契約三昧 前半 その三
一九一九年七月 帝居地下 神殿区画
◇
『他の戦場では、味方が残らず散った……』多野 教授は絶望に
『何故だ、なぜ邪念水を注水しない?
若しやそちらにも外法衆の襲撃が……』
『い、いえ……。
こちらは襲撃されておりません。
注水の件ですが、目下のところ行なわれております。
多野 教授の見間違いではありませんか?』
『そんな筈は無い。
水どころか、
それに、
『か、隔壁の閉鎖は既に完了しております。
そうでないと安全装置が働き、注水を開始できないのですから……』
『むうぅ……。
そちらの計器が故障しているのではないのか?』
『計器は正常です。
確認に行かせましたが、弁も開き放水されているとの事。
おかしいな、原動機は稼働している筈なのに……』
報告に首を傾げていた多野だが、何か思い付いたようで管理官に質問する。
『原動機は故障なく確実に稼働しておるのだな?』
『はっ、はい!
間違いなく稼働しております。
故障も確認しておりません……』
『解った。
引き続き監督を
それと、集中治療室に運ばれた宮森 君はどうなっておる?』
『そ、そうでした。
集中治療室で何やら起こっているとの報告が挙がっています!』
『詳しく説明せよ』
『そ、それが、私にも
なんでも、
取り敢えず、宮森 殿が死んだとの報告は入っておりません』
『了解した。
通信はこれで終了するが、動きが有ったら
⦅管制室では隔壁閉鎖を確認している。
と云う事は、開け放たれた神殿の扉は幻覚と云う事になるか……。
加えて向こうの注水機構に異常は無し。
こちらには稼働音すら届いて
確実に何かが起こっている。
外法衆がここ以外にも侵入しているのか?
……いや、若しそうなら報告があって然るべき。
であるなら、この現象を引き起こしているのは誰だ?
しぶとく生き残っている宮森か、それとも……⦆
多野の自問を
『さ、
比星 親子がエンマダイオウから言われた通りにすると、彼らの親指が青白く光った。
その輝きが帳面に押し付けられると、指紋とは違う紋様が浮かび上がる。
維婁馬と澄の霊紋は、七色のしゃぼん玉の如き球体が集合し、球体間から多数の触脚がはみ出している
親子の紋様に多少の差は有れど、しゃぼん玉の如き球体が集合している
ふたりが押捺を完了すると、エンマダイオウは切手に似た正方形の小紙を取り出した。
中央にはエンマダイオウの
それを帳面に貼り付け、先程の行為を説明するエンマダイオウ。
『コレは納税印紙みたいなもんや。
コイツ(蝉丸)とお前さんらの霊力で生成しとる。
まあ、一種の演出やから深く考えんといて。
これで契約成立っちゅう事で……。
あら、もう利敵行為発覚かいな。
これより、比星 今日一郎の五感全てを剥奪する!』
維婁馬の眼から光が消え、その場に倒れ込んだ。
「坊や!」
大事そうに抱えている風呂敷包みの小箱を床に置き、維婁馬を抱き起した澄。
半ば取り乱して声を掛け続ける。
「どうしたの?
坊や返事をして!
お願いだから……」
澄の願いが届いたのか、
『僕は心配要らないよ。
それより、最初に謝っておきたい。
ごめん母さん。
僕は勝たなくてはいけないんだ。
母さんを危険に
『坊やが何をしたいのかは解らないけど、わたしの事は気にしないで。
賢い坊やの事だもの、きっと上手く行くわ……』
『ありがとう母さん。
先ずは絶対にここを動かないで。
母さんも体が動かなくなるだろうけど、僕が守るから安心してくれていいよ』
維婁馬の昏倒に驚く多野と蝉丸。
前者は期待し、後者は警戒した。
エンマダイオウが状況を述べる。
それは、本体である蝉丸の
『契約した途端バタンキューて、約束守る気ないやん。
もしかすると、契約する前から何かやってんのちゃうか?』
エンマダイオウの言に心中で
⦅維婁馬 殿の状態を見ても、こちらに味方してくれているのは明白。
では、邪念水の注水が成されていないのも何か関係が……⦆
思案する蝉丸に気狐と橋姫が連絡する。
『どうなってんだ蝉丸!
確実に始末したと思ったのに、〈
『ハシヒメもね、きえたー。
かみのあぶらっぽいおじちゃんいなくなったのー。
にんぷさんのほうはねー、くびをぎゅーってしたあとぽいしたところできえたー』
結論を出した蝉丸は厳しい口調で指示を出す。
『ふたりともそこから一歩も動かないで下さい!
不用意に動くと死にますよ!』
指示を疑問に思った気狐が尋ねる。
『どういうこった蝉丸。
オレにはなんも起こってねえように感じるがな』
『恐らくは、比星の宮司殿が次元孔を展開したんです!』
『次元孔だって?
なんも視えねえしなんも聞こえねえけど……』
橋姫が無邪気に割り込むが、蝉丸の言葉は相変わらず緊張感で満ちている。
『ねーセミマルー、じげんこーってなに?
おいしーの?』
『美味しくありませんね。
次元孔を食べようとすると、ハシヒメが代わりに食べられてしまいますよ』
『えー⁉
じげんこーこわい……』
そこへ容赦なくエンマダイオウの宣告が下った。
『利敵行為継続により、比星 澄の味覚を剥奪する!』
◇
契約三昧 前半 その三 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます