外法衆侵入! その二

 一九一九年七月 帝居 外苑がいえん





 隠形法を使用している外法衆若手三人組は、帝都への侵入にいとも容易たやすく成功した。

 これはつい先日行なわれた〈白髪の食屍鬼グール〉らによる帝居襲撃事件で、多くの瑠璃家宮 派魔術師と帝宮警察官が排除された事に起因する。


 本来であれば高度な探知魔術を扱える魔術師が警備の指揮に当たるのだが、今は人材不足でそれ所ではなくなっていた。

 また負傷、殉職した帝宮警察官の代わりとして動員されたのは、九頭竜会に多額の借金をしている多重債務者達である。

 その彼らを臨時警備員として使っているのだ。


 彼らは当然魔術や魔術師と云った事柄は知らされていない。

 知っている事と云えば、何者かが帝居を襲撃した際に多数の死傷者が出たぐらいだった。

 そのため元から士気が低く、指揮系統の混乱なども折り重なり現在の警備は穴だらけになっている。


 周囲の安全を確認した後、張り切って同僚に指示する気狐。


『よーし、侵入成功!

 こっからは地下に潜るからな、暗くても視えるよーに秘術を展開するぜ。

 橋姫もいいな?』


『うん。

 にっこうぼさつ・ぞうこうほうだよね』


『ちがーう!

日光菩薩にっこうぼさつ造光法ぞうこうほう】は辺りを明るくする秘術だ。

 そんなんやってみろ。

 忍び込んでんのがソッコーバレちまう。

 隠れた状態で周りを視たい時にはだな、【月光菩薩がっこうぼさつ明光法みょうこうほう】を使うんだよ!』


 ここで蝉丸が月光菩薩・明光法の三密加持を執り行ない、密印ムドラーの形を橋姫に送る。


『橋姫、僕がするように密印ムドラーを組んでから真言マントラを唱えて下さい。

 それから、光を作る場所はお面の内側ですからね』


 左手は拳を握り、人差し指のみ第一、第二関節を深く曲げたままで立てる。

 右手は中指、薬指、小指はそのまま立て、親指と人差し指で輪を作り月光菩薩印を成した。


『――オン・センダラ・ハラバヤ・ソワカ――』と蝉丸が真言マントラを唱えると、月光菩薩・明光法が完成。


 橋姫もそれにならう。


『むーすーんで、ひーらーいーて、てーをにぎって、おりまげてー♪

 まーんーとーらー、とーなーえーて、みーほとけーをむーねーにー♪

 ――おん・せんだら・はらばや・そわか――』


『くらいところでもみえるー♪』とはしゃぐ橋姫。

 もし彼らが隠形法を使っていなかったなら、面の覗き穴から緑色光が漏れているのが判る筈だ。


 但し、盲目の皇子をかたどった蝉丸面からは光が漏れていない。

 蝉丸だけは、明光法を展開していないのだろう。


 ここで気狐が意地悪問題を出題する。


『なあ橋姫、明光法と視覚拡張術式の違いはな~んだ?』


『へ?

 しかくはさんかくじゃないよ』


『ち、が、う!

 視覚、拡張、術式!

 つまり、目を良くする秘術との違いは何かっていてんの!』


 右手人差し指を唇に当ててポカ~ンと上向く橋姫。

 彼女なりに一生懸命考えているのだろう。


『えーっとね。

 くらいところでめをよくするとね。

 きゅうにひかったときに「まぶしーっ!」てなるのね。

 でもぞうこうほう……じゃなかった、みょうこうほうはね。

 もとからひかってるから「まぶしーっ!」てならないの♪』


『うっ⁈

 正解だぜ……』


『してやられましたね気狐。

 正確には、蛍などの生き物が発光する際に使う物質を目の周辺に作っている訳です。

 この発光素と触媒しょくばい酵素を化学反応させ……』


『ごたくはいらねーって。

 要は視えりゃいーんだ視えりゃ』


 気狐はそう言うが一応解説しておこう。

 蛍、深海魚、微生物などが体内に持つ発光物質はルシフェリンと呼ばれる。

 ルシフェリンは触媒酵素であるルシフェラーゼによって酸化し、蛍光性を持つ酸化物であるオキシルシフェリンが生成されるのだ。


 生成されたオキシルシフェリンは励起れいき状態にあり、それが基底きてい状態へと向かう過程で光を発する。

 多くの生物発光はこの仕組みによるものだ。


 このオキシルシフェリンを面の覗き穴周辺に生成する事により、彼らは暗闇でも視界を得る事が出来る。

 眼球の光に対する感度を上昇させている訳ではないので、明暗変化が起こった場合でも急激な明・暗順応が起きにくいのが利点だ。


 その為、視覚拡張術式の弱点である閃光に強い。

 発光物質を使用しているため暗所で目立つのが欠点だが、彼らは隠形法による認識阻害でこの欠点を帳消しにしている。


[註*明・暗順応=目が慣れて来る事。

 暗い状態から明るい状態に変化した時に起こるのが明順応。

 明るい状態から暗い状態に変化した時に起こるのが暗順応]


 蘊蓄うんちくを聞きたくないのか、蝉丸をかす気狐。


『さ、橋姫に準備させとけ。

 オレが指示したら文句言うかも知んねーから』


 解説をさえぎられ不服そうな蝉丸。

 しかし時間が惜しいのか、橋姫に更なる三密加持を要求した。


『はいはい。

 では橋姫、いつ敵が出てきてもいいように貴女の得意技を出しておきましょう』


『わかったー』と無邪気に返事をした後、ぷっくりとした指で甲斐甲斐かいがいしく密印ムドラーを結ぶ。


 両手それぞれで拳を握り、親指を人差し指と中指の間に通すは金剛拳こんごうけん

『おん・うーん・そわか』と真言マントラを唱える。


 気狐もそれに合わせ三密加持を行なった。


 両手を軽く握り親指の爪と人差し指の爪の先端を合わせる。

 左拳は伏せ、右拳のてのひらを顔に向けるは金剛薩埵印さったいん


『――オン・バサラ・サトバ・アク――』と真言マントラを唱え、金剛薩埵こんごうさった豪剣法ごうけんほうを成立させた。


 腰の留め具ホルダーにぶら下げていた金剛杵こんごうしょの一種である三鈷杵さんこしょを取り外す気狐。

 一般的な物と比べ、かなりの大型である。


 気狐が三鈷杵に霊力を注入すると、片側中央から刃渡り三しゃく(約九一センチメートル)程の両刃りょうばが伸長した。

 まさしく三鈷剣さんこけんである。


「さあ、橋姫も気狐みたいにやってみて下さい」


 蝉丸がうながすと、橋姫も同様の三密加持を行なった。


「うん、わかったー。

 ――おん・ばさら・さとば・あく――」


 見たところ武器を持っていない橋姫。

 金剛薩埵・豪剣法をどのように扱うのだろうか……。


金剛力士こんごうりきし剛力法ごうりきほう】を発動した橋姫と三鈷剣を逆手さかてに構えた気狐。

 ふたりは意気揚々と立ち発進姿勢スタンディングスタートの構えを取る。


『キコー、こっからはしょうぶだからねー!』


『よし来た!

 蝉丸、おまえも参加しろよ』


『はいはい。

 用意はいいですか?

 ひいふうみい!』


 一斉に飛び出す気狐と橋姫。

 その爆発的な加速は常人の域を遥かに超えている。


 蝉丸は少々後れを取るも、相変わらず目を瞑り障害物を避けて走る様は器用そのものだ。



 三人が去ったあとしばらくして、巡回警備員が地面に掘り跡らしきものを発見する。


 その一つは、アメリカバイソンが踏み締めたかのようにはなはだしくえぐれていた――。





 外法衆侵入! その二 了

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