第二節 泡沫の記憶

泡沫の記憶 その一

 一九一九年一一月 上鳥居かみとりい 維婁馬いるま幻夢界げんむかい





 意識を取り戻した宮森の目に飛び込んで来たのは、支子色くちなしいろの空だった。

 彼が足元を見ると、そこには鈍色にびいろの土。


 それらの色褪いろあせた色彩は、この世の終わりを感じさせるかのようにはかない。


 いつの間にか、宮森の隣に澄が居た。


 澄の着用している白茶色しらちゃいろつむぎも、この特異な空間に似合っている。


 澄が宮森に語り掛けた。


「宮森さん、ここが息子の精神世界になります。

 いつ化け物が襲って来るか判りませんので、対処法を手早く教えます」


「お、お願いします……」


「宮森さんは魔術戦闘の経験がおありのようですので、直ぐに慣れるかと思います。

 先ずは、意識を集中して武器を思い描いて下さい。

 普段使い慣れた物で結構です……」


 澄が手本を見せてくれるようだ。


 澄が目をつぶり息を吸ったかと思うと、彼女の右手にはやや幅広で短めの西洋風直剣が、左手には円形の盾が現れる。

 短剣は一般にグラディウスと呼ばれる物で、円形の盾はバックラーだ。


 今度は西洋風直剣グラディウス円盾バックラーを消して見せる澄。


「な、何と云うか、凄いですね……」


 言葉を詰まらせた宮森だったが、取りえず言われた通りにやってみた。

 すると、宮森の手にコルトM1911が現れる。


「ほ、ホントに出た!

 でも、撃てるのかな……」


 宮森が試射に臨もうとすると澄が制する。


「その武器は出現させているだけでも霊力を消費しているのです。

 霊力を温存する意味でも、発射は止めた方が良いでしょう

 では、その銃を一旦消してみて下さい。

 消えろ、と念じれば消える筈です」


「今度は消すんですね。

 わ、解りました……」


 宮森が念じると立ち所にコルトM1911が消え、それを見た澄が解説を続ける。


「この世界独自の法則をお教えしますので、良く聞いておいて下さい。

 この世界に跋扈ばっこする化け物の事を、幻魔げんまと呼びます。

 それらに対し霊力で武器を生成して対抗する事が出来ますが、銃などの複雑な機構を持った武器は霊力消費が大きいと思われます。

 宮森さん、刀や槍と云った武器の心得こころえはありますか?」


「い、いえ……。

 自分はやっとう(剣術)の方はからっきしでして、真剣を握った事も有りませんよ」


「解りました。

 銃の方が慣れていらっしゃるようですので、そちらでお願いします。

 なお、弾薬補給の必要はありませんが、弾薬生成にも霊力を消費します。

 極力無駄弾を撃たないよう、お気を付け下さい。

 それから、現実世界で使っていた魔術なども基本的には使えます。

 他に質問がございましたら、目的地までの道行きがてらお答えしますので……」


 澄が鈍色の土を踏みしめる中、どこか意を決した表情で語り掛ける宮森。


「澄さん。

 自分たちの会話は、外の人にも聞こえるのでしょうか?

