契約三昧 前半 その四
一九一九年七月 帝居地下 神殿区画
◇
エンマダイオウが澄の味覚を剥奪した事により、仕掛けの一部を理解した蝉丸。
維婁馬の聴覚は既に剥奪されている為、思念で答え合わせを所望した。
『何とも手厳しいですね。
『そちらは罰則を適用しているだろう。
ならば問題は無い筈』
『まあ、そうなんですがね。
平和的な解決法を提案して差し上げたのに、あそこまで簡単に破られると少し傷付きます』
『お前達から平和的な解決法などと云った言葉が出るとはね。
それで、仕掛けは解いたのかい?』
蝉丸と維婁馬との会話だが、多野や気狐は
『次元孔を展開しましたね。
蔵主 社長、綾さん、〈
正確な送り先は判りかねますが、恐らくは彼らの傷が癒せる場所……。
邪念水の貯蔵施設と云った所でしょうか』
気狐が疑問を挟む。
『おいおいおいおい!
次元孔を複数展開したってのか、それもほぼ同時に⁉
そんな大それた事してんなら、空間中に振動が響き渡ってる筈だろ?』
『気狐。
僕らがこの空間に侵入した直後にはもう、あの方の術中に嵌まっていたのです。
僕らが空間振動に気付けないのは……隠形法を使っているからですね?』
『そう、お前達の得意とする隠形法さ』
維婁馬から答えを引き出した所で、橋姫も謎解きに参加して来た。
『おんぎょーほー?
でも、あおいかおのおとこのこみえてるよー?』
『ええ。
隠形法とは本来、姿や声、術式使用の痕跡を認識させない秘術です。
しかしこの方の使い道は違った。
姿形や声は隠さず、術式使用の痕跡のみを消し去ったのです。
それで我々の油断を誘い、満身創痍だった彼らを死亡直前で安全地帯まで転移させた』
『ねーセミマルー、ハシヒメがルリヤノミヤのにょろにょろをこわしたときにはじげんこーでなかったよ。
なんでー?』
『それもこちらを油断させる為でしょうね。
瑠璃家宮 殿下像の触手が破壊されたとしても、石化解除後には殆ど影響が出ないのでしょう。
橋姫の突撃経路から触手を狙っていると判断し、様子見も兼ねて
結果的に、僕らは手の内を
維婁馬の鮮やかな
気狐などは、自分の仕事を台無しにされた所為で
『なんてこった!
〈
いくら転移できるからって、それでも生きてるって言うのかよ!』
『首と胴が離れたからと云って、直ぐ
邪念水の中で適切な処置をすれば再生は充分に可能でしょう』
『ったく……。
とんでもねえ化けもんだな、あいつら。
しっかし不安になって来たぜ。
あの石化した瑠璃家宮、まさか幻影とすり替わってるとかじゃねえだろうな……』
『それは無いと思いますよ。
若し瑠璃家宮 殿下をどこかへ転移させているのなら、宮司殿の母君の状態はもっと悪い筈です。
それこそ死んでいるかも知れない』
今後の対応をせがむ気狐。
『それは解ったけどよ。
じゃどうすんだ。
奴らの傷が塞がるまで、このままじっとしてろって言うのかよ』
『それも一つの手だと思いますが、有効打にはなり得ませんね。
今現在は母君の味覚まで奪っている状態。
彼女には
ですので一刻も早く行動した方が良いのですが、僕らが
『どう云うこった?
意味わかんねえ……』
『こう云う事ですよ。
比星の先代が交わした盟約により、あの方は僕ら九頭竜会の人間を攻撃出来ない。
まあ、その逆も
もし僕があの方なら、敵の攻撃時に次元孔を展開します……』
『あ?
宮司はオレらに攻撃できねえのに、そんな事して意味あんのか?』
深く考えず
『いいですか、次元孔は転移させるだけなのですよ。
明確な攻撃とは云えません。
どう説明すればいいのか……。
そうだ気狐、昨年販売開始された扇風機を知っていますね』
『扇風機?
知ってっけどよー、扇風機が何だってんだ』
『想像してみて下さい。
扇風機の中に自分から指を突っ込んだらどうなります?』
『……ああ、そう云う事かよ。
扇風機ん中に指突っ込むと、間違いなく怪我するわな。
そんで、次元孔に身体の一部を突っ込んだ状態で次元孔の縁から外れちまうと……突っ込んだ部分だけが切り取られたみてーに転移しちまうんだろ。
と云う事は、無闇に次元孔に突っ込むと……』
『次元孔の開く位置と時機は、宮司殿が隠しているので判りません。
手を失うのか足を失うのか。
運が悪ければ……真っ二つになるかも知れませんね。
これでは、
追い詰められているのは、僕達の方だった……』
幼児なりに状況が
その思念は悔しさに溢れている。
『もしかしてハシヒメたちまけたのぉ。
そうだったら……うっ、うぅぅう……』
『泣かないで下さい橋姫。
宮司殿が隠形法を使用している限り、利敵行為判定は続きます。
いかに宮司殿とて、母君の命が消える直前にはそれも解除する筈。
ここからは我慢比べになりますよ』
「……ぅうっ、びっうぅ……がでる?
ばじびめだちがでるのぉっ⁈」
感情が
ここからは秘匿通信を使い策を述べる蝉丸。
『作戦を伝えますから、ふたり共よく聴いておいて下さいね。
この瞬間にも宮司の利敵行為は続いています。
もうそろそろ母親の嗅覚も剥奪されるでしょう。
宮司が隠形法を維持できない所まで粘ってしまうと、瑠璃家宮の家臣達が
その時彼らがどの程度回復しているかは判りませんが、瑠璃家宮の殺害は無理だと思った方がいいですね。
ですから、母親の嗅覚が剥奪されたのを機に仕掛けます。
母親の死まで余裕のある宮司は、瑠璃家宮 像の周囲に次元孔を展開して僕らを
その時点で利敵行為を働くと……』
したり顔の気狐が割り込む。
『なるほど。
こちらから早めに仕掛ける事で、家来どもが出てくる迄の時間を稼ぐっつー訳か。
速攻掛けるっつーんなら……。
アレ、やるんだろ?』
気狐の言葉に頷く蝉丸。
橋姫も御満悦だ。
『アーレ、アーレ♪
さんにんいっしょ♪』
『ま、しょうがねーか。
蝉丸、付き合ってやるぜ!』
『ふたり共ありがとう。
では……行きます!』
外法衆正隊員若手三人組による、最後の賭けが始まった――。
◆
契約三昧 前半 その四 了
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