泡沫の記憶 その七

 一九一九年一一月 上鳥居 維婁馬の幻夢界





 今日一郎 誕生の場面を宮森 達が見届けると、泡が弾け周囲の空間が暗転した。

 暗転した空間は徐々に光に包まれ、支子色の空と鈍色の土に変換される。


 宮森と澄の正面に鎮座ちんざしているのは、灰色の磐座。

 支石墓ドルメンだった。


 その支石墓ドルメンに腰掛けているのは、白面はくめんの少年。


 少年が拍手し、ふたりへ向け口を開く。


の物語はどうだったかな?

 お気に召して頂けたのならこれ幸い」


「君は、今日一郎なのか?」


 宮森の問い掛けに、少年の表情は歓喜と苦悶で目まぐるしく変化する。


「僕は、今日一郎?

 ぼくは、維婁馬?

 それともボク、は、ああああああああああああぁぁぁぁぁ‼」


 表情だけではなく顔色までも白と蒼に明滅し始め、少年の頸から下が急速に膨張し始める。


 少年の様子で後の展開を察した澄が宮森へと警告した。


「宮森さん、直ぐに武器を準備して下さい。

 幻魔が来ます!」


「え⁈

 あっ、はい!」


 宮森はコルトM1911二丁を、澄は西洋風直剣グラディウス円盾バックラーを生成し終えた所で泡が弾けた。


 少年の身体の膨張は、宮森の見慣れた姿形シルエットへと落ち着く。

 宮森の良く知る化け物、明日二郎の姿だ。


 悲痛な面持おももちの少年は、顔色を白と蒼に明滅させふたりに語り掛ける。


「母さん、また助けに来てくれたんだね。

 それに、宮森さんも……」


「維婁馬 君と今日一郎……なのか?」


「そうだよ……僕は……ぼくは……⁈」


 少年の顔が化け物の体躯に飲み込まれる。


 の顔をその体躯に仕舞い込んだ化け物がふたりに気付いた。


『ンンンンンンッ……マァ~~~~~~イ!

 げぷっ、おぅぅ……。

 ん、オマエたち誰だ?

