新米幹部の初任務 その二

 一九一九年一〇月六日 帝居 歓談室





 秋日の昼下がり。

 帝居の歓談室には、瑠璃家宮と益男が待機していた。

 宮森が入室すると早速作戦会議に入る。


「宮森よ、時間通りだな。

 其方も知っての通り、今作戦の趣旨しゅしは、電磁波照射装置の試運転である。

 目標は立法政友会本部建屋と、そこに在中する者達だ。

 くだんの装置は目標向かいの建物屋上に据え付けてあり、必要人員もそこで待機している。

 後は責任者である其方と立会人兼護衛を務める益男が行くだけだ。

 詳しい手順は現地で説明がなされる。

 日没後、人通りが少なくなるのを見計らい作戦を決行せよ。

 尚、今回用いる電磁波は極超短波きょくちょうたんぱ(マイクロ波)と呼ばれるものでな。

 雨に弱い故、雨天では中止する。

 他に何か質問は?」


「質問を御許し下さい。

 夜間決行との事ですが、遅くまで政治家達が居残っているでしょうか?」


「奴らの予定は手に入れている。

 その日は必ず本部に残る筈だ」


「では、装置が稼働したとして、実験成功はどのように判断なされるのでしょう?」


 瑠璃家宮は口角を上げて答える。


「建屋内部の大多数に異常が見られれば成功となる。

 具体的な例を挙げると、物を取り落としたり、身体に灼熱しゃくねつ感を感じその場から離れるなどだ。

 あの規模の装置でどこまで出来るか試したい」


「承知しました。

 では、工作の隠蔽いんぺいはどうなさる御積もりで……」


 この質問には益男が答えた。


「それは心配いりませんよ宮森さん。

 警視庁消防部には根回ししていますし、偽の放火犯をでっち上げる算段も出来ています。

 若し人死にが出たとしてもご安心下さい。

 替えの利く下っばかりですから」


「解りました。

 では、これより現地に向かいます……」





 一九一九年一〇月六日 東京市芝区しばく 芝公園しばこうえん





 帝都地下に張り巡らされた通路を車で移動し、芝公園に向かった宮森 達。

 徒歩で地上に出た後は、立法政友会本部向かいのビルディングに入る。


 地上に出る際、宮森は手袋と護謨覆面ゴムマスクを着用していた。

 まだ手袋には早い季節だが、夕方なので怪しまれる事は無いだろう。


 護謨覆面ゴムマスク自体は通気性が皆無で、着用していると普通は汗をかく。

 だが宮森は身体操作術式で汗腺かんせんを制御している為、激しい運動をしない限り問題ない。


 天芭に穿うがたれた右眼窩は、護謨覆面ゴムマスク内部から薄型の義眼を重ね隠している。


⦅さすが九頭竜会製。

 悪くない着け心地だ⦆


 義眼の出来がいいので、宮森を知らない者は斜視しゃしと思うだけだろう。


 ビルディングに入ると屋上へ上がる宮森 達。

 そこには、技官達に囲まれた電磁波照射装置が鎮座している。


 試作品であるからか、本体自体はそれほど大きくない。

 それよりもむしろ、電源を確保する為の太綱ケーブルや、水冷に使用する配管が屋上を占有していた。


 今は雨除あまよけの天幕テントを外してあるが、高所からは丸見えの筈である。

 装置の隠匿方法に疑問を持つ宮森だったが、その答えは直ぐに出た。


 作業着を着ていない私服の男が宮森に挨拶する。


「宮森 殿、先日は音響相殺を御指南いただきありがとう御座いました」


 続いて私服の女。


「宮森 殿に迷惑を掛けぬよう、精一杯つとめさせて頂きます」


 彼らは共に多野 教授配下魔術師で、男の方が鈴木、女の方が佐藤と云った。

 瑠璃家宮から今回の任を拝命した後、宮森が音響相殺アコースティックキャンセリングを教授したのである。


「鈴木さん、佐藤さん、こんばんわ。

