第二節 外法衆侵入!

外法衆侵入! その一

 一九一九年七月 帝居地下 神殿区画





 神日本帝国の首都である帝都。

 総人口は一九一九年現在、三百三十万人を優に超える。

 その人民の殆どが、足元に広大な地下空間が広がっている等とは夢にも思うまい。


 帝居地下で秘密裏に建設されている異形の神殿。


 昨年はここで邪神の精神を召喚する儀式が行なわれ、その際は邪霊の浸透した海水に満たされていた。

 現在水は引いているが、よこしまな潮の香りは未だ健在である。


 神殿前には、島木しまぎぬきが無い奇妙な形の鳥居が在った。

 無彩色で装飾も無い簡素な石造りなのだが、門柱上部は有り得ない程の滑らかさで螺旋を描き絡み合っている。


 門柱内側の空間が振動すると、神殿が鎮座する地下空間全体に広がった。

 次第に強まり、振動を超え鳴動となる。


 鳴動はこの空間が共振している証左。

 不穏を通り越して凶兆を呼び込まんとする門。


 次元孔ポータルが開く――。


 出て来たのは、蒼顔そうがんの少年とその手を握る白子しらこの母親。

 母親の方は、風呂敷に包まれた小箱を抱いている。


 少年とその母が次元孔ポータルから遠ざかると、少年の念動術サイコキネシスにより宙に浮いた状態で負傷者達が出現した。


 彼らは霊力を使い果たし異形化が解除されている。

 異形化の際に衣服も損傷し、ほとんど裸同然の者もいた。

 その他にも、各種銃器や背嚢バックパックなどの荷物が続く。


 最後は、右半身から膨大な数の触手を伸ばした化け物の石像……皇太子 瑠璃家宮 玖須人くすひと 親王しんのうが転移して来た。

 外吮山の闘いで神力しんりきを開放した瑠璃家宮は、過剰な霊力行使の余波でその身が石化している。


 少年が不意に目を瞑った。

 何かに集中しているようで微動だにしない……。


 寸刻すんこくの後少年は密かに笑みを浮かべるも、心配した母親が彼の手を引くと直ぐに真顔へと様変わりする。


 外吮山での激闘を終えた顔ぶれが揃うと、少年は次元孔ポータルを閉じ念動術サイコキネシスを解いた。

 瑠璃家宮 達が着地したのを見計らい、少年は多野 教授に掛けられた催眠術を外し正気へと戻す。


「……こ、ここは、帝居地下……。

 で、殿下は……殿下は御無事で?」


「起きたか多野 教授。

 早く手筈を調えた方がいい。

 部下達が死んでしまうぞ……」


 少年の蒼顔を見て狼狽うろたえる多野は、激しい動悸にさいなまれ乍らも礼を言う。


「こ、これは宮司殿……。

 いや、今は上鳥居かみとりい……維婁馬いるま 殿ですな。

 この度は誠に……」


「礼はいいからさっさと救護班を呼べ。

 さもなくば大事になるぞ」


 維婁馬と呼ばれた蒼顔の少年の言葉に威圧感を抱いたのか、多野は帝居に詰めている配下の魔術師と精神感応テレパシーで連絡を取る。


『誰か。

 誰でも良い。

 誰かおらぬか!』


『多野 教授、御帰りで!

 御無事で何より』


『……無事などではないわ!

 蔵主 社長、権田 夫妻、綾 様は深手を負い、宗像 殿も未だ目をまさぬ。

 それに殿下が石化されておるのだぞ。

 一刻も早く救護班を寄越せ』


『はっ!

 多野 教授、重井沢へは確かもう御ひとりいらっしゃった筈では?』


『宮森 君か……。

 驚く事にまだ息が有るが、この傷ではどのみち助かるまい……』


 ここで維婁馬が会話に割り込む。


『その男は死んでいない……。

 彼にも人員をけ』


『き、聞いての通りだ。

 怪我の度合いは宮森 君が一番重い。

 集中治療室へは彼を運べ。

 加えて、邪念水と血入り紅茶を用意せよ。

 私がこの場で殿下の石化解除を試みる。

 後は……簡単なもので構わん。

 頼子 君と綾 様に衣服を頼む』


『承知しました。

 御言い付けの物、大至急準備いたします!』


 それから程なくして救護班が到着。

 蔵主 社長、権田 夫妻、綾に邪念水を振り掛け応急処置を施した。


 負傷の程度が軽かった宗像は血入り紅茶を飲んだだけで回復し、蒼顔の少年を見てはギョッとする。


「げっ、あの顔色の悪いわっぱはなんや……。

 て、今はそないなこと言うとる場合やない。

 宮森はん、ほんにえらい事になったな。

 顔の皮はがされとるやないかい。

 そんで両手はなんや、火傷でズタボロになっとる。

 右眼窩がんかにはポッカリと穴が開いとるし……。

 多野 教授、ワイも集中治療室に行って宜しいか?」


「……何か出来る事があれば御頼みする……」


 多野の許可を得た宗像が救護班と共に立ち去ろうとすると、顔色の悪いわっぱが彼に何かを投げ寄越した。


 宗像は血糊ちのりでベロベロとしたソレを触り確かめる。


「……おっと、なんや、護謨引ゴムびきの布か何かか?

