〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その三

 一九一九年七月 帝居地下 集中治療室





 宮森は夢を見ていた。

〈ミ゠ゴ〉のまゆに包まれて――。



 ――苦しい……ヰェルクェニッキ…………自分じゃな……ヰェルクェニッキ……くなる。


 ――ようで……辛い、ヰェルクェニッキ……あなたは。


 ――誰だ……ヰェルクェニッキ……白い……ヰェルクェニッキ……光明ひかりが。


 ――視える……気持ち、ヰェルクェニッキ……いい。


 ――そうか……思い出した。


 ――自分……私は……。


 ――〈ス※タ※〉――。



 ……、……、……。





 宮森は夢を見ていた。

 無明むみょうの繭に包まれて――。



 何の感覚も無く、暗黒のふち藻掻もがく宮森。


 その感覚は、泥濘でいねいに身を沈められた永劫えいごう罪人つみびとのよう――。


⦅これが、死か……⦆


 思考の深海に揺蕩たゆたう宮森。


 何も視えず。


 何も聞こえず。


 何も臭わず。


 何も味わえず。


 何もさわれず。


 思考すらも、消える――。


 後は只、静かな時間が過ぎ行くのみ。


 違う。


 時間すらも無い。


 いるのは己だけ。


 思考とは別の感覚が芽生えた。


 ふと光が見えた。


 三つの光。


 蝋燭ろうそくの様に燃えている。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 三角形を成している。


 それに近付く。


 ソレの正体が解った。


 眼だ。


 三つの眼。


 ソレがこちらを見ていた。


 ソレの目的が判った。


 ソレは一人ぼっち。


 いつも独りぼっち。


 ある時からずっと、ひとりぼっち。


 仲間が欲しい。


 恋人が欲しい。


 家族が欲しい。


 ソレは殺してしまったから。


 ※を殺してしまったから。


 その時から、黒く塗り潰されてしまった。


 身体も、心も、存在さえも、くろく塗り潰されてしまった。


 だから求めた。


 己を視てくれる者を。


 己を聞いてくれる者を。


 己を嗅いでくれる者を。


 己を味わってくれる者を。


 己を触ってくれる者を。


 己を理解してくれる者を。


 そしてソレはみつけた。


 器となり得る者を――。





 ……、……、……!


 自我を取り戻した宮森は、身体と感覚の乖離かいりに驚いている。


⦅……う。

 眠って、いたのか……。

 うわっ⁉

 何も視えないし聞こえない!

 まさか〈ミ゠ゴ〉に乗っ取られたのか?

 くそっ。

 いったいどうなってるんだ。

 まるで自由にならない……。

 いや、自由をとがめられている事すら感じない⁈⦆


 宮森が気を揉んでいる所に、宗像と武藤が入室して来た。

 彼らは驚き乍らも宮森へと辿り着き、彼の容貌ようぼうを分析し合っている。


 宗像と武藤の入室にも気付けていない宮森だったが、誰かに今の状況を伝えようと精神感応テレパシー通信を試みた。


⦅……だめだ。

 どうしても精神感応が使えない。

 まるで、今まで乗れていた竹馬に急に乗れなくなったような感覚だ……⦆


 霊力を全くれないと云う、未だかつて体験した事の無い感覚に襲われていた宮森。


 そこへ、とても懐かしい思念が飛び込んで来た。


『……モリ、ミ……リ!

 今こそコンティニューだ!』


⦅こんてぃにゅー?

 外来語か何かだろうか……。

 だがこの感じ、どこかで覚えがあ、る……⁈⦆


『いつまで寝てんだミヤモリ!

 向うではオニイチャンとオカアチャンが大変なコトになってる。

 状況説明すっから、今すぐに対策考えろ!』


 その思念を認識した途端、宮森は心中で涙を流していた。


『明日二郎じゃないか!

 心配掛けやがって。

 もう戻って来ないのかと思ったぞ……』


『なははは……スマンスマン。

 だが、最高のコンティニューボーナスだったろ?』


『いまいち表現が理解できないけど……まあいい。

 それより対策って言ったか。

 考えたいのは山々なんだが、霊力を全く練れないんだよ。

 どうなってるか調べてくれ』


『フムフム……。

 そりゃそうだ。

 だってお前さん、〈ミ゠ゴ〉と一体化してるぜ』


『なんだってー!

 済まん、取り乱してしまった。

 なんだってー‼

 一体化?

〈ミ゠ゴ〉と一体化してるのか自分は⁈

 確かに〈ミ゠ゴ〉を利用して身体をもたせようとはしたけど、まさか一体化とはね……。

 どんな状況なのか全く理解できん……』


〈ミ゠ゴ〉との一体化、と聞いて完全に困惑している宮森。


 明日二郎が解説した。


『ダイジョーブ。

 現に、テレパシーと思考と感覚のクロックアップはオイラのサポート無しで使ってるぜ。

 自分で気付いてないだけだ。

 で、オイラの見立てだけどよ。

 お前さんの脳が、鉱物らしきもんと融合してんの。

 だから上手く生体電気信号をオンオフ出来ねえんだろ。

 直ぐ慣れる、と言いたいトコだけんど、今は時間が惜しい。

 向こうの問題をサッサと解決したいんで、オイラが手伝っちゃる。

 チョット痺れるけど我慢しろよ……』


『え⁈

 又あの時みたいなビリッと来るやつ?

 それはちょっと……』


 宮森の遠慮を無視し、脳をいじくり回す明日二郎。


『トリャーーーッ……いつもより余計にトリャーーーーーー!』


『ん、ン、ガガガガがッ……。

 いつもより激しくん、ン、ガガガガアゴゴゴガガがッ……』


『ヨシッ!

 これぞ会心のでき栄え!』


『ガ、痺れ!

 うごごごごががッ……うボアァァ……あ、戻ったの?

 こ、今回のはきつかった……』


 明日二郎による調整を受けた宮森は、試しに身体感覚を増幅させてみる。


『……い、いでででででででででっ、痛い!

 痛い痛い痛い痛い、痛過ぎる~~~~~~!』


『そりゃそうだろ……。

 だってお前さん、両手は複雑骨折のうえ大火傷。

 頭の皮は全部剥がされて右眼は潰されてんだぞ。

 おまけに頭蓋骨には穴開いてるしな。

 早く痛覚切らねえと、痛みで循環器系が機能不全おこして死んじまうぞ』


『それを早く言ってくれ!

 ……はあ、はあ、死ぬかと思った……』


 めでたく痛覚を遮断できた宮森は、早速 明日二郎に状況説明をう。


『なあ明日二郎、いま神殿前では何が起こってるんだ?』


『そう、ソレよ。

 なんと、外法衆正隊員が三人も忍び込んでやがったんだ。

 それでくんずほぐれつの、ある意味大乱闘ってワケ。

 喋って説明すんのメンドクサイんで、ぱぱっとインストールするぞ。

 トリャーーー!』


 宮森の脳裏に、神殿前で起こっている戦闘の一部始終が据え付けらインストールされる。


『なんて事だ……早く助けないと!

 よし明日二郎、自分の思念をエンマダイオウの所まで案内してくれ。

 保証人に立候補する!』


『ロジャー!』


 こうして、死の淵から生還した宮森と突然に出現した明日二郎が、新たな契約の締結に臨む――。





〈ミ゠ゴ〉人間の誕生 その三 了

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