第八節 星辰(ほし)に願いを 結び
星辰(ほし)に願いを 結び
一九一九年一〇月 帝居地下 神殿外郭部 管制室
◇
宮森が取り仕切った電磁波照射装置試験から数日後。
瑠璃家宮、多野 教授、益男は、神殿外郭部の管制室に集まっていた。
窓外では〈
いつまでも〈
記事内容は以下の通り。
■『一〇月七日未明、東京市芝区芝公園で、立法政友会本部建屋が火災の末焼失。
死人・怪我人は皆無なるも、歴代総理・各大臣の肖像画七点、調度品などが焼失。
勇敢なる使用人兄弟が燃え盛る建屋に突入。
消防局は放火と断定し捜査する模様。
犯人は労働団体絡みの可能性高し。
他国
[註*
試験結果は宮森から聞いている筈の瑠璃家宮だったが、いま一度 益男に首尾を問う。
「益男、宮森の様子はどうであった?」
「はい。
途中までは冷静に事を運んでおられました。
ですが、建屋内に売春婦達が居るのを確かめた途端、人命最優先に切り替えられた様子」
多野が会話に割り込んだ。
「ふむ……。
非情になり切れんとなると、目ぼしい邪霊は定着しておらんか。
殿下、宮森の
もっと刺激が必要なのかも知れませんな」
ここで益男が口を挟む。
「大川 幹事長達を追跡しました所、実に面白い事実が判明しました。
売春婦達の中に帝劇の看板女優がいたのですが、どうやら宮森さんと知り合いらしいのです」
瑠璃家宮が興味深げに尋ねた。
「ほう、名は何と云う?」
「寅井 ふじ です。
静岡の出身で実家は材木問屋。
成り金と云う程ではありませんが、帝都圏の工業化で
そのカネで、ふじ の帝都劇場付属
「で、卒業したはいいが役者の仕事は無く、実家に
そこに付け込まれて……劇場支配人達の食い物にされたか。
それがどう宮森と繋がる?」
「宮森さんは入会以前、帝劇に足を運んでいたようです。
そこで他愛もないいざこざがあり、それが切っ掛けで知り合ったと……」
「恋仲だったのか?」
「いえ。
そこまでは進展していないと思われます。
劇場外で連れ立った所を目撃されたなどの情報は今のところ有りませんし、宮森さんが入会された後は、今年の七月に公演を観に行かれたぐらいです。
……ただ、七月公演時点で ふじ は看板女優にまで昇り詰めていましたが、その時に宮森さんと会見しています」
安堵と焦燥が入り混じった複雑な表情で続ける瑠璃家宮。
「知り合い程度の付き合いか。
それとも宮森の方が一方的に
益男、その ふじ と云う娘を継続的に見張れ。
宮森に対する手駒として確保しておきたい」
「
「なるほど。
その娘が宮森を引き留めていると御考えで」
「まあ、可能性の話ではあるがな。
もし宮森が彼であるなら、一刻も早く覚醒して貰わねばならん。
今回の勝負に勝つ為にもな……」
「ええ。
もし本当にそうであれば勝てますとも。
して殿下、
瑠璃家宮は喜面から一変、
「契約した以上、宮森を貸し出す他あるまい。
確かに悩ましい問題ではあるが、綾と汀は思ったより安定している。
この分だと、持衰である宮森の助けは最小限で済むかも知れん。
そうなれば、逆に心配なのは宮森と宮司殿の方。
多野 教授、何か良い案はないものか」
多野は
「維婁馬 殿の精神に、宮森を潜らせて見てはいかがでしょうか?」
「一か八かの賭けになるぞ。
最悪、宮司殿と宮森の両方が使い物にならなくなるやも知れん」
「ええ。
ですが宮森があの方であった場合は覚醒を促せますし、どのみち維婁馬 殿には調整が必要です。
「澄 殿か……。
こちらに協力してくれるとは思えんがな。
それに
「
「外法衆襲撃の際にも、我々に加勢するため維婁馬 殿は無理をした筈。
よって次の発作は間近だ。
上鳥居 本家が
珍しく気落ちした瑠璃家宮を前に、多野が口角を上げた。
「殿下、良い案が浮かびましたぞ。
『澄 殿のもうひとりの御子を蘇らせてやる』と、誘いを掛けるのです。