 あ、魔術を使って読み取る事が出来るのか? と云う意味です」


「そうですね……。

 通常の方法では出来ないと思って頂いて構いません。

 わたし共の会話を聞きたければ、わたし共と同じように息子の精神に入らなければならないと思います。

 もし侵入者がいた場合はわたしが判りますので、それほど心配なさらなくとも良いかと」


「例えば、外法衆正隊員並みの魔術師だったらどうでしょうか?」


「外部からの傍受ぼうじゅを可能とする術者がいたとして、少なくともわたしは知りません。

 例外としては、この精神の持ち主である息子です。

 ここにいる限り、息子にはわたし共の会話が全て届きます」


 薄靄うすもやかすむ周囲を警戒し乍ら、神妙な面持おももちで澄に打ち明ける宮森。


「自分と息子さんである今日一郎 君は、実は以前から知り合っています……」


外吮山そとすやまで、父の播衛門から聞きました。

 何でも、去年からの付き合いだとか」


「知っておられたのですか⁉

 播衛門さんが話したとすると……出処でどころ鳴戸寺なるとでらか……」


「その方の名前までは存じませんでした。

 父は〈食屍鬼グール〉になり果て、人間としての自我や記憶も失っていたと聞いています。

 その父が自我と記憶を取り戻したのも、その方の仕業しわざかも知れませんね」


 比星 家の斎服さいふくと同じ灰色の空間を歩く宮森は、比星 兄弟について尋ねる。


「澄さんは双子を出産されたとの事ですが……」


「危ない!」


 辺りの薄靄が急に晴れたかと思うと、澄は宮森をその場から突き飛ばした。


 薄靄の彼方かなたから何かが飛来する。

 その何かは、澄の左手に出現した円盾バックラーで辛くも防がれた。


 宮森が飛来物を手に取り素早く検分する。


「槍だ……」


 早速幻魔の攻撃にさらされたふたりは、意識を集中して武器を生成する。


 宮森はコルトM1911を生成。

 襲撃者をとらえた。

 その襲撃者は、爪先立ちで飛び跳ねるように移動する。


「〈食屍鬼グール〉!」


 宮森が発砲して〈食屍鬼グール〉の頭を吹き飛ばすと、澄は西洋風直剣グラディウスを構え宮森と背中合わせになった。


「宮森さん、背中はわたしがお守りします!」


 澄の心強い言葉の後、どこから湧いて出たのか十数体の〈食屍鬼グール〉共が襲い掛かって来た。


 澄が前方に跳び出そうと構えた所で、彼女の服装が変化する。


 白茶色の地味な紬は、すそそでが短くなり撫子色なでしこいろへ。

 根岸色ねぎしいろ半幅帯はんはばおびも象牙色へと変化した。


 戦装束いくさしょうぞくに変化した紬が素早く駆け抜けると、跳躍中だった〈食屍鬼グール〉の腹から臓物があふれ出る。


 一体をほふった後も、円盾バックラーで〈食屍鬼グール〉の鉤爪かぎづめをいなし西洋風直剣グラディウスを突き立てて行く澄。

 その身のこなしは、完全に〈食屍鬼グール〉の俊敏さを凌駕りょうがしていた。


 正確無比な射撃で確実に〈食屍鬼グール〉を仕留めて行く宮森。

 小柄な女性とは思えぬ力強い体捌たいさばきで〈食屍鬼グール〉を始末して行く澄。


 そのふたりの前に、十数体の〈食屍鬼グール〉はまたたに鈍色の土と接吻せっぷんする。

 すると、息の根が止まった個体から霧散むさんし始めた。


 いつの間にか深川鼠色ふかがわねずいろの石畳の上に立っていた宮森は、彩色カラーリングが変更された澄の着物を眺め興奮冷めやらぬ声音こわねで問う。


「澄さんは、随分ずいぶんとこの世界での戦闘に慣れていらっしゃるようですね……」


「はい。

 現実世界で虚弱な分、ここでは自由がくのです。

 服の色も道具も自在ですしね」


 現実世界では考えられないほど明るい笑顔を見せる澄に若干じゃっかん気圧けおされたのか、宮森の〈ミ゠ゴ〉顔は引きっていた。


 宮森はコルトM1911を消し、澄と会話を続ける。


「これは、死んだのですか……」


「死んだ、というより、邪念が魔空界まくうかい(一次元)に強制送還された、といった方が正しいですね」


「なるほど。

 では澄さん、今日一郎 君の精神はいつもこんな風に〈食屍鬼グール〉が跋扈しているのですか?」


「大抵いますが、それでも二、三匹です。

 ここまでの数はまれですね。

 この状態はまるで、三年前の……」


 ふたりの会話をさえぎるように石畳の向こうに姿を見せたのは、灰色の磐座いわくらであった――。





 泡沫の記憶 その一 了

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