ブルーブラッド その二

 一九一九年一一月 帝居地下 治療施設





 宮森が頼子から説明を受けている頃、控室ひかえしつでは瑠璃家宮が澄の説得に当たっていた。


「澄 殿、もう猶予ゆうよは無い。

 宮司殿の症状が薬では抑え切れんのだ。

 このままでは其方そなたの息子は死んでしまう。

 何卒なにとぞやってみてはくれまいか?」


「……もし息子が死ぬというのであれば、それは天命でありましょう。

 むしろ、これまでが天命に逆らって来たのです。

 今も息子の治療薬を開発する為に、世界中で多くの方々が疫病で苦しまれているのでしょう?

 それも、あなた方によって蔓延させられた人為的な疫病で……」


「それは否定しない。

 しかし、澄 殿も息子の寛解かんかいを望んだはず

 これまでの努力を無駄にしない為にも……」


「わたしの所為せいにしないで下さい!

 貴方方は息子が病にかかっていようがいまいが、関係なく疫病を蔓延させていたのでしょう?

 もう嫌なのです!

 人が死ぬのは、嫌なのです……」


 澄をにらみ付けた多野 教授が嫌味で返した。


「殿下の頼みを断るとは無礼この上ない。

 今まで貴方方親子を養って来たのは我々なのですぞ!

 それに、播衛門ばんえもん殿を名乗る〈白髪の食屍鬼グール〉の御蔭おかげで我々は大損害をこうむった。

 重井沢おもいさわへの遠征もしかり。

 播衛門 殿が生前結んだ不可侵条約もそちらの協力が条件の筈。

 協力できないとあらば、貴方方親子を生かしておく理由は無くなるな」


「……お好きになさって下さい。

 むしろそうして頂けると助かります。

 死する事でわたし達親子はくびきから解放され、後の務めは本家が引き継ぐでしょう。

 そちらは間違いなく、大昇帝たいしょうてい 派に滅ぼされるでしょうね……」


「何だと!

 こ奴め、我々を脅すもりですぞ!」


 激昂げきこうする多野に対し、瑠璃家宮は鷹揚おうような態度を崩さない。


「澄 殿の気持ちは解った。

 確かに、利用されるだけと云うのはしゃくさわるだろう。

 であるから、今回は交換条件と行こうではないか」


「……交換条件?

 息子の命が危ういのに、それ以上の対価があるとでも仰るのですか?」


 表情には出さないが、多野と益男が心中で北叟笑ほくそえむ。

 むちがしなった後は、あめの出番だ。


 瑠璃家宮が続ける。


「澄殿のもうひとりの息子……。

 蘇らせる事が出来るやも知れん」


「何ですって……」


「驚くのも無理はない。

 だがこちらも、魔術と科学を融合させる研究には時とカネをいているのだよ。

 大昇帝 派とて似たような事をしている筈だ。

 もし研究が軌道に乗れば、澄 殿のもうひとりの息子をいの一番に蘇らせようではないか。

 どうだね澄 殿、悪い話ではあるまい?」


「息子の病気ひとつ治せないのに死んだ人間を蘇らせるなどと、にわかには信じられません……」


 疑って掛かる澄に駄目押しする瑠璃家宮。


「澄 殿も、外吮山での闘いや先日の外法衆による帝居襲撃の模様はたであろう。

 人間の肉体を造る事自体は出来るのだ。

 後は、精神こころを宿すだけの段階に来ている。

 澄 殿は、もうひとりの息子に対し思う所は無いのか?」


「う、うぅ……」


 瑠璃家宮の言葉の後、澄は声を失いすすり泣いた――。





 一九一九年一一月 帝居地下 集中治療室





 澄の協力のもと、患者精神への侵入作戦が決行される運びとなった。


 瑠璃家宮が、宮森を幹部にした真の理由を遂に打ち明ける。


「我々は神々の肉体をこの次元に生成する為、綾をて汀を造った。

 ただ定量以上の邪霊を定着させその力を用いると、必ず肉体的な揺り戻しが有る。

 余の石化がいい例だ。

 その揺り戻しが今、宮司殿の身に起こっている。

 宮森よ、其方は実に特別な霊的資質の持ち主でな。

 その揺り戻しを軽減、ないし消失させる能力を持つ。

 持衰じさい、と云うのだがな。

 其方にも覚えがあろう」


「持衰?