さすれば、あの澄 殿も折れましょうぞ」
「そのような
「戯言ではありませんぞ殿下。
〘
「馬鹿を言え。
其方も観ておったのであろう。
アレはもう汀の
確かに質の悪い未完成品なら在る。
だが、勾玉状に結晶化されている〈ショゴス〉の劣化は必然。
とてもではないが、
やや呆れ交じりの瑠璃家宮の前で、多野の口角は益々上がる。
「その未完成品で良いのです。
反魂術が失敗した際に発生する呪いは……宮森に被って貰いましょうぞ」
「宮森がそのような事に協力できるとは……。
いや、そう云う事か。
今回は多野 教授に一本取られたな。
ふふふふふっ、はははははっ!」
管制室内で支配者達が
幻想的だが背徳的な〈
微笑ましくも禍々しい〈
互いの尾鰭を追うその姿は、凶事を呼び込まんとする勾玉のように渦巻いていた――。
◇
一九一九年一〇月 東京市
◆
帝居への外法衆襲撃の後、比星 澄は息子である今日一郎と共に過ごしていた。
今日一郎は敷地内の庭を走り回り、子供らしい笑顔を振りまいている。
それを見守る澄も又、母親らしい笑顔で息子と接していた。
「ねえお母さん、蝉の抜け殻が落ちてるよ。
病室に持っていっていい?」
「いいわよ。
坊やは虫が好きなのね。
陽が落ちて来たし、もう戻りましょう」
親子は病室へ戻り、本を読むなりして過ごしていた。
食事を終えると今日一郎の顔色が蒼くなり始めたが、看護婦が薬液を静脈注射すると二〇分も経たず元通りになる。
親子揃っての入浴後は、折り紙などして楽しんだ。
夜も更け今日一郎が眠りに就くと、静かに自室へと戻る澄。
澄の部屋は殺風景そのもの。
唯一目を引くのは、小箱を包んだ風呂敷包みだけである。
澄は
冷たい月光は窓際の
澄は
何の変哲もない
包みをほどくと蓋を外し、広げた風呂敷に中身を並べて行く澄。
――ねんねんころりよ おころりよ
けんぴのように真っ直ぐな柱。
――坊やは良い子だ ねんねしな
かりんとうのように曲がった柱。
――坊やのお
つやぶくさのように穴の開いた柱。
――あの山こえて さとへ行た
きれいに並べても、必ず最後が足りなくなる。
――さとの土産に 何もろた
足りない所は、ぎゅうひのようにぶよぶよとしていた。
――
とてもやわらかくて、ぐにゃぐにゃとしていた。
――
支えていると、あこやのように目玉が飛び出した。
――
支えていると、だいふくのようにほら、桜色の餡が出て来た。
――
終わりのない子守唄。
終わりのないままごと。
並べていたのは、
生菓子はもう、たべてしまったから。
澄は月に手を差し伸べる。
月明かりに照らされた風呂敷包みの上には、
左腕より右腕の方が長い。
小さく、か細い、
月ではなく、月影に掻き消されたモノに
骨。
星だ。
足りない。
星を見ている。
頭骨だけがない。
[註*けんぴ=小麦粉に砂糖と水を加え、棒状にしたものを焼いて作る菓子。
堅干、健肥、犬皮との字が当てられる。
ちなみに芋けんぴとは別物。
やめられない止まらないを地で行くため要警戒]
[註*つやぶくさ=小麦粉の生地を焼き、気泡の見える面を外側にして中に餡子などを包んだ高級菓子。
ふくさ、とも呼ばれる。
スポンジ状に膨らんだ皮が特徴で、モフモフ好きは要警戒]
[註*ぎゅうひ=白玉粉かもち粉に水あめや砂糖を加え練り上げた菓子。
求肥、と字を当て、大福の皮にもよく使われる。
しっとり柔らかもっちり食感の為、モチモチ好きは要警戒]
[註*あこや=餅で作った生地に餡を乗せた高級菓子。
あこや餅、
生地を引き千切った際の形が
生地と餡は形状、色彩ともに様々で、カラフル好きは要警戒]
◇
星辰(ほし)に願いを 結び 了
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