ザ・ランブルクリーチャー その九

 一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場





 大槻 夫妻が放水路のせきを破壊していた頃、『どっちつかず』は仲間達と共に競艇会場へと泳ぎ着く。


 会場に張られた銀盤は、巨大化を済ませた〈ダゴン益男〉の発する熱で大半が融け切っていた。


ダゴン益男〉は地上部に居る瑠璃家宮に精神感応テレパシーで注進する。


『殿下、海から裏切り者共が攻め上って来ています。

 ここは私が引き受けますので、殿下は多野 教授の許へと御急ぎ下さい』


『頼む』


 瑠璃家宮は神力を使った為、既に身体の一部が石化しつつあった。

 それを治療するには、多野にやって貰うより他ない。

 逃がした嘯吹の事も気に掛けているようだが、ここで神力を使い過ぎても良い結果には繋がらないと判断したのだろう。

 素直に撤退を決意する。


 瑠璃家宮が会場から姿を消すと、〈水棲黒い仔山羊ダークサルガッソー〉の僅かな残骸が漂う中、忌々いまいまに思念を放つ〈ダゴン益男〉。


『合いの子とは珍しいな。

 今すぐ破壊行為と妨害音波を停止して我らの軍門にくだれ。

 そうすれば今迄の無礼は無かった事にしてやる』


『冗談だろう?

