玉藻の憂鬱 その三

 一九一九年七月 帝居周辺 盗人宿セーフルーム





 玉藻との通信が終了。

 若手三人組は作戦概要の確認に移った。


 幼い橋姫にも理解できるよう、簡易な言葉を交え説明する蝉丸。


「橋姫、これから帝居でかくれんぼしますよ。

 瑠璃家宮とう石になった悪い人を壊す遊びです。

 見付かったら負けですから気を付けましょうね」


「いちばんはやくルリヤノミヤをこわしたひとがかちー。

 みつかったらまけー。

 セミマルー、どうやってかくれるのー?」


「この前習った隠形法おんぎょうほうを使いましょう。

 橋姫、憶えていますか?」


「おんぎょうほー、ってなんだっけ?」


「こうやんだよ。

 良くとけお子ちゃま」


 気狐が霊力を集中し、三密加持さんみつかじを行なう。


 左手の親指を他の四指で握り拳の形にして、その握り拳を右手全体で下から包む密印ムドラー摩利支天印まりしてんいん

『――オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、摩利支天・隠形法を成した。


 気狐の姿がえなくなった事を不思議がる橋姫。


 隠形法とは、強力な認識阻害を引き起こす秘術。

 その為、使用者の肉声が他者に届く事は通常有り得ない。


 精神感応テレパシーを使い橋姫に語り掛ける気狐。


『どうだ橋姫、思い出したか?

 これが出来なきゃ蝉丸から笑われっぞ』


「ハシヒメおもいだしたー。

 これつかってキコがおしっこしてるとこみたもん」


『何……だと……⁈

 だから生えてねーって知ってたのか!

 あ……』


『気狐、自爆してますよ……』


 気の毒そうな視線を気狐に寄越し……と云っても蝉丸は目を瞑っているのだが、彼は橋姫の隣で密印ムドラーを結んで見せる。


「さあ、僕と同じように手を動かして下さい」


「むーすーんで、ひーらーいーて、てーをにぎって、おりまげてー♪

 まーんーとーらー、とーなーえーて、みーほとけーをむーねーにー♪

 ――おん・あにち・まりしえい・そわか――」


 見た目は微笑ましいが効力はしっかりと表れ、橋姫の姿もふたりからは視えなくなる。


 遅れて蝉丸も隠形法を成し、今は三人が三人とも互いの姿と肉声を認識できない状態だ。


 ここで蝉丸が精神感応連鎖テレパシックリンクを構築してふたりと連絡を取る。


『良く出来ましたね橋姫。

 ではこれより帝居へ向かいましょう。

 くれぐれも、我々にくみする一般職員や魔術師には手を出さないように。

 特に魔術師は識別信号を出しているはずですからね。

 間違えて攻撃してはいけませんよ』


『そんくらい解ってるって。

 雑魚ざこなんかに用はねーしな。

 戦闘が想定されんのは、瑠璃家宮とその側近そっきんだけなんだろ?

 へへっ、楽勝じゃねーか。

 橋姫、どっちが先に瑠璃家宮ぶっ壊せるか競争しよーぜ!』


『むー……ハシヒメはぜったいまけないもん。

 ぷりんせすだもん!』


 プリンセスと云う単語にやけにこだわる橋姫。

 そんな彼女を蝉丸がいさめる。


『橋姫、人前では絶対に自分が王女様だのプリンセスだのと言ってはいけませんよ。

 悪い人にばれたら大変な事になってしまいますからね。

 後、姿も決して見せない様に。

 でないと負けになってしまいます』


『うん、わかったー』


 彼らはすでに、耐熱機能が付加された特殊軍服を着ている。

 後は、隊員の証である面を着けるだけだ。


 赤狐しゃっこ面を付ける気狐。

 その仕草は先程までの落ち着きのなさとは違い、どことなく誇らしだった。


 外法衆正隊員に抜擢ばってきされる道筋は二通り。

 一つは井高上 大佐など、大昇帝 派幹部の推薦。

 もう一つは準隊員からの成り上がり、いわゆる叩き上げである。


 気狐は元準隊員で、中将にその才を見出され彼の許で修業に励んだ。

 中将の課すぎょうは常に死と隣り合わせであったが、叩けば叩くほど強靭きょうじんになる精神でもってその技を磨き上げて行く。

 その甲斐もあり見事正隊員へ昇格、赤狐面を手に入れた。


 外法衆準隊員は、基地外任務の際に白狐はくこ面を着ける。


 その面が赤くなるのだ。

 どれ程の困難が降り掛かったのかは想像にかたくない。


 そう、赤狐面の赤は厳しい訓練を耐え抜く際に吐いた血反吐ちへどであり、命懸けの任務で幾人もの敵をほふって来た返り血でもあるのだ。


 気狐が蝉丸に問う。


『なー、り抜きとかえ抜きって外来語でなんて言うんだっけ?』


『選り抜きと生え抜きは意味が違いますよ。

 気狐が言いたいのは「第一人者」の事でしょう。

 英語では「aceエース」ですね』


『へっ、オレ様はそのエースって訳だ。

 なんせ赤いからな。

 赤は三倍だぜ三倍!』


『赤は三倍!』と息巻く気狐は放っておき、橋姫に面を手渡す蝉丸。


『さあ、橋姫もお面着けましょうね。

  ひとりで上手に出来るかな?』


『ハシヒメもおめんつけるー!

 むー……ひもがこんがらがるー。

 キコやってー』


『オレかよ!』


 被ったはいいが上手く紐を結べない橋姫を、仕方なく気狐が手伝う。


『よーし、ハシヒメもそーちゃくかんりょー!

 ハシヒメのもおかおがあかいぞー。

 めもきんだぞー、はもきんだぞー』


 蝉丸の方も着け終わり、三人共戦装束いくさしょうぞくに着替え終わった。


 橋姫の面はその名の通りで、赤肌に金眼金歯の鬼女面。

 蝉丸の面は、目を閉じ安らかな表情の少年面である。


[註*橋姫面はしひめめん=能の演目『橋姫はしひめ』や『鉄輪かなわ』で使用される鬼女を表した面]


[註*蝉丸面せみまるめん=能の演目『蝉丸せみまる』でのみ使用される、盲目の少年皇子おうじを表した面]


『んじゃ、そろそろ行くか!』


 気狐の合図で盗人宿セーフルームを後にする三人。

 部屋にはクレヨンセットと画用紙がほっぽり出されている。


『ハシヒメこれあつめてるのー♪』


 画用紙には首を千切られた人体らしき像が描かれ、その脇にはビー玉を抜く為に破壊されたラムネ瓶が転がっていた――


 のであるが……。


『むー……おくつのひもがこんがらがるー。

 ねー、キコー。

 おくつのひもむすんでー』


『だからなんでオレなんだよ!』



 未だ精神感応テレパシー通信を繋ぎこの場を傍観ぼうかんしていた玉藻は、とうとう今日三度目の嘆息を吐き出した……。





 玉藻の憂鬱 その三 了

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