玉藻の憂鬱 その二

 一九一九年七月 帝居周辺 盗人宿ぬすっとやど(セーフルーム)





 大昇帝 派が帝居周辺に用意した盗人宿セーフルームには、外法衆期待の若手三人が詰めていた。


 内ふたりの少年が将棋に興じている。


「あー、めっちゃ暇だわー。

 天芭 隊長達なにやってんだよ。

 もう待てねーよ」


 ぶっきらぼうに言い放った五分刈ごぶがりの少年。

 彼は外法衆正隊員の気狐である。

 背丈は日本人男性平均で、年の頃は十七、八。


 一見痩せ型だが引き締まった身体付きで、軍服の袖から覗く両手と顔には多くの傷痕きずあとが見られた。

 数え切れない死線をくぐり抜けて来た証である。


「我慢して下さい。

 待つのも仕事のうちですよ」


 丁寧な言葉使いの少年が蝉丸。

 細身で細面ほそおもて

 年の頃は十四、五か。

 気狐とは対照的に、彼の顔や手に目立った傷は無い。


 そして常に目をつぶっている。

 盲目なのだろうか。


 ふたりが打っている将棋駒は、かえで材に墨字で種類を記した廉価品で、うるしで文字が浮き上がっているたぐいの高級品ではない。


 しかし蝉丸は、駒表面を指でなぞり判別している。

 盲牌もうはいならぬ盲駒もうくった所か。


「あ、ここで王手です。

 これで僕の勝ち分は一円(現在の貨幣価値で約四千円)になりましたよ」


「うそーん」


 気狐の軽いなげきに乗っかって来る者がいた。


「またキコのまけー。

 ねーねー、こんどはハシヒメとあそんでよー。

 あっちむいてほいやろー」


 波打つ銀髪に翠色みどりいろの瞳。

 明らかに白色人種コーカソイドだ。

 肌はふっくらとした丸みを帯び、万人に柔らかな印象を与える。

 幼い顔容かんばせ寸胴ずんどう体型。

 舌足らずな喋り方はどこまでも幼女のもの……なのだが、体格が異常だった。

 日本人女性平均を超える背丈なのである。


 巨大幼女はおやつ代わりの煮干しを平らげ、『ぷはーっ!』とラムネを飲み干した。


 その姿を見て呆れ返る気狐。


「まーた煮干しで一杯やってんのか。

 そんなに飲んでっと、そのうち武悪のおっさんみてーになるぞ」


「ハシヒメはおっさんになんてならないもん。

 にぼしにはてつぶんがいっぱいで、てつぶんはれでぃーにひつようだってオキナがいってたもん。

 それよりもあっちむいてほいしてあそんでよー」


「やらねーって!」と気狐は邪険に扱うが、ビー玉の入ったラムネ瓶をフリフリ橋姫は諦めない。


「いーやーだー、あーそーぶーのー。

 キコはハシヒメとあーそーぶーのー。

 あっちむいてほいやーるーのー」


「んな無意味なもんやるかっての。

 蝉丸、このお子ちゃま何とかしてくれ……」


「ハシヒメおこちゃまじゃないもん。

 れでぃーだもん。

 ぷりんせすだもん!」


 苦笑いの蝉丸がなだめる。


「まあまあ……。

 そうだ、お絵描きはどうですか橋姫。

 まだこの国では珍しい、クレヨンと云う画材が有りますよ」


「ねーセミマルー、がざいってなーにー?」


「お絵描き道具です。

 橋姫はぐに色鉛筆を折ってしまいますから、代わりにクレヨンを使いましょうね」


 そう言って蝉丸は立ち上がり、棚から画用紙とクレヨンセットを取り出した。

 目を瞑っている割には迷いの無い動作である。


「やたー!

 おえかき、おえかき、くれよん、くれよん♪」


 早速御絵描きを始める橋姫だったが、クレヨン独特の手触りと匂いに興味が移ってしまった。


「むー、くれよんへんなにおいがするー。

 ちょこれーとにもにてるー。

 ねー、くれよんてたべられるー?」


「食えるわけねーだろ!

 蝉丸が余計なもん出すから、子守りの手間ふえちまったじゃねーか!

 ったく、どいつもこいつも……って、ようやく来やがったか」


 真顔に戻った気狐が蝉丸を見ると、彼は縁側えんがわの方を向き意識を集中している。

 玉藻からの思念が入ったらしい。


『蝉丸よ、玉藻じゃ。

 いま媼から連絡が入っての。

 瑠璃家宮 一派は満身創痍まんしんそういで帝居に転移した可能性が高い。

 お主らは帝居へと侵入、瑠璃家宮を暗殺せよ』


うけたまわりました。

 玉藻さん、作戦上の注意点などは有りますか?』


『奴らの転移先じゃが、転移門のある帝居地下神殿の可能性が高い。

 帝居地下神殿は彼奴きゃつらの本拠地、何か仕掛けがあるやも知れんから注意を怠るな。

 場所は今から送る』


 三人に帝居地下の詳細地図写像イメージを思念に乗せて送る玉藻。

 そのまま続ける。


『で、外吮山で隊長達が会敵した瑠璃家宮 一派は全部で八人。

 うち、宮森 遼一は死亡が確認されている。

 蔵主ぞうす 重郡しげさと権田ごんだ 益男ますお、権田 頼子よりこは重症。

 瑠璃家宮は完全に石化しているとの事』


 気狐が通信に割り込む。


『玉藻のあねさん、重井沢に向かった隊長達はどーなったんすか?』


『心して聞け。

 隊長は治療繭送りが確定する程の重症。

 武悪は死亡した』


『何だって!

 じゃあ師匠は、師匠は無事なのかよ⁉』


 気狐 達の思念が驚愕と憂患ゆうかん狭間はざまで揺れる。


『中将の負傷は大事ない。

 さわりが残る事は無いゆえ心配いらん』


『ふ~っ。

 まさか師匠がやられたんじゃねーかと思って冷や冷やしたぜ……』


 気狐は中将の弟子らしい。


 ここで橋姫も会話に参加する。

 もっとも、橋姫の方は肉声も出てしまっているが。


『むー……ブアクしんじゃったの?

 ブアク、いろいろおもしろいザツブツつくってくれたのにな……。

 ハシヒメかなしー……』


[註*雑仏ざつぶつ=俗にリビングデッド・ゾンビ、ホムンクルス・ゴーレム等と呼ばれる人造生命体の事。

 詳細は『カルマメイカー ~焦海の異魚(ひがたのにんぎょ)~ 第二幕 幕間 その三 武悪の図鑑 LIVE 幻魔 その二』を参照されたし]


『そうじゃな。

 武悪の死に報いる為にも、今回の仕事は成功させねばならん。

 橋姫も、蝉丸の言う事を良く聞いて行動するのじゃぞ』


『うん、わかったー。

 ねえタマモ、しんだひとのためにたたかうことなんていうのー?』


とむらい合戦じゃな』


『とむらいがっせん、とむらいがっせん♪

 ブアクがんばれー♪』


『だから武悪のおっさんは死んじまったっつーの!』


 気狐のツッコミを余所よそに、蝉丸が会話を引き継ぐ。


『玉藻さん、残りふたりの損耗程度は?』


『うむ。

 多野たの 剛造ごうぞう宗像むなかた 藤白とうはくの負傷は軽微なるも、霊力は使い果たしている模様もようじゃ』


『しかし油断はなりませんね。

 多野に回復されたら、瑠璃家宮の復活を許してしまう。

 では玉藻さん、瑠璃家宮 一派が外吮山の闘いで見せた能力を教えて下さい』


『ああ、中将から寄せられた記憶を送る……』


 玉藻からの場景イメージ送信で、外吮山頂上での闘いが蝉丸 達に共有された。


 気になる箇所が有るのか、玉藻に尋ねる気狐。


『記憶がいきなり飛んでんのは、師匠が気絶してたからっすよね。

 そこは補填ほてんできないんすか?』


『いま天芭 隊長は意識不明じゃからの。

 残念ながら、その間に何が起こったのかは判らぬ』


『いちおう注意しときまーす』


 本当に気に留めているのか怪しい気狐を横目に、蝉丸は更なる不確定要素を挙げた。


『玉藻さん、比星の宮司はどうなったんです?』


『瑠璃家宮 一派と共におる可能性が高い。

 こちらとの約定やくじょうがあるゆえ攻撃してはこんじゃろうが、なにぶん不安定な存在じゃ。

 出来れば隠密に事を収めたい』


『要は速攻でかたつけりゃいーんだろ。

 オレ達に任せて、玉藻の姐さんは本部で寝ててくれりゃーいい。

 果報は寝て待てっていうしな』


『おかたづけおかたづけー♪

 ねえセミマルー、おんみつってなーにー?

 たべられるー?』


『食べられません。

 食べられるのは餡蜜あんみつの方ですね

 隠密とはかくれんぼの事です。

 声を出してしまったら負けですからね。

 憶えておいて下さい』


『ハシヒメまけるのいやー!

 もうしゃべらないもん!』


 橋姫が息を止めていると判るのか、玉藻が苦笑交じりに呼び掛けた。


『蝉丸よ。

 其方そなたにばかり負担を掛けてあい済まぬ。

 橋姫と気狐の手綱たづなはしっかりと引きしぼるのじゃぞ』


『はい、ご心配なく』


『オレをお子ちゃまと一緒にしねーで下さいよ。

 蝉丸も普通に了承してんじゃねー!』


 ほほを目一杯膨らませた橋姫が食いついた。


『……っぷは~!

 ハシヒメはおこちゃまじゃないもん!

 それにキコだっておこちゃまじゃない。

 のしってるんだから!』


『⁈ そ、そんなわけねーしー。

 ちゃんと生えてるしー……』


 両手を頭の後ろへ回し口笛を吹く仕草しぐさで弁明する気狐の姿が伝わると、玉藻は目頭を押さえ又も嘆息した……。





 玉藻の憂鬱 その二 了

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