第一節 ミヤモリ、秘書雇うってよ

ミヤモリ、秘書雇うってよ その一

 一九二〇年四月 宮森の下宿先





 伊藤いとう 開智かいち宮森みやもり 遼一りょういちの付き人として九頭竜会に入会してぐ。

 彼らは宮森の住む下宿にやって来ていた。


 宮森は幹部昇格にともな帝居ていきょ敷地内の職員寮で寝泊まりする事となった為、宮森が入居している部屋には入れ替わりで伊藤が入る。


 ふたりが玄関をくぐると、益々ますます恰幅かっぷくの良くなった女将が出迎えた。


「宮森さんおかえり。

 あ、その方が伊藤さんね。

 さ、上がって上がって」


 ふたりが一階の居間に入ると女将が茶を持って来る。

 宮森も持参した茶菓子の包み紙をぎ、卓袱台ちゃぶだい中央に置いた。


 早くも饅頭を頬張ほおばっている女将が伊藤に自己紹介する。


「ここで下宿やってる【名礼緒なれお ふく】よ」


「どーも、伊藤 開智っす。

 女将さん、これからよろしくお願いしまーす」


「あいよ。

 宮森さんと違ってちょっとヤンチャそうに見えるけど、男はそれぐらいじゃなきゃね~。

 それに宮森さん、お弟子さんこしらえるのはいいけどさ。

 いい女性ひとでもデキたのかい?」


「い、いえ。

 去年に大怪我してそれどころじゃなかったですよ。

 女将さんも知ってるでしょうに……」


 女将の歯にきぬ着せぬ物言いに苦笑したふたりだったが、その後も挨拶と世間話が和やかに進む。

 女将が最後の饅頭を口に入れた所で、ふたりは二階の部屋へと移った。





 宮森は肉声でこの辺りの地理を伊藤に教える振りをしながら、今後の方針を精神感応テレパシーで送る。


『伊藤 君には、主に大槻おおつきさんや〈ラニクア・ルアフアン〉達との連絡係をやってもらおうかと思っている。

 後、自分が動けない時の代理としての活動かな。

 ひまな時は、帝居で格闘術や銃の扱い方を学ぶといい。

 あ、君の場合は読み書きが最優先か』


『そーっすよねー。

 俺むつかしい漢字とか解んねーっすもん。

 あー、尋常じんじょう小学校ちゃんと行っときゃ良かったー』


『それは君の所為せいじゃない。

 それに、明日二郎あすじろうが学習補助してくれるからあっと云う間に覚えられると思うよ』


『え⁈

 シショーってそんな凄かったの?』


 ここで明日二郎も会話に加わる。


『オイラにかかりゃあ、読み書きソロ盤なんでも御座れよ!

 ま、イトウはソロ盤だけは得意らしいから、オイラの手をわずらわせる事もあるまいて』


『それは頼もしい……んだけど、シショーが頭ん中にいるだけで妙にくせーんだよな。

 どうしたら収まんのかね?』


『ダイジョウブ!

 イトウはまだオイラの存在自体に慣れてないだけだ。

 慣れたらなんとも思わなくなるから安心しろ』


『そういうもんかねー。

 未だにその見た目がこえーんだけど……』


 半信半疑の伊藤に宮森が口添えする。


『少しでも早く汎用はんよう魔術を覚えて欲しいから、一日一食にして貰うよ。

 伊藤 君、いいかい?』


『俺は今まで飲まず食わずん時もけっこーありましたからね。

 それぐらいどーって事ないんすけど、頭ん中でシショーが暴れちゃってます……』


『な⁈

 ミヤモリに続きイトウも一日一食だと!

 ミヤモリが療養してた時なんか、マズイ病院食でガマンしてたのに……。

 認めん、オイラは断固認めんぞ!』


『明日二郎、お前はじゃないだろ。

 もしこれ以上不満を述べるようなら、こんど維婁馬いるまに会った時に言い付けてやるからな。

 そうなったらお前、食のよろこびを堪能たんのうできなくなるかも知れないぞ……』


『い、イヤだ~。

 それだけはご勘弁を御奉行おぶぎょう様~』


 実はコノ明日二郎。

 上鳥居かみとりい 維婁馬から生まれた幻魔げんまである。

 去年 宮森に居候いそうろうしていた個体はすでに消滅し、現在の個体は維婁馬から新たに生み出された別個体なのだ。


 上鳥居 一族が奉じている邪神にはほぼ感情が無い。

 その劣等顕現けんげん体である〈幻魔アスジロウ〉にも同じ事が言える。

 維婁馬は〈幻魔アスジロウ〉が生まれ出る際に都合の良い記憶と感情を与え、もう一つの人格である今日一郎にかせているのだ。


 食事の件が一段落した所で、宮森が明日二郎に警戒を願い出る。


『明日二郎、周囲に監視の目がないか見張っててくれ』


『あいよっ!』


 幹部に昇格した宮森はともかく、九頭竜会に入ったばかりの伊藤には専属監視員が付いていても不思議ではない。

 何を隠そう、ここの女将も最近まで宮森の監視役だったのだから。


 宮森は背広の内物入れポケットから煙草入れシガレットケースを取り出す。


『伊藤 君が協力してくれる代わり、自分は君の身を護らねばならない。

 これはそのあかしだ』


『ありがたく頂きまーす。

 でも、俺の身を護るって……』


『伊藤 君、ふたをを開けてみてくれ』


 何の変哲もない一般的な煙草入れシガレットケースだが、中身は違ったようだ。


『何すかこれ?