 お前達は何も解っていない。

 ……いや、解った上でやっているのか。

 このままではまた旧神きゅうしんに滅ぼされるだけだぞ。

 現に百年前もそうだったじゃないか!』


『我々は勝利するまで何度でもやる。

 で、その旧神を天蓋てんがいの上から引き摺り降ろすには我々のやり方が最善だ。

 文句が有るのなら掛かって来い。

〈【ラニクア・ルアフアン】〉よ!』


『言われなくとも!』


ダゴン益男〉の体躯は、会場の大きさもかんがみ一〇メートル弱に調整されている。

 余りに大き過ぎると狭い会場内で動けなくなるからだ。


 右腕の水刃ハイドロブレードを展開し迫り来る〈ダゴン益男〉を、〈ラニクア・ルアフアン〉は悠々と躱して行く。


〈ラニクア・ルアフアン〉の尾鰭は魚類のそれとは違い、水棲哺乳類に見られる上下扁平へんぺい型。

 体毛や鱗は無く滑らかな体表で、背面正中線上には皮膚の隆起りゅうきが尾鰭近くまで続く。

 そして備わった人間ヒト型の両腕。


 そう、〘どっちつかず〙こと〈ラニクア・ルアフアン〉は海豚いるか……この個体はすなめりの特徴を有していた。


ダゴン益男〉と〈ラニクア・ルアフアン〉が相まみえる。

〈ラニクア・ルアフアン〉は両腕に、〈ダゴン益男〉は右腕に水刃ハイドロブレードを展開。


〈ラニクア・ルアフアン〉は全長二メートル程。

ダゴン益男〉の振るう水刃ハイドロブレードは余裕で躱せるが、左腕の鉗脚を警戒して思うように近付けていない。

 もし不用意に近付こうものなら、鉗脚から発せられる衝撃波で気絶させられてしまうからだ。


 そうならないよう、〈ラニクア・ルアフアン〉は執拗しつように〈ダゴン益男〉の背後を狙う。

 一方の〈ダゴン益男〉も、動きの速い〈ラニクア・ルアフアン〉を追い切れない。


 闘いは膠着状態に陥ったかに思われたが、〈ダゴン益男〉には勝算が有った。


⦅奴の動きが鈍くなって来たぞ。

 息が続かなくなって来ているな。

 所詮は鯆か……⦆


〈ラニクア・ルアフアン〉は鯆型。

 当然肺を使っての呼吸が必要なので、その瞬間を狙えば良いのである。


 恐らく全速で遊泳し、〈ダゴン益男〉から逃れているだろう〈ラニクア・ルアフアン〉は苦い表情。

 追う〈ダゴン益男〉はその後の展開を予測し口角を上げた。


 えらを全開にして追撃して来る〈ダゴン益男〉を確認した〈ラニクア・ルアフアン〉は、限界が来たのか急浮上してしまう……。

 だがそれを逃す〈ダゴン益男〉ではない。


ダゴン益男〉が遂に鉗脚を使い衝撃波を起こした。

 水中で閃光が瞬くと無数の気泡キャビテーションバブルが生じ崩壊。

 周囲の水を巻き込み水流に不規則な変化を与える。


ダゴン益男〉は体格が大きいため影響は少ないが、〈ラニクア・ルアフアン〉にとっては一大事だ。

 発生した渦に引っ張られ満足に遊泳できない。

 加えて、気泡キャビテーションバブルが崩壊する際のプラズマによる水温上昇で体力も奪われて行った。


 その隙を見逃さなかった〈ダゴン益男〉。

〈ラニクア・ルアフアン〉に急接近して水刃ハイドロブレードを一閃。

〈ラニクア・ルアフアン〉を二枚ろしに……出来ない。


 身体が満足に動かないのだ。


 息を詰まらせたかのような表情で身体の異常を探す〈ダゴン益男〉。

 異常は直ぐに見付かる。


ダゴン益男〉の胸郭に開いた鰓から、黒褐色の触手が覗いていたのだ。


⦅何だこの触手は⁈

 ……まさか、さっきばらばらにしてやった海藻もどきか!⦆


 鰓のひだにびっしりと生えた〈水棲黒い仔山羊ダークサルガッソー〉の所為で、〈ダゴン益男〉は呼吸困難に陥っている。

 そう、文字通り息を詰まらせていたのだ。


 それに引き換え〈ラニクア・ルアフアン〉は、水面での息継ぎを安全に終える。


ダゴン益男〉が素早く動けないのをいい事に、彼の身体を斬り裂いて行く〈ラニクア・ルアフアン〉。

 当然〈ダゴン益男〉も反撃を試みるが、動きに精彩を欠いているため捉えられない。


ダゴン益男〉は鉗脚を斬り落とされた所で呟く。


「何故だ。

 なぜ海藻擬きが今になって復活する?」


『お前の行動が招いた事だよ』


 苛立つ〈ダゴン益男〉に対し、種明しがてら煽り立てる〈ラニクア・ルアフアン〉。


『お前の云う海藻擬きは、非常に再生能力が強い生物らしい。

 でも、再生するには条件が足りなかった。

 だからさっきまでばらばらの状態で水中を浮遊していたんだろう』


「条件、だと……」


『そうだよ。

 お前も良く知っているだろうに。

 先ずは水。

 ここは水中なのでこれは問題ない。

 次に栄養分。

 これが海藻擬きにとっての問題。

 ここの栄養分は、お前が巨大化する際に吸収したからほぼ枯渇こかつしていた筈だ。

 しかし海藻擬きはその後栄養分を見付ける。

 そう、お前とボクだよ』


「何だと?」


『栄養面はこれで解決。

 残るは電気刺激だね。

 細胞を活性化し成長させるには電気刺激が不可欠』


「そんなものどこで……。

 まさか鉗脚を噛み合わせた時の!」


〈ダゴン〉である益男は、普段電気技師の仕事をしている。

 その所為も有ってか、自身の失態に気付いたようだ。


『そう、お得意の鋏で衝撃波を出す際に発生する放電現象さ。

 確か……プラズマって云ったかな。

 その放電現象で海藻擬きが元気を取り戻したんだろうね』


「な、なら条件は同じ筈!

 なぜ俺にだけ海藻擬き、がっ⁈」


〈ラニクア・ルアフアン〉が〈ダゴン益男〉の右腕を斬り落とし水刃ハイドロブレードを潰す。


『それは呼吸だよ。

 ボクは肺呼吸でお前は鰓呼吸。

 お前が鰓で水を取り込むたびに、海藻擬きが鰓に付着したのさ。

 対してボクは肺呼吸。

 水から酸素を得ている訳じゃない。

 それに、鯆は水を殆ど飲まないんだ。

〈深き者共〉の長ともあろう者が、そんな事も知らなかったのかい?』


〈ラニクア・ルアフアン〉が〈ダゴン益男〉の背後を取り告げる。


『今は仲間の救出が最優先だ。

 時間稼ぎさせて貰うよ』


〈ラニクア・ルアフアン〉は水刃ハイドロブレードで〈ダゴン益男〉の頸筋を一閃。


 頸動脈を断たれた〈ダゴン益男〉は鰓に付着した〈水棲黒い仔山羊ダークサルガッソー〉の処理すらままならず、そのまま意識を失った――。





 ザ・ランブルクリーチャー その九 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る