 自分が聞き知っているのは、航海の無事を祈る為に乗船する特別な役職の事ですが……」


 宮森自身は持衰の真なる役割をとっくに知悉ちしつしているが、瑠璃家宮の前なので知らぬていを通す。


「一般民衆に真実を知らせぬよう、学問上はそうなっているのだ。

 で、その力を綾や汀の為に使って貰おうと思い、其方を幹部に抜擢ばってきしたのである。

 何でも、強制された場合は持衰の力が発動せぬようなのでな」


「そう、だったのですか……。

 自分は何も知らず、今まで……」


「いま綾と汀の状態は安定していてな。

 其方の持衰能力は必要ないと判断した次第。

 折りが好いのか悪いのか、宮司殿に揺り戻しが来てしまった」


「そこで殿下は、自分の持衰能力を宮司殿に使えと仰るのですね?」


「其方は飲み込みが早いので助かる。

 やってくれるか?」


「殿下の御諚ごじょうを賜るなど恐悦至極。

 仰せのままに」


 宮森の協力が決まり、一同は早速準備に入った。


 澄から簡潔な説明がなされる。


「宮森さん、協力を申し出て頂きありがとうございます。

 息子の精神に侵入するには、一度眠って頂かなくてはなりません。

 その際はわたしが思念で誘導を掛けますので、抵抗なさらないようお願いします」


「承知しました。

 他に注意点は有りますか?」


 澄は一旦いったん言いよどむが、思い切って言明げんめいする。


「信じられないかも知れませんが、人間の精神世界には化け物がうろついています。

 その化け物は、わたし達のような侵入者に攻撃を仕掛けて来るのです」


「ば、化け物がいて攻撃して来るのですか?」


「はい。

 もし宮森さんが化け物に攻撃され損傷が大きい場合、あなたの精神は廃人同様になってしまう恐れがあります。

 わたしが可能な限りお守りする積もりですが、保証は出来ません……」


「何となくですが解りました。

 しかし心配には及びませんよ。

 自分の姿を見たら化け物も逃げるでしょうから」


 そう言い放った宮森は、めていた手袋と被っていた護謨覆面ゴムマスクを脱ぐ。

 そこには、〈ミ゠ゴ〉の柔組織じゅうそしきが複雑に入り組んだはだえが見て取れた。


 宮森の痛々しい姿を見て、途端とたんに心苦しくなる澄。

 彼女は、宮森が播衛門から何をされたのか知っている。


 比星 家秘蔵の魔導書である〈死霊秘法ネクロノミコン〉を据え付けらインストールされ、息子を救う為とは云え命懸けの協力をさせられている宮森の事を思うと、澄は胸が締め付けられる思いだった。


 そうこうしているうちに、車輪付き簡易寝台ストレッチャー二台が室内に運び入れられる。


 肝心の患者は鉄の肺に入っていて動かせない。

 その為、車輪付き簡易寝台ストレッチャーを二台用意し澄と宮森を寝かせるのだ。


 澄と宮森が車輪付き簡易寝台ストレッチャーに座ると、頼子が睡眠薬と水を持って来る。


「御ふたりにはこれを服用して頂きます。

 非常に効き目の強い睡眠薬ですので、直ぐに眠気が襲って来る筈です。

 宮森さんは〈ミ゠ゴ〉の関係もあり、副作用の推測が出来ません。

 了承願います」


 ふたりは首肯しゅこうした後、バルビツール酸系睡眠薬を服用した。


[註*バルビツール酸系睡眠薬=非常に強い効果がある睡眠薬。

 脳全体の機能を落とす事で倒れ込むように眠りに落ちるため、エンターテインメント作品でよく見られる。

 即効果が出るものの、耐性が早く出来る、依存性が高い、大量に服用すると死亡するなど、副作用も強烈]


 澄が直ぐにフラついて来たので頼子が支える。

 一方、宮森には中々効果が表れない……。


「〈ミ゠ゴ〉が抵抗している所為なのか、効き目が弱いようです。

 何方どなたか、最大量を処方して下さい」


 宮森の申告の後、医師が量を調整し睡眠薬を渡した。


 澄がひと足先に眠りの世界へと旅立った頃、宮森にもようやく御誘いが来る。


 宮森が横になり目をつぶると、澄の魂魄こんぱくを感じた――。





 ブルーブラッド その二 了

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