 今日はよろしくお願いしますね」


 宮森はこの場所に掛かっている術式の残滓ざんしを読み取り、このふたり以外の魔術師も来ていると踏んだ。


「この装置の遮蔽しゃへいは貴方方が?」


 鈴木が答える。


「いえ、別の者達です。

 つまんで御説明しますと、この屋上部分は魔術的な張り子で覆い隠し、ここに近付く外部の者には、認識阻害を仕掛けるのです」


「なるほど。

 遠くからの視線は幻影で惑わし、近くからの視線は催眠暗示で躱す。

 二段構えと云う訳ですね」


 装置隠匿の仕掛けも判明し、主任技師の山田に段取りを訊く宮森。

 もうそろそろ慣らし運転を始めるそうだ。


 作戦決行まで宮森に仕事は無かったが、暇なので立法政友会本部建屋内部を透視術イントロスコピーを使い観察してみる。

 早速政治家共が居残る理由が知れた。


 二階の娯楽室と思われる部屋に、この国の政治を担う……ふりをした人形である政治家達が、呑気に酒をあおり女性達をはべらせている。


 決行時間が迫ると共に、会合も盛り上がって来たようだ。

 醜悪な人形達が女性達の身体をまさぐっている。


 胸の悪くなる光景を眺めていた宮森は、ある事に気付いた。


⦅あ、あれはまさか……。

 ふじ さん⁈

 ふじ さんが居るぞ!

 濃い化粧とかつらで最初は判らなかったけど、多分ふじ さんだ……⦆


 宮森は聴覚を増幅して彼らの会話を聴き取ろうとするが、装置の稼働音が邪魔で上手く聴き取れない。


 そこへ明日二郎が助け舟を出した。


『任せろミヤモリ。

 オイラが稼働音と逆位相の音を構築して、無音に近い状態にしてやっからよ』


 明日二郎が雑音消去ノイズキャンセリングしてくれる御蔭で、会話内容を聴き取れた宮森。


 内容はこうである。


「がっはははは!

 儂の相手をしてくれる限り、ずっと帝劇の看板女優でいられるぞ~」


「ずっとだなんて、大川おおかわ 先生は本当にお上手ですね。

 それに、看板女優は若い子じゃなきゃ務まりませんよ」


「君も充分に若いじゃないか。

 それに、とうが立ってお役御免になっても儂の愛人に収まればいいだろ。

 な、そうしよう!

 ふじ ちゅわん♪」


「もう、そんな事したら奥さんに恨まれてしまいますよ?」


「ははは!

 その時には妻と別れる。

 そうなったら君が本妻だぞ。

 嬉しく思わんか!」


 大川はそうのたまうと、ふじ の胸元に手を入れ乳房を揉みしだく。


 怒りと悲しみに覆われた宮森をおもんぱかってか、明日二郎が同情する。


『……ミヤモリ、大丈夫か?』


『心配ない。

 帝劇の女優は、貴族の子女が殆どだからね。

 ふじ さんの生まれは知らないけど、ああでもしないと役にあり付けないんだろう……』


『お前さんも幹部に昇進したんだ。

 組織の力でアレ……身請みうけって云うヤツ。

 出来るんじゃねーか?』


『幹部と云っても自分は新米だし、この身体の治療代分は只働ただばたらきしなければならないんだよ。

 それにあの大川 幹事長は大昇帝 派の所属。

 大昇帝の眼の黒い内は、おいそれとは手を出せない。

 それこそ、ふじ さんを危険に曝す事になるかも知れない。

 まあ、強請ゆすりの種ぐらいは抑えておいてもいいかもな。

 で、今は仕事の完遂を優先しなければならない。

 装置の効果が女性達に強く及ばないよう注意しなくちゃな……』


 宮森はあふれそうになる涙を身体操作術式で抑え、腕時計を確認する。

 そして日付が変わった事を確認し、主任技師の許へ向かった。





 新米幹部の初任務 その二 了

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