 オイラはいま食事の余韻を楽しんでおる所なのである。

 邪魔をするな!』


 成人大まで成長した明日二郎が体表側面の触手群をふたりに向け伸長させると、澄の鋭い声が飛ぶ。


「宮森さん、躱して下さい!」


「くそっ、明日二郎じゃないのか?」


 触手の唇状しんじょう先端から細いひもが伸びると、それを鞭のようにしならせふたりに振るう化け物。


 澄は円盾バックラーで身を守りつつ、余裕が有れば西洋風直剣グラディウスで紐を断ち斬って行った。


 宮森は触手紐から離れ明日二郎本体に銃撃を浴びせる。


 痛痒つうようを感じたのか、身体を震わせる明日二郎。

 顔面が収納されているので確かな事は判らない。


 宮森が澄に確認を取る。


「澄さん、こちらの攻撃で維婁馬 君が傷付く事は有りますか?」


「維婁馬に敵意を向けない限りありません。

 あなたが明日二郎と呼ぶ、あの幻魔を倒す事で解放されるのです!」


「では、あの幻魔が自分を見知っていない理由は解りますか?」


「わたしはあの幻魔をこれまでに二度退しりぞけていますが、以前の記憶は持っていないようでした。

 恐らくですが、幻魔として新たに定着するたび、維婁馬から記憶を読み取っていたものかと」


「そうか、だから今日一郎と不通になった時の記憶を持っていなかったのか!」


 澄の御墨付おすみつきを得た宮森は、〈幻魔アスジロウ〉の右側に回り込み射撃を敢行する。

 銃弾は確かに届いているが、〈幻魔アスジロウ〉は元気に触手紐を振り回すのをやめない。


〈幻魔アスジロウ〉は体表全体に植わっている眼球でふたりの動きを把握しているらしく、触手紐を伸長させ宮森を圧倒し始めた。

 多数の触手紐が連携し、うち一本が宮森のコルトM1911を貫き破壊する。


 宮森は間合いを取り応戦するも、銃の威力が低下し効果的な損傷を与えられない。

 そこで宮森はコルトM1911を消し、ウィンチェスターM1912標準タイプを生成した。

 ウィンチェスターM1912は散弾銃なので、大雑把な狙いでも効果を発揮してくれる。


 宮森は霊力を吝嗇けちらず連続射撃スラムファイア

〈幻魔アスジロウ〉の触手はおろか、体表に植わっている眼も幾つか潰す。


 だが全ての散弾が〈幻魔アスジロウ〉に到達している訳ではなく、触手紐によって迎撃された物も在った。

 それらは爆発せず、黒い粉末になって辺りをただよう……。


『ナンダヨ、うざってーな!』


〈幻魔アスジロウ〉がぼやくとその姿が消える。


 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを発動。

〈幻魔アスジロウ〉の行方を追うが……。


「何だ⁈

 思考を高速化しても向こうの動きを捉え切れない!」


 ぎこちない動きの宮森を察し、澄が助言を送る。


「ここは維婁馬の精神内ですから、思考を高速化してもあの幻魔に打ち消されてしまいます。

 霊力の無駄使いになるだけですので解除して下さい!」


 澄の言う通り思考と感覚の高速化クロックアップを解除した宮森は、改めて意識を集中し〈幻魔アスジロウ〉の気配を探した。

 すると、彼の脳裏にこれまで感じた事のない感覚が湧き上がる。


「何だ?

 自分の脳に組み込まれた〈ミ゠ゴ〉が反応しているぞ……。

 それに、奴の居場所と行動が判る。

 上か!」


 今度は宮森から澄に助言を送る。


「澄さん、盾を可能な限り大きくして下さい!」


「解りました!」


 澄は宮森の意図を理解したようで、左腕に構えている円盾バックラーを巨大な長方形盾スクトゥムへと変成させた。


 竈馬のような後脚で空高く跳ね上がっていた〈幻魔アスジロウ〉は、無事だった体表の眼球全てから光線を斉射する。


 宮森は澄の後ろへと移動し、長方形盾スクトゥムの影に入った。

 長方形盾スクトゥムは完全にふたりを覆える大きさの為、眼玉光線をじかに受ける事はない。


 長方形盾スクトゥムで直撃こそ防いでいるが、強烈な衝撃が澄を襲う。

 宮森も後ろから長方形盾スクトゥムを支え耐え凌ぐが、澄の霊力消費も激しいようだ。


 何か考えがあるのか、澄に相談する宮森。


「澄さん、このままではじり貧になりそうです。

 次で決めましょう。

 この後……」


 眼玉光線の一本がふたりを釘付けにしたのを把握すると、〈幻魔アスジロウ〉は着地した途端照射を停止。

 直ぐさま長方形盾スクトゥムへ向け跳ねた。

 今度は上空高くではなく、長方形盾スクトゥムへの鋭い跳躍。

 勿論、触手紐を振り乱しての攻撃付きである。


 眼玉光線でもろくなっていたのか、長方形盾スクトゥムが破壊された。

 だが長方形盾スクトゥムの裏に在ったのはつっかえ棒のみで、ふたりの姿は無い。


 長方形盾スクトゥムを踏みにじった〈幻魔アスジロウ〉は、体表の眼を総動員してふたりを探す。


『あんれ?

 アノ二人いねーじゃねーか……って、どうせ地中に潜ってんでしょ』


 長方形盾スクトゥムの破片が消滅すると、確かに大きな掘削跡があった。

 警戒した〈幻魔アスジロウ〉がその場から跳び退しさると、土埃つちぼこりを撒き散らして地中から澄が跳び出て来る。


 彼女は先程まで西洋風直剣グラディウスを握っていたが、今回のそれはジャマダハルと呼ばれる両刃短剣だった。

 澄の装備するそれは刀身の根元から刃が分かれ三つまたになっており、しかも刀身部分が回転している。


[註*ジャマダハル=握りが刀身に対して垂直に付けられており、そこから幅広い両刃が生える奇異な形状が特徴。

 別名『カタール』とも呼ばれるが、誤用が定着してしまったものである]


 澄はそのジャマダハルで地中を掘り進み、〈幻魔アスジロウ〉に奇襲を仕掛けたのだ。


 奇襲を余裕で躱した〈幻魔アスジロウ〉が悪態をつく。


『けっ、物質界じゃねーからって好き放題しやがって。

 オイラの本気、見せてやらー!』


〈幻魔アスジロウ〉は霊力を用いて拳闘手袋ボクシンググローブを生成し、体表前面に備わった三対さんつい胸脚きょうきゃくすべてに装備した。

 そして澄へと急接近。

 拳での接近戦インファイトに持ち込む。


『ワンツー!

 ン、シュシュッ、シュッ!

 ボディボディボディボディ……アッパーカッ!』


〈幻魔アスジロウ〉は軽打ジャブからの突打ストレートに始まり、鉤打フック上打アッパーも織り交ぜた豊富な連携コンビネーションで澄を追い詰めて行く。

 一方の澄も三つ叉ジャマダハルを器用に使い対処するが、文字通り手数が違い過ぎた。


〈幻魔アスジロウ〉は上段胸脚で短上打ショートアッパーを放ち、三つ叉ジャマダハルの防御ブロックをかち上げる。

 澄が硬直したすきに左半身を大きく引いた〈幻魔アスジロウ〉は、中段と下段の左拳で必殺の一撃を放った。





 泡沫の記憶 その七 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る