 げえ~‼

 こ、コレ、もしかして宮森はんの顔の皮やないの?

 一応、持って来てくれてたんやな。

 あ、あんがとさん……」


 顔皮がんぴ仰天ぎょうてんしたのも束の間、宗像は集中治療室に運ばれる宮森を追い掛ける。


 比星 すみは、その様子を複雑な面持ちで見守っていた……。


 多野は血入り紅茶を喫し霊力を回復させ、蔵主、権田 夫妻、綾に気付けを施す。


 救護員は各人の負傷を確かめ、頼子と綾にはそれぞれに合う入院着を着せた。


 目を覚ました蔵主 達が互いの生存を確かめる。


「……ここはぁ、むにゃむにゃぁ……はうあぁっ⁉

 多野 教授ぅ、無事だったんですねぇ。

 権田 夫妻もぉ」


「……くそっ、外法衆に後れを取るとは、我ながら情けない……。

 頼子、左腕は大丈夫なのか?」


「ええ、何とか再生させています。

 それよりあなた、今は後悔より回復を優先しましょう。

 綾 様、これを少しづつ御飲み下さい……」


 邪念水の入った水筒を綾へと渡し、自身そっちのけで綾を気遣う頼子。


 そんな綾は、自身のはらみ子と良人おっとを思いやる。


「……ありがとう、頼子さん。

 ふふ、赤ちゃんも良くがんばったね。

 でもお兄様は……。

 多野せんせー、お兄様はどうなるの?」


「御心配には及びません。

 この私が必ずや元に戻して御覧に入れますよって……」


 負傷者一同は邪念水を飲み回復に専念。

 多野は瑠璃家宮の石像に触れ、少しづつだが石化解除の術式をほどこしていた。


 石像と化した瑠璃家宮に触れている多野の顔が安堵あんどで緩む。

 どうやら死んではいないらしい。



『…………』



 瑠璃家宮像を前に目をつぶる維婁馬だが、何か思う所でもあるのだろうか……。


 瑠璃家宮の容体ようだいが安定したと踏んだらしく、多野はず怖ずと少年に懇願こんがんする。


「維婁馬 殿、この場はもうそろそろ落着するかと……。

 御身おんみにおかれましては、早急さっきゅうに薬を使用されますよう御願い申し上げます。

 もし薬を御持ちでないのでしたら、私が手配しますので救護室に御出で下さい。

 ささっ、澄 殿と御一緒にどうぞ……」


 ていの良い厄介払いと見たのか、当の維婁馬 本人は無表情だった。


 反対に悲壮な表情を浮かべる澄。

 彼女は急いで巾着きんちゃく袋を取り出し、中に入っていた注射器と薬液を取り出す。


 その薬液は、維婁馬の顔と同じ色をしていた。


 準備を整えた澄は、維婁馬の右袖口そでぐちまくり静脈注射をする。


「ほら、お水も……」


 澄から手渡された水筒に口を付け、先程よりは落ち着いた面持ちの維婁馬。

 その様子を確認した多野もホッと胸を撫で下ろす。


 澄も安心した様子だったが、途端に血相を変えて我が子を抱き寄せた。


 神殿が鎮座しているこの空間は非常に広大で、神殿や鳥居周辺一〇〇メートル四方を軍用投光器で限定的に照らしている。

 よって、投光範囲外はほぼ暗闇だ。


 その暗闇を見詰め言明する澄。


「何かが、来ます……。

 いえ、もう既に来ている!」


 どうやら澄は、探知魔術の才を備えているらしい。


 研ぎ澄まされた霊感で正体不明の存在を見抜いた澄は、手を繋いでいた維婁馬へと直通回線ホットラインで情報を伝達する。

 維婁馬がその存在を認識した瞬間、彼の凶大きょうだいな霊力が爆発的な高揚こうようを見せ地下空間へと満ち満ちた。


 維婁馬は思考と感覚の高速化クロックアップを行ない、一瞬で対策を導き出す。

 そして、誰にも知られぬよう実行した……。


 地下空間全体が維婁馬の支配下に入ったように感じられた瑠璃家宮 陣営一同。

 しかし次の瞬間には維婁馬の圧倒的な波動は消え、元の状態へと立ち戻る。


 先ほど維婁馬から発せられた息吹は、疲弊ひへいしている一同の錯覚だったのだろうか……。



『ボゴオオオオオォォン!』



 多野が錯覚の真偽を見定める間も無く、石化した瑠璃家宮の触手の一部が砕け散った。


 負傷を癒していた皆が何事かと目を見張る。


「もうここまで来よったのか……。

 早い……。

 余りにも早過ぎる……」



 事態を飲み込んだ多野は力なく西洋杖ステッキに身体を預け、ただ譫言うわごとのようにそう呟くのみであった――。





 外法衆侵入! その一 了

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