契約三昧 後半 その七
一九一九年七月 高野山地下 外法衆本部前
◇
外法衆本部へと続く地下通路に転移した今日一郎 一行。
それを見取ったエンマダイオウが、似つかわしくないニコニコ顔で宣告する。
『はぁ~、やっとまともな契約履行が叶ったわ。
ほな、ボン達の五感を返還するで……』
今日一郎に五感が戻る。
彼は身体の感覚を確かめた後、
一方の蝉丸は正隊員専用の緊急通信帯域を使い、本部内に居る筈の
通信係とのやり取りの後、無事 玉藻へ繋がった。
『玉藻さん、蝉丸です。
瑠璃家宮 暗殺作戦は……失敗しました』
『何⁈
お主達いまどこにおる?』
『……じつはもう、本部前まで来ているんですよ』
『本部前じゃと⁈
どうやってここ迄……そうか、比星の宮司……。
で、残りのふたりはどうしておる?』
気狐の思念が悲痛に染まったのを察した玉藻は、そばに居た準隊員に命じ救護体制を調えさせた。
『橋姫は少々血を吸われて水を飲んだだけです。
大した事ありませんよ。
問題は気狐の方ですね。
詳しくは中に入ってから話しますが、とにかく
負傷した隊長が返って来る迄でも構いませんので……』
『解った……。
それ程の重症だと云うのじゃな。
で、比星の宮司殿に御礼は必要か?』
玉藻の申し出を蝉丸が伝えるも、早く帰りたいからと辞退する今日一郎。
直ぐに準隊員達が到着。
蝉丸は気狐の切断された右手を救護係に渡した。
橋姫と気狐が担架に乗せられ、本部内の医務室へと運ばれて行く。
蝉丸は去り際に今日一郎に問い掛けた。
「一つ訊きたいのですが、何故この場所までの転移が叶うんです?
次元孔は一度おもむいた場所でなければ開けないのでは?」
「さあね。
僕にも解らない……」
「そうですか……。
では、僕はこれで。
次に
そう言って、自身の陽神であるエンマダイオウと共に仲間の後を追う蝉丸。
それを見届けた今日一郎は、帝居地下神殿へと帰還した。
◇
蝉丸は気狐が治療繭に入ったのを確認し、これ迄の事を玉藻に報告した。
「……と云う訳です。
僕達の成果は、比星 親子と宮森 遼一の霊紋を手に入れただけ……。
完敗ですよ」
「無茶をしたのが気狐だけで良かった。
まあ、蔵主の異形化も確認できたしの。
それに閻摩天・冥約法で宮司の行動を縛らなんだら、お主達は全滅しておったぞえ」
「そう、でしょうか……」
自信を粉砕され憂鬱に浸り切った蝉丸を心配したのか、問いの
「未だに信じられぬのじゃが、宮森とやらは〈ミ゠ゴ〉の力を借りて蘇生を果たしたとな?」
この質問には、未だ出っ放しのエンマダイオウが答える。
『そやったんよ。
そこに同席しとったもん達も驚いとったみたいやけどな。
それにしてもあの藪医者むかつくわ~。
ワシのこの
「冗談はそれくらいにせい。
宮森の蘇生は向こうも想定外だった訳じゃな。
未熟なお主らにしては上々よ。
で、問題は宮司の方じゃ。
蝉丸、あ奴がどのように行動したのか詳しく教えてくれ」
質問の色が変わり、蝉丸も思案交じりで回想する。
「肌が蒼い時と戻った時では、質が明らかに違いますね。
蒼い時は有無を言わさぬ圧倒的威圧感を感じましたが、元に戻った時はそれ程でもなかった。
それに……」
話し足りないのか、エンマダイオウが割り込む。
『ボンの顔が蒼い時は、ボンのオカンしか保証人にでけへんかった。
それやのに、顔が白くなったら急に宮森 氏が立候補して来ての。
審査しても条件には合致しとったからな。
保証人として認める他なかったんや。
これはやっぱり……』
エンマダイオウが広げる二枚の契約書を眺めた玉藻。
記された維婁馬と今日一郎の似て非なる霊紋が結論へと導く。
「いわゆる二重人格じゃな。
それもかなり
力を制御できておらん証左よ。
この分ではあと何年持つか……」
『霊紋いうたら、宮森 氏のヤツも随分変わってるで』
エンマダイオウが指差した宮森の霊紋を見て押し黙る玉藻。
「玉藻さん、宮森の霊紋がそんなに珍しいのですか?」
「ああ。
右半分の模様が邪魔して良く判らんのじゃがの。
これがもし眼の無い魚じゃったら……。
いや、まさかな……」
玉藻は黙して会話を切り上げ、橋姫と気狐の容態を診る事にした。
◆
一九一九年七月 帝居地下 神殿区画
◆
時は
突然に意識が覚醒する今日一郎。
だが肉体の五感は機能しておらず混乱の極み。
霊感も感度が鈍っていたが、何故か
瑠璃家宮 陣営と
然も、直ぐそばに母の存在を感じる。
『何としてでも母さんだけは守らねば……』と決意した所で、忌まわしい思念に接触された。
今日一郎はその感触を良く見知って……聞き知っており、殆ど反射的に
思考と感覚の
『おっと、いいのかい?
このままでは瑠璃家宮 陣営は負けてしまうよ。
彼らには今日一郎 君の協力が必要だと思うけどねえ……』
『
いったい何の用だ?』
今日一郎の嫌悪は許容値を大幅に振り切っているが、状況が判らない以上 鳴戸寺の話を聞くしかない。
『君と君の母御、御友達の宮森 君を助けたいのさ。
いま瑠璃家宮 陣営は大変危機的な状況に在る。
良ければこの場を切り抜ける策を伝授したいが、どうだね?』
『……聞こう』
鳴戸寺は現在の状況を
今日一郎が無意識のうちに、この帝居地下神殿前に瑠璃家宮 達を連れ転移して来た事。
外吮山の闘いで宮森が重傷を負い、未だ生死の境を
外法衆正隊員三人が帝居地下へと侵入し、ただいま絶賛戦闘中だと云う事。
そして戦いの
また外法衆のひとりである蝉丸との契約により、今日一郎と澄の五感が剥奪されてしまった事。
これ以上 瑠璃家宮 陣営に加勢するには、担保となる保証人を追加しなければならない事。
状況を
『なるほどね。
で、その策とやらは?』
鳴戸寺は今現在虫の息である宮森を保証人に据える事を提案。
そこからの成り行きを
『……以上の事をやってくれれば充分だ。
後、瑠璃家宮に話を通す事は忘れずに』
『上手く事が運ぶかは運次第か……。
まあいい。
それで僕らと宮森さんが助かるならな。
で、僕らを助けたいと云う事だが……貴方は何を望む?』
やや
『外法衆三人も含めたこの場にいる者達と……宮森 遼一の生存。
それだけだ』
鳴戸寺との交渉が終わりを迎えた途端、今日一郎の霊感も
それと同時に、自身から
『僕はこれから仕事に入る。
通信を切るぞ?』
『構わない。
では、混沌の這い寄るままに…………』
自身が無意識のうちに転移を行った事と、蝉丸と既に契約していた事には触れない今日一郎。
理屈を重んじる彼にしては、不可解極まる
このあと今日一郎は瑠璃家宮と交信。
外法衆三人を殺害しないよう
戦闘は比星
今日一郎自身も計画通り行くのか半信半疑だったが、実際は鳴戸寺の予見した通り、あれよあれよと云う間に外法衆達は
この時 鳴戸寺は、今日一郎にある者達との契約を明かしていない。
その者とは瑠璃家宮と……上鳥居 維婁馬であった――。
◆
契約三昧 後半 その七 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます