第四節 〈ミ゠ゴ〉人間の誕生

〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その一

 一九一九年七月 帝居地下 集中治療室





 神殿前で瑠璃家宮 陣営と外法衆若手三人組が邂逅かいこうを果たした頃、宮森は集中治療室に運び込まれていた。


 重傷を負った宮森の処置を任されているのは、瑠璃家宮 派の魔術師でもあり外科医でもある【武藤 大志だいし】。


 混乱と驚嘆とを同時に味わっている武藤は、かたわらに置いてある彼の顔皮を観てつぶやく。


「両手は粉砕骨折の上に重度の熱傷。

 頭部の皮は剥がされ右眼球は損壊。

 加えて右大脳も損傷。

 何故この状態で生きていられるのか。

 いまだに信じられん……」


 医師や看護婦に指示を飛ばしていた武藤に、思念で呼び掛ける人物がいた。

 宮森である。


『武藤先生……ヰェルクェニッキ…………ですね……ヰェルクェニッキ……これから。

 伝える……物を、ヰェルクェニッキ……持って来ては。

 貰えませんか?……ヰェルクェニッキ』


 突然の思念波にギョッとする武藤。

 肉声と精神感応テレパシーどちらを使って良いか判らず、取り敢えず精神感応テレパシーで返事をした。


『宮森 君⁉

 まさか意識が有るのか!

 左眼は視えるか?

 耳は聞こえるのか?』


『はい……ヰェルクェニッキ…………その通りです……ヰェルクェニッキ……でも。

 上手く……認識が、ヰェルクェニッキ……出来ないのです。

 極力……ヰェルクェニッキ…………思念での……ヰェルクェニッキ……会話を。

 お願い……したい、ヰェルクェニッキ……のですが。

 あと……ヰェルクェニッキ…………眩しくて……ヰェルクェニッキ……辛いのです。

 手術台の電灯……を消して、ヰェルクェニッキ……下さい』


『解った。

 そうしよう』


 武藤が看護婦に指示する。


「君、無影灯むえいとうの灯りを落としてくれ」


 無影灯の灯りが消えると、宮森の表情が心なしか和らいだ。


 武藤は会話を続ける。


『しかし、思念に不明瞭な異物が混じっている。

 これが報告にあった……』


『〈ミ゠ゴ〉……ヰェルクェニッキ…………です……ヰェルクェニッキ……蔵主 社長。

 の能力……ヰェルクェニッキ…………で瑠璃家宮……ヰェルクェニッキ……殿下の。

 神力……を共有、ヰェルクェニッキ……させて。

 頂いた……ヰェルクェニッキ…………御蔭……ヰェルクェニッキ……です。

 ……今は、ヰェルクェニッキ……何とか。

 抑えて……いますが、ヰェルクェニッキ……じきに。

 乗っ取られて……ヰェルクェニッキ…………しまう……ヰェルクェニッキ……でしょう』


『乗っ取られる⁉

 ど、どうなってしまうんだ?

