泡沫の記憶 その二

 一九一九年一一月 上鳥居 維婁馬の幻夢界





 ふたりが辿り着いた磐座は地面から一メートル程の高さに平石部が位置し、それを石柱で支えた支石墓しせきぼ(ドルメン)だった。


 支石墓ドルメンに澄が触れると、虹色の球体が多数出現する。


 宮森は驚きつつも、目前の場景に既視感きしかんを覚えた。


⦅こ、この光景は……。

 去年帝居地下で行なわれた儀式の時、自分の頭に流れ込んで来た光景!⦆


 隻眼せきがんを見開く宮森を見て、澄が口を開いた。


「矢張りお知りなのですね。

 この虹色の球体こそが、比星 家……。

 いえ、上鳥居 一族の崇拝して来た邪神の顕現けんげんです。

 そして邪神と契約したわたし共には、過去の記憶が植え付けられます」


「この景色は外吮山の?」


「そうだとも、そうではないともいえます。

 この場景は上鳥居 一族に刻まれた呪いであり、重ね続けた罪。

 恥を曝すようで気乗りしないのですが、息子の命を救って頂く以上、観て貰わなければなりません……」


 澄が再び支石墓ドルメンに触れると、虹色の球体表面に様々な模様が映し出された。

 その中の一つが大きく膨らみ、徐々に色調を整えたそれはブラウン管受像機ディスプレイの如く光景を映し出す。



 一景目いっけいめ――。



 長衣ローブを着た神官らしき男が環状列石ストーンサークルに祈りを捧げている場面だ。

 神官らしき男は顔の彫りが深く、西洋人である事が知れる。


 宮森が質問した。


「澄さん、この光景は日本ではありませんね?

 自分の知る限りですと、古代ヨーロッパ、英国辺りの環状列石のように感じますが……」


「はい。

 昔の異国でございましょう。

 この国の磐座も異国の石組いしぐみも、結局でどころは一緒なのです。

 その環状列石ですか、それも外吮山頂上にあります」


「え?

 この前行った時には小屋だけで、他は見当たりませんでしたが……」


「普段は次元牢じげんろうに隠されているのです。

 重要な儀式の時のみ、父が出しておりました。

 そして上鳥居の祖先達は、邪神の力を借りてその勢力を拡大して行ったのです」


 宮森は重井沢おもいさわの老人から聞いた話を思い出し澄に尋ねる。


「重井沢に行った時、佐藤さとう 久蔵きゅうぞうさんと云うご老人から比星 家の話を聞きました。

 久蔵さんの話では、宝栄ほうえい大噴火の後、比星 家が重井沢に来たと……」


「そうです。

 上鳥居 一族はその力を拡大させたいが為、本拠地である群馬で大々的に儀式を行ないました。

 その影響で富士山が噴火し、この国に甚大じんだいな被害を及ぼしたのです。

 しかし上鳥居 一族はそれでは飽き足らず、分家を重井沢につかわし更なる邪神崇拝を行ないました」


「なるほど。

 その分家が比星 家で、外吮山頂上で儀式を行い典明てんめい大噴火が起こったと……」


「はい。

 最初から邪神崇拝目的の為の移住でした」


 ふたりの会話中、二つ目の泡が膨らみ別の光景を映し始める。



 二景目――。



 そこには、環状列石ストーンサークル中心に据えられた支石墓ドルメンに若い女性が縛り付けられていた。


 その女性を長衣ローブを着た神官達が取り囲み、禁断の言霊ことだまを唱える。

 女声に短刀ナイフが突き立てられ心臓がえぐり出されると、邪神カミの顕現である虹色の球体が出現した。


 宮森は言いにくそうに顔を歪めたが、好奇心に負けたのか澄に決定的な問いを放つ。


「これも異国の光景、人身御供ひとみごくうの儀式ですね。

 今日一郎 君から聞いたのです。

 澄さんが邪神と交わったと。

 その所為でこの世に生を受けたのが、今日一郎 君達だったと。

 それは……本当なのですか?」


「ある意味ではそうなるでしょう。

 ですが、封印されている邪神が人間と子をなすなど有り得ません……」


 宮森の言葉で傷付いたのか、顔を伏せる澄。


 納得のいかない宮森を余所よそに、三つ目の泡が映像を映し出す。



 三景目――。



 その映像は、宮森の自室に今日一郎の思念が初めておとずれた時のものだった。


 以前は途切れ途切れだった場景が、今は鮮明に宮森の視覚野へと跳び込む。



 ――暗雲が垂れ込める丘の頂。


 ――石柱が円環を成して並んでいる。


 ――巻物を手にして祝詞のりとを読み上げるおきな


 ――雷鳴がとどろき、山全体が鳴動する。


 ――円環の中心に虹色の球体があらわれる。


 ――肌も髪も真っ白な女性。


 ――宮司の面影が認められる。



 ここで泡が割れてしまい、映像が一旦途切れた。


 目を伏せた澄に確認する宮森。


「この翁は播衛門さんで、女性の方は澄さんですね?」


 澄は答えず、四つ目の泡が映像を映し出した。



 四景目――。



 今度の映像は場所が違う。

 内装と置かれている物から推測するに、農作業小屋のようだ。


 そこにいた男女ひと組は、脇目も振らず互いをむさぼっている。

 女は男を『なおの兄様あにさま』と呼び、男は女を『あいば』と呼んだ。


 目のやり場に困った宮森は、戦々恐々とした心持ちで確認を取る。


「この男女は、播衛門さんと貴方の母御ははごである紗依さえさんですね?」


「……はい。

 父の本名は『なお』といい、母の本名は『姶葉あいば』といいます」


「では、姶葉さんの言った兄様と云う言い方についておきします。

 御両親はまさか、血を分けた実の兄妹では?」


「そうです。

 父と母は、両親を同じくする……兄妹です」


 忌み嫌っていた出生だったのだろう。

 澄の目には嫌悪と憎悪が宿っていた。


 宮森が推測を展開する。


「久蔵さんから訊き出した話なのですが、比星 家でお産があった際、よく薬売りが来ていたらしいですね。

 もしや比星 家は産まれた赤子を死産と偽り、薬売りの手を借りて別の里に移していたのですか?

 そして別の里で養育し、妙齢みょうれいになった時分じぶんに重井沢の比星 家へ嫁がせる……」


「ええ。

 その薬売りは上鳥居 一族本家の者です。

 母は生まれて直ぐ、本家の息の掛かった家に引き取られたようですね」


「なるほど。

 そのようなやり方で近親婚を繰り返し、邪神との繋がりを深めて行ったわけか……。

 それでは、澄さんや今日一郎 君にも本名が?」


「私の本名は『りん』で、息子の本名は『維婁馬』です……」


「なるほど。

 では、明日二郎 君の本名は何と云うのですか?」


「あす、じろう?

 宮森さん、仰っている事が解りませんが……」


 宮森の中で疑念が急膨張したが、明日二郎の言葉を思い出すとそれもしぼんだ。


「ああ。

 明日二郎 君が言ってましたよ。

 オカアチャンはオイラのコト認識できないから、と……」


 澄は顔を曇らせ、急に宮森の手を握る。

 慌てふためく宮森に構わず、澄は意識を集中した。


「澄さん、な、何を……」


「記憶を読ませて頂きます」


 精神世界とは云え、女性に迫られた宮森がまごつくのも無理はない。

 但しその結果は、宮森の予想を遥かに上回っていた。


 宮森の記憶から明日二郎の姿を引き当てた澄は、嫌悪をみなぎらせつぶやく。


「この化け物……。

 維婁馬を取り込もうとする、幻魔!」





 泡沫の記憶 その二 了

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