新米幹部の初任務 その三

 一九一九年一〇月六日 東京市芝区 芝公園





「では、作戦を開始しましょう。

 建屋の二階部分に照準を合わせて下さい」


 宮森の指示で、今まで天を向いていた照射管が立法政友会本部建屋二階へと向けられる。

 照射管は蓄音機の喇叭らっぱを巨大にした形状で、世界一大きいチューバで有名な〖ビッグ・カール〗と同程度の開口部だ。


 発電機の稼働開始と同時に、鈴木と佐藤が音響相殺アコースティックキャンセリングを発動。

 発電機から放たれる凄まじい振動と爆音の殆どが打ち消された。


 主任技師から準備完了の報告を受けた宮森が号令を掛ける。


「電磁波の照射を開始して下さい……」


「はっ!

 極超短波、三〇〇メガヘルツから照射開始します」


 照射管から三〇〇メガヘルツの極超短マイクロ波が照射された。


 極超短マイクロ波は直進性と指向性がいちじるしい。

 空気も乾燥している為、目標到達まで何の支障も無い。

 今のところ目標に変化は見られないようである。


 宮森が技官に指示した。


「では、周波数を上昇させて下さい」


「はっ!

 周波数を段階的に上昇させます」


 周波数が徐々に引き上げられ、二四五〇メガヘルツに到達した。

 この周波数は水の固有振動数と同じで、現代では電子レンジに使われている。

『人体の大半も水なので、共振現象を引き起こせる筈』と、技官達は見当を付けていた。


 双眼鏡で建屋を監視していた観測員が報告する。


「標的に動きあり。

 主に女性達が不調や頭痛を訴えているようです」


 肌の露出が多い分、女性達に被害が出ているようだ。


 このままでは女性達の被害ばかりが大きくなると断じた宮森。

 彼女らを守るべく次の指示を出す。


「効果が出始めましたので、これから最終段階に入ります。

 隠蔽工作班には放火を、記録班には写真撮影を準備させて下さい」


 作業員達が速やかに動き準備を完了させ、宮森に連絡する。


「宮森 殿、放火と写真撮影ともに準備完了しました」


「解りました。

 では、周波数を限界まで上昇させて下さい。

 但し一瞬だけですよ。

 繰り返します。

 一瞬だけ周波数を限界まで上昇させた後は、直ぐに照射を停止して下さい。

 写真撮影の際は標的に認識阻害を施す手筈ですので、自分は記録班に同行します。

 後の指揮は山田 主任技師に任せますが、益男さん宜しいですか?」


「はい、承りました」


 私服の記録班と宮森がビルディング一階まで移動し、そのまま待機する。

 その際は記録班に同行した魔術師が認識阻害術式を発動させ、標的やその他の一般人から自分達を隠した。


 ビルディング屋上では、山田が周波数を上げるよう指示する。


「周波数を最大値の九五ギガヘルツまで上昇させよ」


 周波数が九五ギガヘルツまで引き上げられて直ぐ、標的達はその場から逃げ出した。


「何だ⁈

 何が起こっている?」


「い、痛い⁈」


「まさか火事なのか⁈

 今すぐ確認させろ!」


「なんなの⁈

 熱すぎて耐えられない……」


 いったい彼らに何が起こっているのだろうか。

 それは加熱である。


 極超短マイクロ波で人体の水分を急速に加熱されると、灼熱感は当然として痛みも引き起こすのだ。

 九五ギガヘルツでは、瞬時に摂氏四四度まで達する。


 摂氏四四度と聞くとそれほど高温ではないように感じるが、それは大間違いだ。

 摂氏五一度で皮膚表面が熱傷に。

 四四度から五〇度程度でも、長時間に亘れば低温熱傷になる。


 これを体表はおろか体内でもやられるのだ。

 堪ったものではない。

 今回の試験では照射開始から僅か三秒で痛みを覚え、五秒持たずに全員がその場から逃げ出した。


 観測員からの報告で主任技師が照射を停止させると、連絡係が精神感応テレパシーで宮森に伝える。


『宮森 殿、標的達が建屋一階に移動しました。

 もうじき出て来ると思われます』


『了解しました』


 宮森は記録班に指示を出す。


「連絡が有りましたので、標的達が建屋から出て来た所を撮影して下さい」


 指示を受けた撮影係が発光装置フラッシュを準備する。

 この当時はまだボンきと呼ばれる閃光紛せんこうふんが一般で使用されていたが、九頭竜会会員である彼らには、先進技術である閃光電球フラッシュバルブを供与されていた。


[註*閃光紛せんこうふん=使用の際に大きな音が出た事から、ボンきと呼ばれる。

 閃光電球フラッシュバルブが普及するまで活躍した人工光源]


[註*閃光電球フラッシュバルブ=発光器、もしくはフラッシュガンとも呼ばれる。

 金属を燃焼させて光源とする使い捨て式の電球、または撮影用携帯型アンブレラを含めた名称]


 撮影班のひとりが蛇腹式カメラを構えると、発光装置フラッシュ担当と精神感応テレパシーで同調する。

 実は彼らも魔術師で、フラッシュ炊きとシャッター切りの瞬間を合わせようとしているのだ。


 標的達が建屋玄関から脱出して来る。


『今です!』


 宮森の合図でシャッターが切られた。

 当然発光装置フラッシュも炊かれるが、宮森 達が認識阻害術式を発動しているため相手方は気付いていない。


 政治家達に職員、商売女達の顔をフィルムに収める事が出来た。

 作戦は大成功と言っていいだろう。


 連絡班の幾人かが政治家と女達の後を追うと、記録班は写真現像の為ビルディング内へと足早に戻る。


 宮森も装置の撤収を指揮するべく階段を上った。





 撤収作業が進む中、ビルディング屋上から通りを眺める宮森。

 本部建屋周囲では、隠蔽工作係が放火準備に入っている。


 醜悪な人形達と夜の帝都に消えて行く ふじ。

 彼女らを見送った宮森は、ゴールデンハットを取り出し口にくわえる。


 久し振りの屋外喫煙も、彼の心を癒すには程遠い。


 撤収作業に目処めどが付いたと報告が挙がると、宮森は放火の合図を出した。


 日付が回り、炎もまわる。


 通りでは火事に気付いた者が触れ回っていた。

 もうじき消防局が来るだろう。


 電磁波照射装置の試験運転は成功。

 宮森は瑠璃家宮からの指令を果たす事が出来た。

 だが、彼の心のうちには暗いおりが降り積もるばかりである。


 この試験を皮切りにして電磁波兵器の開発は進み、暴動鎮圧兵器アクティブ・ディナイアル・システムという形で現代に結実した。

 暴動鎮圧兵器アクティブ・ディナイアル・システムを保有する国家からの明確な性能開示は無いが、最大出力で照射すると、人体が三秒足らずで発火するとも云われる。


 禁断の技術を手にした人類がどのような結末を辿るのか、今の宮森には判らない。


 ふじ の将来と人類の行方。


 眼下で燃え盛る炎を見詰めていた宮森は地上ほしの行く末を嘆き、煙草の火を震える指で揉み消した――。





 新米幹部の初任務 その三 了

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