 やけにホコリっぽいっすけど……』


ほこりじゃない。

 かびだ』


『カビ⁈

 宮森さん、これはなんかの冗談っすか?』


『黴、正確には菌類とうんだけど。

 今その中に入っているモノが、〈ミ゠ゴ〉と呼ばれる太古の菌類だよ。

 伊藤 君、〈ミ゠ゴ〉と云うのはね……』


 宮森は外吮山そとすやまでの闘いで死亡した。

 だが闘いが終結した後、彼は維婁馬の祖父であり父でもある上鳥居 なおから、禁断の魔導書〈死霊秘法ネクロノミコン〉を据え付けらインストールされる。


 その御蔭おかげで宮森は〈ミ゠ゴ〉と融合を果たし、蘇生するに至った。

 現在では、〈ミ゠ゴ〉の能力を有効活用するべく研鑽けんさんはげんでいる。


〈ミ゠ゴ〉の説明を聴き終えると、伊藤に疑問がいたらしい。


『その〈ミ゠ゴ〉を何で俺に?』


 その問いの答えとして、宮森は外法衆げほうしゅう正隊員のひとり、嘯吹うそふきとの戦闘場面を伊藤に送る。


 場景の上映中、宮森は〈ミ゠ゴ〉を利用した生体装甲バイオアーマーを纏い嘯吹を撃退していた。

 これと関係が有るらしい。


『君の身を護ると言っておき乍ら恐縮だけど、実験に協力して欲しいんだ』


『まあ、俺の大将は宮森さんすからね。

 おたっしには従いますよ。

 で、煙草入れに入ってるコレがさっきの映像とどう関係するんです?』


『自分は〈ミ゠ゴ〉の性質を利用して、生体装甲なる物を発案した。

 先ほど送った映像の通り、生体装甲は魔術戦闘に際して有効だと思われる。

 でも重大な欠点が有ったんだ』


『ああ、敵ぱらった後めっちゃ疲れてましたもんね』


 生体装甲バイオアーマーの弱点を早くも把握はあくした伊藤。

 まとた意見に宮森も同意する。


『そうなんだよ。

 生体装甲を生成するには、〈ミ゠ゴ〉の胞子は当然として栄養や水も必要なんだ。

 それを一々いちいち霊力で造り出すとなると、どうしても稼働時間が短くなってしまう。

 その克服こくふく案が君の目の前にあるソレさ』


『もしかしてコレ、その〈ミ゠ゴ〉って奴の胞子と栄養分っすか?』


『さすが伊藤 君、実に飲み込みが早い。

 そう、「生成するのに苦労するんなら、生成できる分を前もって生成しとけばいじゃないか!」と云う発想だね』


『なるほど。

 で、俺が使えるんすか?』


 伊藤の思念が不安に染まる中、説明を続ける宮森。


『実は、明日二郎を君に憑かせているのはその為でもあるんだ。

 君は魔術に関しては素人しろうとだし、腕を上げるにはどうしても人道じんどうもとる行為が必要になる。

 君にそれをやらせるのは本意じゃない。

 だから、君の霊力を引き出す手伝いを明日二郎にやって貰うんだよ』


『要は、細かい事はみんなシショーがやってくれるんすね』


『そう考えて貰っていい。

 考えられる使用場面は、緊急事態への対処、および敵性対象からの防衛や逃走になる。

 くれぐれも無茶な戦闘行為には走らないでくれよ』


『わっかりましたー。

 シショー、お願いしまーす』


 誠意の見られない伊藤の御願いに、明日二郎シショーはつばを飛ばしまくった。


『何が「シショー、お願いしまーす」だ。

 オイラがオペレーティングシステムやらサイコ◯レームやらになってやるのだぞ。

 もっと喜ばんか、このバカ弟子が~!』


『シショー、精神感応でも何言ってるか解んねーよ……。

 で、俺にはどんな影響があるんだ?』


『シガレットケースに入ってんのは〈ミ゠ゴ〉の胞子と生成に使用する最低限の栄養分だけで、水分は別途必要なのよ。

 そんで水分を含めた生成術式をむのはオイラがやるが、それに必要な分の霊力はイトウが負担する事になる。

 メッチャ疲れる事には変わらんが、その分の稼働時間は稼げる訳だ。

 ただ、ミヤモリ以外の人間ヒトで試した事ないから実際どうなるかは知らん!』


『なんかシショーが不穏な事言ってますけど……。

 宮森さん、そこんトコどーなんすか?』





 ミヤモリ、秘書雇うってよ その一 了

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