じゃどうにも出来ませんね。

 外法衆っつーんすか?

 逃げられるか返り討ちにうのが落ちです』


『確かに今の伊藤 君では外法衆に敵わないだろうから、戦闘はもとより接触も極力避けねばならない。

 なので、ふじ さんの捜索は自分がやる。

 君は行方不明になっている民間人の方を当たってくれ』


『わっかりましたー。

 曲馬団の興行場所は中久保か……。

 だとしたら、人買いは四谷の貧民窟にいるかも知んないっすねー。

 俺は悪所に慣れてるんで、ちょっくら行って来ますよ』


『助かる。

 その際は、武藤 医師から変装用の覆面を受け取ってくれ。

 衣装も用意してくれるだろうから、自分の名前を出して使わせて貰うといい。

 後、生体装甲を詰めた煙草入れは常に携帯してくれよ』


 方針が決まった所で、探偵コンビは早速任務に乗り出した――。





 それいけ、◯◯マン! その一 了

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