〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その二

 一九一九年七月 帝居地下 集中治療室





 医師や看護婦は退室する際、室内の蛇口を捻り水を出しっぱなしにした。

 一部の者は、多野 教授と連絡を取っている管理官の許へと向かう。


 宗像の方は、生物標本室に保管してあるムナカタヒザメホコリを取りに急いだ。


 ムナカタヒザメホコリは宗像が発見した新種の粘菌であり、〈ミ゠ゴ〉の天敵でもある。

 それを準備すると云う事は、〈ミ゠ゴ〉の被害を抑える為の保険に他ならない。


 室外へ出た武藤は、透視術イントロスコピーを展開し室内の様子を眺める事にした。


 彼は魔術師であると同時に外科医でもあるので、透視術イントロスコピーを使用しての執刀しっとうも数多い。

 その御蔭で手術の成功率はいちじるしく高く、帝室ていしつ御用達ごようたしの魔術医と云う地位を築いたと言っても過言ではない。


 集中治療室の扉が閉じられひとりになった宮森は、自身に巣食う〈ミ゠ゴ〉を少しばかり解放する。

 すると、骨折と熱傷でボロボロになっている両手が、菌類の偽柔組織に変容を開始した。


 交錯こうさくと膨張を繰り返し枝分かれする偽柔組織。

 その伸長する先は、厨房から届いた食料と床に零れている水である。

 食料にがっつき水をたらふくあおる偽柔組織は、その触手を地質・鉱物標本にまで伸ばした。


 触手状の偽柔組織は標本瓶の蓋を器用に開け、中身を宮森の口へと運ぶ。

 彼の口から例の文言が吐き出された。


「違う……ヰェルクェニッキ…………これじゃな……ヰェルクェニッキ……い。

 こ……れじゃ、ヰェルクェニッキ……ない」


 一口含んでは吐き出し、次々と標本を味見して行く宮森。

 御期待に添えなかった献立メニューが床に転がるも、偽柔組織拡充に必要な物質は、触手が組織内に取り込んでいるようだ。


 遂に〈ミ゠ゴ宮森〉の眼鏡に適う一品が見付かったのか、彼の台詞が変わる。


「これだ……ヰェルクェニッキ…………これが必要……ヰェルクェニッキ……なのだ。

 高次元……の、ヰェルクェニッキ……欠片かけら


 まだ霊力が残っていたのか、透明感の有る緑色の鉱物標本を念動力サイコキネシスで粉砕する〈ミ゠ゴ宮森〉。

 そして粉砕されたソレを、口まで運びむさぼり食う、と云うより吸う。

 次の献立メニューは薄黄色の鉱物標本で、食事作法は同じくだ。


〈ミ゠ゴ宮森〉はそれからも、目当ての標本を片っぱしから取り込んで行く。


 幾本もの標本瓶が床に転がった後、〈ミ゠ゴ宮森〉の触手が一斉に動作を停止した。

 恐らく、目当ての好物を食べ終え満腹になったからだろう。


『ぐるるるぅ……』と〈ミ゠ゴ宮森〉の腹が鳴る。


 食べたばかりなのにもう腹が減ったのだろうか。

 いや、腹が鳴るのは空腹の合図ではない。

『これから胃腸を洗浄するので、これ以上食べ物を入れるな!』と云う合図なのである。


 今〈ミ゠ゴ宮森〉の消化器系では、先ほど食し消化吸収した鉱物が身体中の細胞に行き渡っていた。

 そして彼の細胞が、なんと発光を始める。


 その様子を室外から眺めていた武藤。

 彼は、壁一枚へだてた異次元で行なわれている光景に釘付けになっていた。


⦅彼の組織内を鉱物粒子が駆け巡っているぞ。

 それにともない、彼の霊力が増幅して行く……。

 そもそも彼は、外吮山での闘いで霊力をほぼ使い果たしていたのではないのか?

 鉱物やそれを加工した宝石には霊力を蓄える機能が在るが、それにしてもあの量は異常だ。

 瑠璃家宮 殿下にも匹敵する……⦆


 武藤はその光景を静寂のうちに見惚みほれていたが、その静寂はけたたましい足音で破られた。

 生物標本室から戻った宗像である。


「はあ……はあ……。

 もう年やのに、全速力で走らされて疲れたわ……。

 ほんで武藤はん、宮森はんの様子どないでっか?」


「先程までは〈ミ゠ゴ〉の柔組織が活動していたようですが、ついさっき大人しくなりましたよ。

 宗像さん、どうされますか?」


 判断を仰がれた宗像は、ムナカタヒザメホコリの標本をいつでも培養できるよう、霊力と息を整えてから答える


「もちろんきまっせ。

〈ミ゠ゴ〉はワイの研究課題でもあるさかいな、こないな機会逃す訳にはいかへんでっしゃろ」


「では私も」


 研究者魂に火が点いたのか、危険を承知で部屋の鍵を外す武藤。

 宗像が懐中電灯を持参していたので、ふたりはそれを頼りに入室。

 先ずは出っ放しの水を止めた。


 ふたりが手術台に近付くと、床には地質・鉱物標本の瓶が転がっている。

〈ミ゠ゴ宮森〉が取り込んだ標本の貼紙ラベルには、モルダウ川流域、リビア砂漠、ギリシア、チグリス・ユーフラテス川流域、ユカタン半島、大分・宮崎などと云った語句が記されていた。


 ふたりはそれを確認した後、〈ミ゠ゴ〉の柔組織を掻き分けて行く。

 どうやら柔組織自体が既に枯死こししており、強い硬化も見られない為、刃物を使わずとも楽に取り除く事が出来た。


 手術台にふたりが辿り着くと、宮森の枕元に突き立っているナニかが見える。

 それは〈ミ゠ゴ〉の柔組織が作り出した燭台しょくだいで、宮森の顔皮が引っ掛かっていた。

 これは、彼の頭部が未だに筋肉き出しである事を表す。


 その事を心配したのか、懐中電灯で台上を照らす宗像。

 詳細な形状はハッキリしないが、光を反射する硬質な質感が浮かび上がる。


 武藤が無影灯の電源を入れると、そこには信じ難い物……。

 いや、者が転がっていた。


 変わり果てた宮森を見たふたりは仰天ぎょうてんし、同時に震撼しんかんする。


「なんや⁈

 ボロボロになっとった両手は、〈ミ゠ゴ〉の柔組織の面影を残しとるけど……」


「顔皮が剥がされた頭部は、透き通った硝子ガラス状の物質で覆われているな……。

 そして、最も重傷と思われる右眼窩から右後頭部に抜ける突き傷……」


 懐中電灯を宮森の右眼窩へと寄せる宗像。

 そこにあったソレは、電灯の光を乱反射してふたりの網膜にまで届ける。


「まさか、脳の一部と右眼球が……!」


「結晶化しとる‼」



 キラキラと輝く神経細胞。


 それを伝わる生体電気。


 緻密にして精巧な回路。


 ふたりにはソレが、禍々まがまがしくも神々こうごうしい、蛹化ようかのように思えた――。





〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その二 了

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