契約三昧 後半 その八

 一九一九年七月 帝居地下 神殿区画





 時は更に遡り、外吮山頂上から帝居地下神殿前への転移終了直後。

 鳴戸寺はその時既に、維婁馬との接触を果たしていた。


 両人は思考と感覚の高速化クロックアップを使い会話を始める。


『上鳥居 維婁馬 殿、御久しぶりですね』


『……鳴戸寺か。

 で、これから何が起こる?』


 維婁馬の問い掛けに歓喜をもって答える鳴戸寺。


『素晴らしい洞察力ですね。

 今日一郎 君以上だ!』


『あんな半端者と一緒にするな。

 お前の言いたい事はだいたい解る。

 大昇帝 派が攻めて来るのだろう?』


『御名答です。

 実は維婁馬 殿に御願いが有るのですが……話だけでも聞いて頂けませんか?

 絶対に損はさせませんので!』


 鳴戸寺の願いとやらをいぶかりつつも傾聴けいちょうする維婁馬。


『実はですね。

 これから瑠璃家宮を暗殺しに外法衆正隊員達がやって来ます。

 その三人はまだ年若い者達なのですがね。

 彼らを殺して欲しくないのですよ』


『筋違いだな。

 そんな事は瑠璃家宮に言え』


 傾聴したのも束の間、鳴戸寺の異常な嘆願に聞く耳を持たない維婁馬。


 鳴戸寺は構わず取りすがる。


『実は彼ら少し特別でして、いつかは維婁馬 殿の御役に立てるかと……』


『どう特別なのだ?』


『先ずは蝉丸。

 彼は大昇帝の落胤らくいんです。

 恩を売っておけば後で何かと好都合だ。

 次に橋姫。

 彼女は亡国の姫君でして、巨人族の血を色濃く引いています』


 興味が湧いたのか、話に食い付く維婁馬。


『中々どうして、愉快な仲間達じゃないか。

 残りのひとりは?』


『最後は気狐。

 彼の出自はなのですが、特殊な霊質を持っていましてね』


『やけに思わせ振りだな。

 で、その霊質とは?』


 鳴戸寺はこれでもかと勿体もったいつけて言い放つ。


『彼の霊質はなんと……〘壁喰かべぐい〙なんですよ!』


 壁喰い、との言葉に、維婁馬は笑いをこらえ切れない。


『ははははははははははははっ。

 そうか、遂に壁喰いの霊質を持つ者が見付かったかっ!』


『ですが未だ能力は開花していません。

 能力の一部を使えたとしても、精々仔犬程度でしょう。

 これから育てる為にも、瑠璃家宮 陣営に殺されてしまっては困るのでは?』


『そうだな。

 確かに壁喰いを殺すのは勿体ない。

 では、その気狐とやらが育った暁には……

 いいね?』


 乗り気になった維婁馬に満足したのか、外交販売員セールスマンの声も弾む。


『勿論ですよ。

 それから、瑠璃家宮の家臣達を守る際の見返りを要求して下さい。

 今なら、宮森の持衰じさいの力を瑠璃家宮にせびれます』


『全く、お前らしいやり方だ。

 まあ、壁喰いを手に入れる迄に死んでしまっては元も子も無い。

 お前の言う通りにしよう』


『それでは交渉成立と云う事で。

 混沌の這い寄るままに…………』


 鳴戸寺と維婁馬との交渉が終わった。





 鳴戸寺の思念波が消え暫くすると、多野 教授が瑠璃家宮の石化解除に取り掛かった。

 瑠璃家宮の石化は深刻で、一朝一夕いっちょういっせきでどうにかなるものでない事は維婁馬にも解る。


 多野は瑠璃家宮 像に触れ、脳の内部器官である松果体しょうかたいの石化を最優先で解除した。

 ここさえ正常ならば意識の復帰が叶い、精神感応テレパシー程度の簡単な魔術なら使用できるからである。


 意識を回復した瑠璃家宮に、維婁馬が秘密裏に交渉を持ち掛けた。


『瑠璃家宮、もう朝だぞ』


『……そうは思わんがね。

 今は……上鳥居 維婁馬 殿か。

 ここは帝居地下かな?

 運んで来てくれたのなら、礼を言う』


 緊迫感の乗った声色で宣告する維婁馬。


『礼を言う必要は無いぞ。

 これから僕はお前に無礼を働くのだから。

 ……単刀直入に言おう。

 これから外法衆の正隊員達が侵入する。

 彼らの任務はお前の暗殺だ。

 残念ながら今のお前達の戦力では太刀打ち出来ない。

 そこでだ。

 お前達が外法衆を撃退できるよう援助を申し出る』


『……我々を手伝って貰えると?

