外法衆侵入! その四

 一九一九年七月 帝居地下 神殿区画





 先ず、〈ダゴンとハイドラ権田 夫妻〉が瑠璃家宮 像から離れ気狐を引き付ける事に成功する。

 蝉丸は先程の発砲で多野を相手に選んだらしく、橋姫の相手は蔵主 社長と綾に決定した。


 余所よその戦況に構わず瑠璃家宮 像へと突進する橋姫。

 踏み込み時の膂力りょりょくが余りにすさまじいので、混凝土コンクリートの床面が無残にも破壊される。


 反応が遅れたのか、蔵主、綾ともに動けない。


『はきょくどー!』と技名を叫んだ橋姫は、瑠璃家宮 像触手部分の破壊に成功する。


 橋姫がいま使用している金剛力士・剛力法は、その名の通り剛力を授ける秘術だ。

 正確には、対象の赤血球を増殖させて酸素供給量を上げ、活力エナジー代謝を活発化させる。


 この時点で橋姫の赤血球数は成人平均より四〇パーセントほど増加しており、彼女が力を込めて一般人を殴れば豆腐の如く潰れてしまうだろう。


 そんな橋姫が繰り出す体当たりは、土工板付き牽引車ブルドーザーごと踏破力とうはりょくを発揮する。


 然も突進力が有り余り、瑠璃家宮 像を損傷させた後も走り続ける始末だ。

 今度は触手を展開していない左半身を狙う橋姫。


 橋姫の怪力と狙いを理解した瑠璃家宮 陣営は恐怖にられる。

 し異形化していない左半身を破壊されたでもしたら、それこそ瑠璃家宮の蘇生は絶望的。


異魚〉が動く。

 目標に向かい突進する橋姫に攻撃音波を浴びせた。

 音波は見事着弾。

 身体側面に食らった橋姫が吹き飛ばされた。


 障壁バリアは展開していたのだろうが、幼児体型なので如何いかんせん腕が短い。

 上手く受け身を取れず、床に後頭部を打ち付けてしまう。


 橋姫は直ぐ上体を起こすも、割座わりざ(女の子座り)の姿勢でとうとう泣き始めた。


「……ぅぅっ、ゔえ~~~~~~~~~~~~ぇん!

 いだいっ、いだいぃよぉ~~~~~~~~~!

 っぐぅ……ゔぅうっ……ギコぉ~~~おんぉん……ゼミマルぅっゔぅ……」


 泣きじゃくる橋姫を戦闘中にもかかわらず気狐はしかり、交渉中にも拘らず蝉丸はたしなめる。


『橋姫はプリンセスなんだろ。

 その程度でピーピー泣くな。

 怪我した師匠や死んだ武悪に笑われっぞ』


『油断してしまいましたね。

 今度からは相手の能力を考えて行動してみましょう』


「……ゔん、わがっだ……。

 チュウジョウとブアクみだいにやっでみる!」


 軍服のそでで涙と鼻水をいた巨大幼女に、容赦なく攻撃音波を放射する綾。


 対する橋姫は、迫る音波をかわし乍ら連続で三密加持を執り行なう。


 内縛ないばくし、右手の親指を立てる形の密印ムドラー聖観音印しょうかんのんいん

『――おん・あろりきゃ・そわか――』と真言マントラを唱え、聖観音しょうかんのん連壁法れんぺきほうを成す。


 次に、てのひら仰向あおむけにして小指側のみを触れ合わせる顕露合掌けんろがっしょうの形から、薬指と中指の先端を付け、人差し指と親指は緩やかに曲げる地天印じてんいんを結んだ。

『――なうまくさんまんだ・ぼだなん・はらちびえい・そわか――』と真言マントラを唱え、地天じてん造床法ぞうしょうほうを成す。


 続けて右手の薬指と小指は立てたままで親指を掌側に折り、その上に人差し指と中指を第二関節から折り乗せる形の風天印ふうてんいんを結んだ。

『――なうまく・さんまんだ・ぼだなん・ばやべい・そわか――』と真言マントラを唱え、風天ふうてん自在法じざいほうを成す。


 迫る橋姫に蔵主がサベージM1907で射撃。

 ただし、思考と感覚の高速化クロックアップを発動している橋姫は難なく弾道を見切る。


 だが蔵主の射撃は牽制けんせい

 本命は綾の攻撃音波だ。


 射撃で退路を断たれた橋姫へ攻撃音波が迫り、橋姫 前方に設置された障壁バリアを破る。

 轟音はそのまま橋姫を吹き飛ばすかと思いきや、橋姫を中心に渦巻く風によってき消された。


 もう銃撃も音波放射も間に合わない。

 蔵主は何とか水刃ハイドロブレードを展開し橋姫に対応する構え。


『ギュルルルルルルルルゥゥーーーーーーーーーッ!』


 風を纏った橋姫が蔵主と綾に到達。

 ふたりの中間地点で両手を伸ばし、竹トンボの如く回転した。


「ぐるぐるーーーー!」


 その場で回転する橋姫の姿はすこぶ滑稽シュールだが、やられた方はたまったものではない。

 綾の孕み子が障壁バリアを張れたものの、踏ん張りがかないため簡単に吹き飛ぶ。


 一方の蔵主は、右腕の水刃ハイドロブレードを繰り出した。

 水分不足により本領発揮は出来ないものの、人体組織の斬断ぐらいは問題ない。


 ましてや、眼前の対象は身長こそ並外れているが幼女である。

 その肉叢ししむらさぞかし柔らかい事だろう。


 柔らかくなかった。


 水刃ハイドロブレードは骨を断つどころか肉も斬らせて貰えず、薄皮うすかわ一枚すらもげない。


 もはやなまくらと変わらない水刃ハイドロブレードは、橋姫の回転双腕撃ダブルラリアットによって無残にも折り飛ばされた。


 蔵主に二回転目が迫る。

 彼は左腕の水刃ハイドロブレードでとっさに頭部を庇うが……


「そぉ、そんなぁぁ……」


 敢え無く折り飛ばされ橋姫の剛腕を食らってしまった。


 結局吹き飛ばされる破目になった綾と蔵主に対し、回転双腕撃ダブルラリアットを決めた橋姫は気の早い勝ち台詞ぜりふまで披露する。


「みたか!

 たる、じゃなかった……ろしあのあかきさいくろん!」


 文句を間違えたのか言い直した橋姫……。

 彼女が勝ち誇る最中さなか水刃ハイドロブレードが折れ飛ぶ様をの当たりにした蔵主と綾が絶望に沈む。


 橋姫は目が回ったのか、回転双腕撃ダブルラリアットを終え若干じゃっかんだがふら付いた。

 そこを見逃さなかった蔵主が反撃を試みる。


 蔵主の接近に気付いた橋姫は再び回転双腕撃ダブルラリアット

 蔵主は身を屈めて滑り込むスライディング

 矮躯わいくだった事も功を奏し、回転する剛腕をくぐる事に成功した。

 両かかとから展開する水刃ハイドロブレードで挟み込むように足元を狙う蔵主。

 橋姫はまだ回転途中。

 そのまま足を斬断しに掛かった。


 出来なかった。


 連壁法による障壁バリアと橋姫のいている長靴ロングブーツには斬れ目が入ったが、どうしてもはだえを通らない。

 鋼鉄をも超える硬さを備えた肌が、又も水刃ハイドロブレードを折り飛ばす。





 外法衆侵入! その四 了

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