第二節 外法衆侵入!
外法衆侵入! その一
一九一九年七月 帝居地下 神殿区画
◆
神日本帝国の首都である帝都。
総人口は一九一九年現在、三百三十万人を優に超える。
その人民の殆どが、足元に広大な地下空間が広がっている等とは夢にも思うまい。
帝居地下で秘密裏に建設されている異形の神殿。
昨年はここで邪神の精神を召喚する儀式が行なわれ、その際は邪霊の浸透した海水に満たされていた。
現在水は引いているが、
神殿前には、
無彩色で装飾も無い簡素な石造りなのだが、門柱上部は有り得ない程の滑らかさで螺旋を描き絡み合っている。
門柱内側の空間が振動すると、神殿が鎮座する地下空間全体に広がった。
次第に強まり、振動を超え鳴動となる。
鳴動はこの空間が共振している証左。
不穏を通り越して凶兆を呼び込まんとする門。
出て来たのは、
母親の方は、風呂敷に包まれた小箱を抱いている。
少年とその母が
彼らは霊力を使い果たし異形化が解除されている。
異形化の際に衣服も損傷し、
その他にも、各種銃器や
最後は、右半身から膨大な数の触手を伸ばした化け物の石像……皇太子 瑠璃家宮
外吮山の闘いで
少年が不意に目を瞑った。
何かに集中しているようで微動だにしない……。
外吮山での激闘を終えた顔ぶれが揃うと、少年は
瑠璃家宮 達が着地したのを見計らい、少年は多野 教授に掛けられた催眠術を外し正気へと戻す。
「……こ、ここは、帝居地下……。
で、殿下は……殿下は御無事で?」
「起きたか多野 教授。
早く手筈を調えた方がいい。
部下達が死んでしまうぞ……」
少年の蒼顔を見て
「こ、これは宮司殿……。
いや、今は
この度は誠に……」
「礼はいいからさっさと救護班を呼べ。
さもなくば大事になるぞ」
維婁馬と呼ばれた蒼顔の少年の言葉に威圧感を抱いたのか、多野は帝居に詰めている配下の魔術師と
『誰か。
誰でも良い。
誰かおらぬか!』
『多野 教授、御帰りで!
御無事で何より』
『……無事などではないわ!
蔵主 社長、権田 夫妻、綾 様は深手を負い、宗像 殿も未だ目を
それに殿下が石化されておるのだぞ。
一刻も早く救護班を寄越せ』
『はっ!
多野 教授、重井沢へは確かもう御ひとりいらっしゃった筈では?』
『宮森 君か……。
驚く事にまだ息が有るが、この傷ではどのみち助かるまい……』
ここで維婁馬が会話に割り込む。
『その男は死んでいない……。
彼にも人員を
『き、聞いての通りだ。
怪我の度合いは宮森 君が一番重い。
集中治療室へは彼を運べ。
加えて、邪念水と血入り紅茶を用意せよ。
私がこの場で殿下の石化解除を試みる。
後は……簡単なもので構わん。
頼子 君と綾 様に衣服を頼む』
『承知しました。
御言い付けの物、大至急準備いたします!』
それから程なくして救護班が到着。
蔵主 社長、権田 夫妻、綾に邪念水を振り掛け応急処置を施した。
負傷の程度が軽かった宗像は血入り紅茶を飲んだだけで回復し、蒼顔の少年を見てはギョッとする。
「げっ、あの顔色の悪い
て、今はそないなこと言うとる場合やない。
宮森はん、ほんにえらい事になったな。
顔の皮はがされとるやないかい。
そんで両手はなんや、火傷でズタボロになっとる。
右
多野 教授、ワイも集中治療室に行って宜しいか?」
「……何か出来る事があれば御頼みする……」
多野の許可を得た宗像が救護班と共に立ち去ろうとすると、顔色の悪い
宗像は
「……おっと、なんや、
げえ~‼
こ、コレ、もしかして宮森はんの顔の皮やないの?
一応、持って来てくれてたんやな。
あ、あんがとさん……」
比星
多野は血入り紅茶を喫し霊力を回復させ、蔵主、権田 夫妻、綾に気付けを施す。
救護員は各人の負傷を確かめ、頼子と綾にはそれぞれに合う入院着を着せた。
目を覚ました蔵主 達が互いの生存を確かめる。
「……ここはぁ、むにゃむにゃぁ……はうあぁっ⁉
多野 教授ぅ、無事だったんですねぇ。
権田 夫妻もぉ」
「……くそっ、外法衆に後れを取るとは、我ながら情けない……。
頼子、左腕は大丈夫なのか?」
「ええ、何とか再生させています。
それよりあなた、今は後悔より回復を優先しましょう。
綾 様、これを少しづつ御飲み下さい……」
邪念水の入った水筒を綾へと渡し、自身そっちのけで綾を気遣う頼子。
そんな綾は、自身の
「……ありがとう、頼子さん。
ふふ、赤ちゃんも良くがんばったね。
でもお兄様は……。
多野せんせー、お兄様はどうなるの?」
「御心配には及びません。
この私が必ずや元に戻して御覧に入れますよって……」
負傷者一同は邪念水を飲み回復に専念。
多野は瑠璃家宮の石像に触れ、少しづつだが石化解除の術式を
石像と化した瑠璃家宮に触れている多野の顔が
どうやら死んではいないらしい。
『…………』
瑠璃家宮像を前に目を
瑠璃家宮の
「維婁馬 殿、この場はもうそろそろ落着するかと……。
もし薬を御持ちでないのでしたら、私が手配しますので救護室に御出で下さい。
ささっ、澄 殿と御一緒にどうぞ……」
反対に悲壮な表情を浮かべる澄。
彼女は急いで
その薬液は、維婁馬の顔と同じ色をしていた。
準備を整えた澄は、維婁馬の右
「ほら、お水も……」
澄から手渡された水筒に口を付け、先程よりは落ち着いた面持ちの維婁馬。
その様子を確認した多野もホッと胸を撫で下ろす。
澄も安心した様子だったが、途端に血相を変えて我が子を抱き寄せた。
神殿が鎮座しているこの空間は非常に広大で、神殿や鳥居周辺一〇〇メートル四方を軍用投光器で限定的に照らしている。
よって、投光範囲外はほぼ暗闇だ。
その暗闇を見詰め言明する澄。
「何かが、来ます……。
いえ、もう既に来ている!」
どうやら澄は、探知魔術の才を備えているらしい。
研ぎ澄まされた霊感で正体不明の存在を見抜いた澄は、手を繋いでいた維婁馬へと
維婁馬がその存在を認識した瞬間、彼の
維婁馬は思考と感覚の
そして、誰にも知られぬよう実行した……。
地下空間全体が維婁馬の支配下に入ったように感じられた瑠璃家宮 陣営一同。
しかし次の瞬間には維婁馬の圧倒的な波動は消え、元の状態へと立ち戻る。
先ほど維婁馬から発せられた息吹は、
『ボゴオオオオオォォン!』
多野が錯覚の真偽を見定める間も無く、石化した瑠璃家宮の触手の一部が砕け散った。
負傷を癒していた皆が何事かと目を見張る。
「もうここまで来よったのか……。
早い……。
余りにも早過ぎる……」
事態を飲み込んだ多野は力なく
◇
外法衆侵入! その一 了
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