 願ってもないが、維婁馬 殿には一方に加勢できないようかせを嵌められているのでは?』


『直接的な支援は出来なくともりようは有る。

 肝心の見返りだが、お前が飼っている魔術師に宮森 遼一と云う男がいるだろう。

 そして宮森の霊質は持衰。

 綾と産まれて来る子の為に用意したのだろうが、それを一部諦めて貰う』


 瑠璃家宮の思念に疑念と立腹りっぷくが入り混じった。


『……維婁馬 殿も意地が悪い。

 宮森は我々が探し出した人材だ。

 おいそれと他所にはやれぬ』


『何も宮森 自体を寄越せとは言っていない。

 彼の能力の恩恵に僕も与りたいと云うだけさ。

 持衰の能力を僕の為にも使え。

 それが条件だ』


『余を脅迫するとはな。

 この仕打ちは高くつくぞ……』


 場は険悪になって来たが、維婁馬は一向に怯む素振りを見せない。


『今まで散々他者をおとしめておき乍ら今更どの口が言う。

 まあ、ここでお前が死ぬよりもいいと思うが。

 では重要な条件に移るぞ。

 お前達を可能な限り守ってやる代わりに……襲撃して来る外法衆正隊員の殺害を禁じる』


『手を貸すと言っておいて殺すなだと。

 維婁馬 殿、いったい何をたくらんでいる?』


『僕が何を企もうとお前には関係ない。

 この条件、飲むか? 

 それとも飲まないか?』


『有無を言わさず……か。

 余と家臣達の命が掛かっている。

 飲むしかあるまい。

 いいだろう。

 その条件で手を打つ』


『契約成立だな。

 それと、後でお前に交渉を持ち掛けて来ると思う。

 僕の存在が明るみに出ないよう、口裏を合わせておいてくれ』


『承知した。

 それにしても大変そうだな。

 人格が複数あると云うのは……』


 瑠璃家宮の嘲笑に対し、維婁馬は冷ややかな態度を取る。


『今さら皮肉か?

 のはお前達だろう。

 で、他に訊きたい事は?』


 維婁馬の問い掛けに、瑠璃家宮は最大限の侮蔑ぶべつを込めて答える。


『特には無い。

 それにしてもその強引なやり方……殿に似てきたな』


『⁈』


 親父殿、との言葉に維婁馬の精神は錯乱寸前まで乱れるが、何とか持ち堪える。


 腹に一物いちもつある尤物ゆうぶつ共は互いの鬱憤うっぷんを重ねて飲み込んだ後、緘黙かんもくした――。





 この闘いの後、彼らがどうなったのか語っておくべきだろう。


 宮森はエンマダイオウとの契約で五感を剥奪されたあと昏睡こんすい状態に陥ったが、二日後に目を覚ました。

 体組織が〈ミ゠ゴ〉と融合しているものの、武藤の見解では命に別条は無いとの事。

 未だ集中治療室に閉じ込められている身だが、少なくとも実験動物扱いされる事は無さそうである。


 宮森は綾 親子と維婁馬の持衰でもあり、外吮山頂上の闘いでは瑠璃家宮の命を救う快挙を成し遂げた。

 その御蔭か、近々幹部に昇進の予定である。


 今日一郎は小石山こいしやま植物園内の保養施設へと戻る。

 以前は別々に暮らしていた母の澄も、今はそこに寝泊まりしていた。

 その処遇は瑠璃家宮の計らいだと云う。


 明日二郎は宮森の脳中へと帰還が叶うものの、肝心の宮森が帝居地下の集中治療室に寝たきりなので、『ウマイもんが食えない~~~~~っ!』と不満タラタラであった。


 権田 夫妻は持ち前の再生能力で完全復帰を果たし、今は瑠璃家宮 達の警護に当たっている。

 綾とその孕み子にも損傷は無く、間近に控えた出産の準備に余念が無い。


 多野 教授は瑠璃家宮の石化解除を担当している為、自身の治癒に霊力を回せなかった。

 彼自身は、帝室付きの医師団によって目下治療中である。


 瑠璃家宮 像は橋姫の衝撃法を何度か食らっていた為、至る所に細かいひびが入っていた。

 それが理由で、石化からの回復が大きく遅れる。

 それでも自身の治療を後回しにした多野の尽力により、八月初めには完全復帰が叶う予定だ。


 今回 宮森を処置した武藤は引き続き彼を担当する事になったが、〈ミ゠ゴ〉研究を担当する宗像と一緒なのがわずらわしいようである。


 気狐の瞬断殺で両手足を斬り飛ばされた蔵主には、恐ろしい悲劇が待ち受けていた。

 気狐の単結晶金剛石剣ダイヤモンドソードに接触した細胞がことごと焼灼しょうしゃくされていたため使い物にならず、その部分を切除しなければならなかったのである。


 整形外科が専門の武藤が執刀し両手足の接合は叶ったものの、以前より五センチメートルも手足が短くなってしまった。

 あそこまで気狐を挑発したのだから自業自得だろう。


 当の気狐は、天芭が到着する迄だったが治療繭での療養が叶った。

ダゴン益男〉に斬断された右手も元通りになり、帰還した中将と共に研鑽けんさんに励んでいる。


 橋姫も大事なく、直ぐ通常任務に復帰した。

 まあ、彼女の通常任務の大半は初等教育と食っちゃ寝だが、この年代の子供にはそれが最も必要である。


 蝉丸は今回の任務失敗を機に、翁が主導する研究班に志願した。

 別観点から自身を磨く事にしたのか、死を覚悟してまで自分達を救おうとした気狐に何かしら思う所が有るのか。

 はたまた実の父とされる大昇帝への復讐心故なのか、少年の心は複雑である。


 外法衆の襲撃以来、上鳥居 維婁馬はその姿をとんと現していない。

 しかし彼は消失した訳ではなく、いつなんどきも彼らのそばに居るのだ。


 もうひとりの自分と、と共に――。





 契約三昧 後半 その八 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る