第七節 泡と水の狂漕曲 結び

泡と水の狂漕曲 結び その一

 一九二〇年四月 帝都 地下競艇会場





 会場の地上部分では、生き残っていた〈深き者共ディープワンズ〉が〈ダゴン益男〉の発する思念に打ち勝とうと葛藤していた。

 しかし〈ダゴン益男〉の思念が途絶えた事でそれも終わる。


 洗脳を解かれた〈深き者共ディープワンズ〉は、会場に侵入していた〈はぐれ深き者共ストレイディープワンズ〉に導かれ海側放水路へと向かった。


〈ラニクア・ルアフアン〉が〈ダゴン益男〉をくだす様を観覧席スタンドから観戦していた宮森。

 彼は周囲に人が居ない事を確認し、再度〈ラニクア・ルアフアン〉との会話を試みる。

 その際は明日二郎を中継し、精神感応波テレパシックウエーブを隠蔽する事も忘れない。


『君は〈ラニクア・ルアフアン〉と呼ばれていたようだけど、その名前で呼んでもいいだろうか?』


『〈ラニクア・ルアフアン〉はボク個人の名ではなく、謂わば種族名なんだよ』


『種族……。

 矢張り、〈深き者共〉ではないのか?』


『ボクの場合は、〈深き者共〉の母と鯆の父との混血になる』


『鯆との混血だってー⁈

 ……済まない。

 つい取り乱しそうになってしまった。

 出自を明かしてくれて感謝する。

 所で、自分と会話してくれるのかい?』


 仲間達の救出も終わり安堵しているのだろう。

〈ラニクア・ルアフアン〉の思念は穏やかだった。


『確か宮森と云う名だったね。

 お互い時間が無いだろうから、思考と感覚の高速化を行なうとしよう……』


 各人が思考と感覚の高速化クロックアップを済ませ対話に入る。


『では改めて。

 自分は宮森 遼一と云う。

 九頭竜会の幹部だ……』


 宮森はこの後、〈ラニクア・ルアフアン〉に自身の身の上をつまんで聞かせた上で質問する。


『……と云う訳で〈ラニクア・ルアフアン〉。

 君は九頭竜会と敵対関係に有るのかい?』


『そうだな、正確には魔術結社全体と敵対している。

 君、いや……君達もそうなんだろう』


『ん? 明日二郎の事もばれてるらしいね。

 前にも言ったけど、九頭竜会が引き起こそうとしている災厄を止める為に自分達は手を尽くしている。

 厄災の日にちは決まっていて、あと三年余りしかない。

 今のところ打開策も無く、手をこまねいている次第だ。

 特に人材不足は深刻でね。

 少しでも味方が欲しい。

 それで君に声を掛けたと云う訳さ』


『宮森の気持ちは解ったよ。

 次は君の事を聴きたい。

 身体に不純物が混じっているようだね。

 いったい何なんだ?』


 宮森は正直に話す。


『ああ。

 これは〈ミ゠ゴ〉と云って、太古の……』


『違う。

 その菌類型生命体の事じゃない。

 君の身体には、恐ろしく複雑で異質な魔術記号が大量に埋め込まれている。

 心当たりは有るのか?』


『ああそっちか。

 実は……』


 宮森は去年の比星 家事件以降、今日一郎、維婁馬 両名と僅かだが連絡を取っている。

 その際、比星 播衛門が自身に施したおぞましき所業を知った。

 比星 一族秘伝の魔導書、〈死霊秘法ネクロノミコン〉の移植である。


 経緯を知った〈ラニクア・ルアフアン〉は深く溜息をつき呟いた。


『なんと云う事を……。

 今回も、旧神による滅びは避けられないのか……』


『ちょ、ちょっと待ってくれ。

 旧神による滅び?

 それに今回って……』


『凡そ二百年前に起こった〘小終末しょうしゅうまつ〙だよ。

 君は九頭竜会の幹部なのに知らないのかい?』


『なんだってー!

 ああ、失礼。

 今度は本当に取り乱してしまった……。

 自分が九頭竜会から聞かされていたのは、一万二千年前に勃発ぼっぱつした邪神と旧神との戦いだけだ』


 取り乱す宮森に再度溜息をつく〈ラニクア・ルアフアン〉。


『なるほどね。

 魔術結社は身内にも二百年前の小終末を隠していたか。

 君の隠れた後ろ盾になっている比星 今日一郎……上鳥居 維婁馬も知っていなかったとなると事は重大だよ。

 維婁馬の命はそう長くないと判った上で、真実を隠したまま都合よく利用していた事になる。

 いいだろう。

 ボクの見知っている事だけでも聞くといい』


 自身の本体に関わる事ゆえ気が気でない明日二郎だったが、今は話を聞く事が先決と割り切り静観を決め込む。


 宮森が先を促すと、〈ラニクア・ルアフアン〉は失われた旧文明の事を語り始めた。


『ボクは、人間のこよみで云うと二百十年ぐらい生きている。

 で、今から約二百年前に旧神が世界の大部分を滅ぼしたんだ。

 ボク自身が幼かった為に旧神は見ていないけど、母が言っていたから間違いない。

 具体的な現象としては、長雨が続いた所為で大部分の陸地が洪水に見舞われたり、大規模な落雷の多発で多数の建造物が破壊された事などが挙げられる』


『それは、大部分の陸地が海に沈んだのかい?』


『違う。

 海に沈んだのは極一部だけで、多くの土地は長雨による地盤沈下と洪水の被害を受けた。

 後は、天から土砂が大量に降って来たらしい。

 今でも少し地面を掘れば、土中に埋まった当時の建物や物品などが見付かる筈だ』


『自分は幹部になって日が浅いので九頭竜会の活動全てを把握してる訳じゃないけど、遺跡発掘班が得体の知れない物をしょっちゅう運び入れているな。

 あれが旧文明の遺物だとすると辻褄つじつまが合う。

 そうやって、旧文明の痕跡を消し去ろうという魂胆か……』


『話を続けよう。

 母から聞いた話によると、どうやら邪神崇拝者達が契約違反を犯したらしい。

 その所為で旧神が降臨してしまい、主だった文明が破壊されたと云う事だ』


 契約違反、との言葉に過剰反応する宮森。


『契約だって⁈

 まさに聖架教せいかきょうやアラム教の書物に在る通りだな。

 詳しい説明を乞いたい』


『ボクは当時まだ子供だったから詳しくは知らない。

 多分、母もそうだろう。

 ここからは推測だが、邪神崇拝者達は期限付きで地上の支配を許されている。

 と云うより、〘最後の審判〙まで放って置かれているんじゃないかな』


『最後の審判……。

 覚者教かくしゃきょうの経典にも〘末法まっぽう〙との言葉が在る。

 それが真の終末だとすると、二百年前の小終末は違反行為の見せしめって事か。

 で、契約違反と云うのは?』


『詳細は知らない。

 母が言うには、禁忌きんきの魔導書である〈死霊秘法〉の封印が解かれたとだけ。

 もしかすると、〈死霊秘法〉には旧神を滅する方法が記されているのかも知れない。

 その解読に成功した為、旧神が文明自体を破壊したとか……』


 宮森 自身に〈死霊秘法ネクロノミコン〉が移植されたむねを知った時も落ち込んだが、今回のそれは前回を遥かに上回る。

 もし小終末の話が本当だとすると、宮森の存在自体が滅びの引鉄トリガーになってしまうのだから。


 宮森は気分を変える為、新たな質問を〈ラニクア・ルアフアン〉に投げ掛ける。


『でも、全ての邪神崇拝者達が居なくなった訳ではないんだよね?』


『そうだ。

 一旦は世界統一まで漕ぎ付けた大帝国が瓦解がかいした後、新たに勃興ぼっこうした文明を邪神崇拝者達が乗っ取り、今に至ると云う訳』


 宮森の専門は伝承学だ。

 彼は溢れる好奇心を抑え切れないようである。





 泡と水の狂漕曲 結び その一 了

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