外法衆侵入! その五

 一九一九年七月 帝居地下 神殿区画





「なぁ、なんでぇ~~~」


 蟹鋏斬りシザースカッターを破られ伝家の宝刀を失ったのだ。

 蔵主 社長が情けない声を上げるのも無理はない。

 いま橋姫の肉体に展開されているのは、金剛薩埵・豪剣法の派生術式、〘金剛薩埵こんごうさった剛身法ごうしんほう〙である。


 全ての水刃ハイドロブレード退け、橋姫は自慢だ。


「こんごうさったごうしんほうをつかうとね、からだがかたくなってきれなくなるんだよ。

 だからね、ごうしんほうとごうりきほうをいつでもつかえるように、てつぶんをたくさんとりなさいって、オキナからいわれてるの。

 だからね、ハシヒメはにぼしとかこんにゃくをいつもたべてるの。

 だからね、ハシヒメははさみとかはぜんぜんこわくないんだよ」


 不思議界(エーテル界)で鉱物を生成し肉体を硬化させる金剛薩埵・剛身法は、俗に硬体術こうたいじゅつとも呼ばれる。


 並の術者であれば鉄を生成するのが精々せいぜい

 然し、ここは才に溢れる橋姫。

 彼女は金剛石、いわゆる金剛石ダイヤモンドを生成したのだ。


 但し、通常の金剛石ダイヤモンドは非常に割れやすい性質のため硬体術には不向き。

 橋姫は鉄鉱石やグラファイトなども併せて生成し、多結晶金剛石ダイヤモンドを作り出しその身を鎧となす。


 又、術に必要な鉄分は体内の物を利用しても問題ない。

 霊力の節約は勿論、赤血球を増殖させるのに鉄分が必須の剛力法とも資源リソースを共有している為、橋姫が煮干しを食すのは理に適っていた。


 この術式は、生成した鉱物分の重量加算、鉱物の定着部位によっては動作を阻害する弱点とも表裏一体。

 しかし橋姫は剛力法を発動し、怪力でもってこの弱点を打ち消している。


 捨て身の蟹鋏斬りシザースカッターも通じず、鬼の剛腕に捕らえられた蔵主。

 橋姫は彼を無造作に投げ捨てた。


 無造作ではなかった。


 投げ飛ばされた蔵主は、背中に強い弾力を感じる。

 その弾力は膨大な運動量を吸収し、開放した。


 空間に跳ね返され宙を泳ぐ蔵主。

 そう、橋姫は空間に造床ぞうしょうを設置していたのである。


 中将ちゅうじょうは空中を跳び回る為の足場として造床を設置していたが、橋姫は投げ飛ばした相手を再び引き寄せる為の反射板として設置していたのだ。


 空中で身動きが取れない蔵主に向け噴進する橋姫。

 斜め下方から迫りくる鬼女をサベージM1907で迎え撃つも、剛身法で硬化した頭部に弾かれ意味を成さない。


 多結晶金剛石ダイヤモンドにより暗灰あんかい色へと変わった橋姫の旋毛つむじを観て、恐怖におののく蔵主。


「おぼぉっ!」


 飛翔金剛石頭突きフライングダイヤモンドヘッドバットを土手っ腹に食らい、蔵主の内臓が悲鳴を上げた。

 余りの衝撃で思わず背を丸めた蔵主をひっくり返し、彼のあご太腿ふとももに手を掛ける橋姫。


 橋姫はよほど余裕が有るのか、思考と感覚の高速化クロックアップ精神感応テレパシーを使って蝉丸に質問する。


『ねーセミマルー、がいこくごで「いちばん」てなんていうのー?』


『英語だと「numberナンバー oneワン」ですね』


『ありがとーセミマルー』


 礼を言った橋姫は風天・自在法を発動。

 多野を抱え上げたまま風力で身体を回転させ始めた。

 そして、自由落下フリーフォール


「まぁ、まさかぁー⁈

 やぁっ、やめでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ‼」


 背骨折りバックブリーカーの姿勢で固められ悲鳴を上げる蔵主。

 竜巻の如く回転して喜声を上げる橋姫。


「なんばーーーーわーーん♪」


 回転し乍ら地面に激突した両者。


「ぼばぁっ‼」


 必殺の竜巻背骨折りトルネードバックブリーカーを食らった蔵主は、文字通り背骨を粉砕される。

 パカパカとだらしないその様は、背凭せもたれが馬鹿になった座椅子のようだ。


 壊れた座椅子を放り投げた橋姫が、両手の人差し指を天にかかげ勝ち台詞を吐く。


「いっちばーーーーーーーん!」


 蔵主が完全破壊される様子を観ていた綾。

 勝てないと悟り、身重の身体を無理に起こして逃げる。


「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 綾は追い付かれそうになった所で攻撃音波を放った。

 流石に先程のてつは踏まない橋姫。

 射程外まで後退し三密加持を行なう。


 右手を拳に握り人差し指のみを立て、第一、第二関節共に深く曲げた。

 左手は人差し指と中指を真っ直ぐに立て、薬指と小指を曲げる。

 伊舎那天印いしゃなてんいんが結ばれた。

 橋姫が『――なうまく・さんまんだ・ぼだなん・いしゃなや・そわか――』と唱えると、伊舎那天・衝撃法しょうげきほうが成る。


 橋姫の周囲に風が集った。

 彼女は大きく息を吸い込み、破壊の音程を纏わせたソレを吐き出す。


「うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」


 大気を震わせる咆哮ほうこうが飛んだ。

 それは綾の放つ攻撃音波にぶつかり、互いの攻撃力を相殺そうさいする。


 これを機に橋姫は、『うるさい! うるさい! うるさい!』と連続で衝撃法を放った。

 井高上いたかうえ 大佐や天芭てんば 大尉のように洗練されてはいないものの、本能と直結したその勢いは止どまる所を知らず、とうとう綾の歌声を凌駕りょうがし始める。


 橋姫の癇癪かんしゃくに押されているのは解っているが、後がないため三つの声帯で必死に歌い続けるしかない綾。


「ラ~~~~~ラ⁈」

「ラ~~~~~~~~~~~~ぅぅ!」

「ラ~~ラ、ラ、ラ……」


「ふー……。

 やっとうるさくなくなったー」


 遂に追い付かれ首根っこを掴まれる綾。

 橋姫は綾の背後に障壁バリアを展開。

 彼女を押し付ける。


「な、何でウタが……響か、ないの?」


 橋姫は綾の細首を絞め乍ら馬鹿正直に答えた。


「まえにイタカウエのおいちゃんがいってたの。

 こえもかぜといっしょだから、いしゃなてんしょうげきほうをつかっておおごえだしたらけせるよって。

 さっきためしたらほんとにきえたの。

 こんどイタカウエのおいちゃんがきたときにおれいいわなきゃ♪」


 面で表情は見えないが嬉々とした声色こわねの橋姫。


 邪神の歌声を紡いでいた自慢の咽喉のどは、今やかすれ声を絞り出す事しか出来ない。


 綾は自身のくびが潰される感触を味わい乍ら、その意識を閉じる。


 グッタリして抵抗しなくなった彼女に興味が無くなったのか、橋姫は彼女をポイした――。





 外法衆侵入! その五 了

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