 それに君の身体は!』


『今は……ヰェルクェニッキ…………寄生……ヰェルクェニッキ……している。

〈ミ゠ゴ〉……を使って、ヰェルクェニッキ……生命。

機能を……ヰェルクェニッキ…………維持……ヰェルクェニッキ……しています。

 自分の……意識が、ヰェルクェニッキ……在る。

 うちに何とか……ヰェルクェニッキ…………しなければ……ヰェルクェニッキ……その為にも。

 お願い……したいの、ヰェルクェニッキ……です』


『宗像 氏も外に居る事だし、君の言う通りにしよう。

 で、何を持ってくればいいんだ?』


『食料と……ヰェルクェニッキ…………水を……ヰェルクェニッキ……他の物は宗像さんに……、ヰェルクェニッキ……伝えます』


 厨房と連絡を取り、食料を注文させる武藤。

 水道は集中治療室にも引いてあるので問題ない。


 武藤は呼び出した宗像に、型通りの処置は済んだ事、思念での会話の方が宮森への負担が少ない事を説明した。


 宗像は痛々しい宮森の姿を見ては顔をしかめ、悲痛な思念で語り掛ける。


『宮森はん。

 こんな姿になってまで生きとるとは、忠臣のかがみやで~。

 ほんで、ワイは何をしたらいいんや?』


『標本室……ヰェルクェニッキ…………から……ヰェルクェニッキ……地質標本。

 と鉱物標本……を、ヰェルクェニッキ……有りっ丈。

 持って来て……ヰェルクェニッキ…………下さ……ヰェルクェニッキ……い。

 宗像さん……お願いしま、ヰェルクェニッキ……すよ』


 要請を受理した宗像が、集中治療室を脱兎だっとの如く……ではなく、脱狸だつりの如く飛び出して行った。





 集中治療室に野菜、肉、魚などの食料が届けられ、宗像も職員達の力を借りて地質・鉱物標本を持って来る。


 入室した宗像にこれからの見通しを語る宮森。


『宗像さん……ヰェルクェニッキ…………これから……ヰェルクェニッキ……自分は。

〈ミ゠ゴ〉……を利用、ヰェルクェニッキ……して。

 自身を治療……ヰェルクェニッキ…………したいと思い……ヰェルクェニッキ……ます』


『〈ミ゠ゴ〉を使つこうての治療やて⁉

 いったいどういうこっちゃ?』


『自分にも良く……ヰェルクェニッキ…………理解できない……ヰェルクェニッキ……のですが。

 何故だか……出来る、ヰェルクェニッキ……気がする。

 のです……ヰェルクェニッキ…………現に……ヰェルクェニッキ……今は。

〈ミ゠ゴ〉……の浸食を、ヰェルクェニッキ……抑え切れて。

 いる……ヰェルクェニッキ』


〈ミ゠ゴ〉は菌類に似た性質を持ち、苗床なえどことなった生物の精神を侵食する。

 その精神侵食は強力で、腕利うでききの魔術師でさえも抵抗できない。


 宗像は龍泉村騒動の際、天芭てんば 史郎しろうが強靭な精神力でもって〈ミ゠ゴ〉の精神侵食にあらがったのを目撃した。

 しかし天芭ですら短時間しか持たず、彼は〈ミ゠ゴ〉を己の身体ごと焼き払う破目になる。


[註*龍泉村りゅうせんむら騒動=一九一九年五月、和歌山県の龍泉村周辺で、九頭竜会の大昇帝 派と瑠璃家宮 派が偶発的に接触して起きた事件。

 その際の天芭の行動は、『第四章 雷獣の咄(はなし) 第七節 岩かじり撃滅作戦 その八・その九』を参照されたし]


 まことに不可解な事だが、目の前の宮森は〈ミ゠ゴ〉の精神浸食を長時間抑えていた。

 この事は、〈白髪の食屍鬼グール〉こと比星 播衛門が、外吮山頂上で宮森に施した処置が影響を与えているのは言う迄もない。


[註*比星 播衛門が外吮山頂上で宮森に施した処置=詳細は、『第七章 大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び その三』を参照されたし]


 宮森が宗像へ指示を出す。


『これから……ヰェルクェニッキ…………〈ミ゠ゴ〉を繁殖……ヰェルクェニッキ……させますので。

 この部屋から……出て下さい、ヰェルクェニッキ……念の為。

 外から……ヰェルクェニッキ…………鍵を掛け……ヰェルクェニッキ……て下さいね。

 可能であれば……ムナカタヒザメホコリ、ヰェルクェニッキ……を準備。

 して……ヰェルクェニッキ…………貰えると……ヰェルクェニッキ……助か。

 ります……では、ヰェルクェニッキ……医師や看護婦。

 の方々にも……ヰェルクェニッキ…………ここから……ヰェルクェニッキ……出て貰って。

 下さ……い、ヰェルクェニッキ』


『なんや解らんけど、宮森はんのやりたい事は判ったわ。

 わ、分かったけど、〈ミ゠ゴ〉で身体を治療する云うやつ、ほんまに成功するんか?

 ……まあ宮森はんのこっちゃ、今迄みたいに何とかするんやろ。

 ほなら、幸運を祈っとるで!』





〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その一 了

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