泡沫の記憶 その八
一九一九年一一月 上鳥居 維婁馬の幻夢界
◇
〈幻魔アスジロウ〉が必殺技名を叫ぶ。
『コークスクリューブロー‼』
通常の
まさに精神世界ならではの技と云った所。
顔面と胸部にまともに食らってしまい、派手に吹き飛ぶ澄。
その瞬間を待っていた者がいる。
〈幻魔アスジロウ〉が
宮森は穴から抜け出るや否やウィンチェスターM1912標準
〈幻魔アスジロウ〉が目玉光線を放ち、宮森の身体を貫いたからである。
振り返りもせずに勝ち誇る〈幻魔アスジロウ〉。
『なーーーはっはっはっは!
オイラは身体全体に眼球を備えておるのだぞ。
背後が見えない筈はなかろうが。
それともナニか、お前さんはメクラなのか?』
〈幻魔アスジロウ〉は澄が完全にのびていると断定し、そのまま宮森の方へ大きく跳躍する。
〈幻魔アスジロウ〉は
一方 宮森は腹と右腿を眼玉光線で撃ち抜かれており、その場から素早く退避できないようである。
『逃げてもムダムダ。
よーし、微調整完了。
くらえ必殺、サンダーーーッ、ボルトーーーーーーー!』
〈幻魔アスジロウ〉は、その名の通り落雷の如き加速で宮森を直上から襲う。
宮森の頭部に直撃し、彼の
〈幻魔アスジロウ〉は宮森に拳を浴びせるどころか、統制を失い
当惑した〈幻魔アスジロウ〉の言葉には、例の単語が混じる。
『ナンなのだ……ヰェルクェニッキ…………カラダが……ヰェルクェニッキ……動か。
ない……アイツ、ヰェルクェニッキ……がナニかした。
のか……ヰェルクェニッキ』
〈ミ゠ゴ〉に精神支配される寸前の〈幻魔アスジロウ〉へ、右眼を黄土色に輝かせた宮森が勝利宣言を告げる。
「ふう、〈ミ゠ゴ〉の精神侵食で何とかなったか……。
散弾銃でお前に浴びせたのは、弾丸にあって弾丸にあらず。
精神侵食弾とでも云おうか、そんなもんだよ。
現実では無理な事もここでは出来る」
『オイラが……ヰェルクェニッキ…………負ける……ヰェルクェニッキ……とはな。
オマエ……誰だ?、ヰェルクェニッキ……ナマイキ。
だぞ……ヰェルクェニッキ』
「矢張りお前は自分の知る明日二郎じゃない。
じゃなきゃ、自分が〈ミ゠ゴ〉と融合してるのは知ってる筈だからね。
澄さんの言った通り、幻夢界に顕現した後で維婁馬 君から記憶を読み取っていたと云う事か」
納得した宮森は、澄の身を案じ彼女の許へと向かう。
宮森の手を借り立ち上がった澄は、引き続き宮森の肩を借りて〈幻魔アスジロウ〉の前に立った。
そして、左腕で握っていた三つ叉ジャマダハルを無造作に〈幻魔アスジロウ〉へと突き刺す。
『いだあぁっ……ヰェルクェニッキ…………ナニすんだ……ヰェルクェニッキ……このアマ。
カラダさえ……動けば、ヰェルクェニッキ……オマエなんか。
いぎゃああああああああああぁぁぁ……ヰェルクェニッキ』
澄は無慈悲にも、三つ叉ジャマダハル
その容赦ない行ないに、〈幻魔アスジロウ〉は
ニュルン、とひり出されたその
「な⁈
明日二郎……じゃなかった、今日一郎の顔じゃない。
播衛門 翁の顔だ!」
皺だらけの老顔が幼児の声音で懇願する。
「殺さ……ヰェルクェニッキ…………ないで……ヰェルクェニッキ……あの。
場所……に戻、ヰェルクェニッキ……るのは。
いやだ……ヰェルクェニッキ」
「いいえ。
戻って貰う、何度でも……」
澄は三つ叉ジャマダハルを父の顔に突き刺し、もう見たくないとばかりに回転させた。
「あががががが……ヰェルクェニッキ…………死ぬ……ヰェルクェニッキ……あばばばばば。
今に見て……、ヰェルクェニッキ……ろよ。
あだだだだだ……ヰェル! クェ……ニッ……キ」
顔部を潰された〈幻魔アスジロウ〉が活動を停止すると、その死骸は泡となって弾け飛ぶ。
一旦弾け飛んだ泡は再度寄り集まり、蒼い少年へと変化した。
澄は宮森に支えられ乍らも、少年を抱きしめる。
「良かった。
戻って来てくれて。
もう……大丈夫だからね」
「母さん、そして宮森さん。
僕達を救ってくれて、ありがとう……」
少年の感謝に応え、問い掛ける宮森。
「どういたしまして。
維婁馬 君……なんだよね?
教えてくれ、さっきの幻魔は自分の事を知らないようだった。
恐らく定着したばかりで、君から記憶を充分に読み取っていなかった所為だろう。
自分の知っている明日二郎は、見た目はともかく邪悪さは感じられなかったんだけど……」
「維婁馬でいい。
明日二郎に関しては貴方の推察通りだ。
僕は自身の幻魔を、御霊分けの術法で生まれたもう一つの人格、今日一郎に
当然、その際は都合のいい記憶と感情を与えてね」
「幻魔に都合のいい記憶と感情を与える……。
そんな事が出来るのかい?」
「実は上鳥居 家が信奉している邪神は感情が非常に希薄で、ほぼ無感情と言っていい。
邪悪だの聖善だのと云う事柄には
感情のない邪神、と聞いて宮森は興味津々である。
「それで君は明日二郎を
で、その明日二郎を今日一郎に
「正解。
定着が進むと、旧神の呪いが身体を蝕み命が危うくなる。
今日一郎は主に、僕の聖善な部分を切り離した存在だ。
邪霊に侵される心配がないので、普段はその態勢で過ごしている」
「そうか。
例えばだけど、今日一郎が消滅したら君はどうなる?」
宮森の問いに、只でさえ蒼い顔を更に青くした維婁馬。
「力を制御出来なくなり、ゆくゆくは自滅するだろうね。
良くて廃人だ……」
「君の力が制御不能になるなどと考えたくもないね。
澄さんが言っていたが、幻魔の姿が段々と大きくなっているらしい。
まあ、発作が起こっても今回のように自分が精神侵食で食い止めればいいのかも知れないけど……」
「油断は禁物だが、今はそれしか手段がない。
宮森さん、改めて力を借りる」
何か思いついたのか、宮森の表情が緩む。
「ん?
と云いう事はだぞ、明日二郎にはまた会えるのか?」
「会える……が、それは以前の明日二郎ではない。
僕が記憶と感情を与えた結果そう感じられると云うだけだ」
「いいさ。
仕方ない事だからね。
それにしても、今日一郎と君に弟はいなかったと云う訳か。
今まで一緒に過ごしてきた分、少し淋しい気もするな」
宮森が比星
「ごめんなさいね……。
わたしの所為で、坊やの弟は……」
「それは違う。
母さんの所為じゃない。
なるべくしてなった事なんだ。
自分を責めるのはやめてくれ」
「維婁馬、澄さんはいったい何の事を言ってるんだい?
君に弟はいないんじゃ……」
宮森の問いに、澄は泣き崩れ維婁馬は顔を曇らせる。
維婁馬が告白した。
「そう、いない。
今はね……」
「なんだってー!
済まない。
つい取り乱してしまった……。
まさか弟がいたのか?
いたんだな!」
◇
泡沫の記憶 その八 了
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