玉藻の憂鬱 その二
一九一九年七月 帝居周辺
◆
大昇帝 派が帝居周辺に用意した
内ふたりの少年が将棋に興じている。
「あー、めっちゃ暇だわー。
天芭 隊長達なにやってんだよ。
もう待てねーよ」
ぶっきらぼうに言い放った
彼は外法衆正隊員の気狐である。
背丈は日本人男性平均で、年の頃は十七、八。
一見痩せ型だが引き締まった身体付きで、軍服の袖から覗く両手と顔には多くの
数え切れない死線をくぐり抜けて来た証である。
「我慢して下さい。
待つのも仕事のうちですよ」
丁寧な言葉使いの少年が蝉丸。
細身で
年の頃は十四、五か。
気狐とは対照的に、彼の顔や手に目立った傷は無い。
そして常に目を
盲目なのだろうか。
ふたりが打っている将棋駒は、
しかし蝉丸は、駒表面を指でなぞり判別している。
「あ、ここで王手です。
これで僕の勝ち分は一円(現在の貨幣価値で約四千円)になりましたよ」
「うそーん」
気狐の軽い
「またキコのまけー。
ねーねー、こんどはハシヒメとあそんでよー。
あっちむいてほいやろー」
波打つ銀髪に
明らかに
肌はふっくらとした丸みを帯び、万人に柔らかな印象を与える。
幼い
舌足らずな喋り方はどこまでも幼女のもの……なのだが、体格が異常だった。
日本人女性平均を超える背丈なのである。
巨大幼女はおやつ代わりの煮干しを平らげ、『ぷはーっ!』とラムネを飲み干した。
その姿を見て呆れ返る気狐。
「まーた煮干しで一杯やってんのか。
そんなに飲んでっと、そのうち武悪のおっさんみてーになるぞ」
「ハシヒメはおっさんになんてならないもん。
にぼしにはてつぶんがいっぱいで、てつぶんはれでぃーにひつようだってオキナがいってたもん。
それよりもあっちむいてほいしてあそんでよー」
「やらねーって!」と気狐は邪険に扱うが、ビー玉の入ったラムネ瓶をフリフリ橋姫は諦めない。
「いーやーだー、あーそーぶーのー。
キコはハシヒメとあーそーぶーのー。
あっちむいてほいやーるーのー」
「んな無意味なもんやるかっての。
蝉丸、このお子ちゃま何とかしてくれ……」
「ハシヒメおこちゃまじゃないもん。
れでぃーだもん。
ぷりんせすだもん!」
苦笑いの蝉丸が
「まあまあ……。
そうだ、お絵描きはどうですか橋姫。
まだこの国では珍しい、クレヨンと云う画材が有りますよ」
「ねーセミマルー、がざいってなーにー?」
「お絵描き道具です。
橋姫は
そう言って蝉丸は立ち上がり、棚から画用紙とクレヨンセットを取り出した。
目を瞑っている割には迷いの無い動作である。
「やたー!
おえかき、おえかき、くれよん、くれよん♪」
早速御絵描きを始める橋姫だったが、クレヨン独特の手触りと匂いに興味が移ってしまった。
「むー、くれよんへんなにおいがするー。
ちょこれーとにもにてるー。
ねー、くれよんてたべられるー?」
「食えるわけねーだろ!
蝉丸が余計なもん出すから、子守りの手間ふえちまったじゃねーか!
ったく、どいつもこいつも……って、
真顔に戻った気狐が蝉丸を見ると、彼は
玉藻からの思念が入ったらしい。
『蝉丸よ、玉藻じゃ。
いま媼から連絡が入っての。
瑠璃家宮 一派は
お主らは帝居へと侵入、瑠璃家宮を暗殺せよ』
『
玉藻さん、作戦上の注意点などは有りますか?』
『奴らの転移先じゃが、転移門のある帝居地下神殿の可能性が高い。
帝居地下神殿は
場所は今から送る』
三人に帝居地下の詳細地図
そのまま続ける。
『で、外吮山で隊長達が会敵した瑠璃家宮 一派は全部で八人。
うち、宮森 遼一は死亡が確認されている。
瑠璃家宮は完全に石化しているとの事』
気狐が通信に割り込む。
『玉藻の
『心して聞け。
隊長は治療繭送りが確定する程の重症。
武悪は死亡した』
『何だって!
じゃあ師匠は、師匠は無事なのかよ⁉』
気狐 達の思念が驚愕と
『中将の負傷は大事ない。
『ふ~っ。
まさか師匠がやられたんじゃねーかと思って冷や冷やしたぜ……』
気狐は中将の弟子らしい。
ここで橋姫も会話に参加する。
『むー……ブアクしんじゃったの?
ブアク、いろいろおもしろいザツブツつくってくれたのにな……。
ハシヒメかなしー……』
[註*
詳細は『カルマメイカー ~焦海の異魚(ひがたのにんぎょ)~ 第二幕 幕間 その三 武悪の図鑑 LIVE 幻魔 その二』を参照されたし]
『そうじゃな。
武悪の死に報いる為にも、今回の仕事は成功させねばならん。
橋姫も、蝉丸の言う事を良く聞いて行動するのじゃぞ』
『うん、わかったー。
ねえタマモ、しんだひとのためにたたかうことなんていうのー?』
『
『とむらいがっせん、とむらいがっせん♪
ブアクがんばれー♪』
『だから武悪のおっさんは死んじまったっつーの!』
気狐のツッコミを
『玉藻さん、残りふたりの損耗程度は?』
『うむ。
『しかし油断はなりませんね。
多野に回復されたら、瑠璃家宮の復活を許してしまう。
では玉藻さん、瑠璃家宮 一派が外吮山の闘いで見せた能力を教えて下さい』
『ああ、中将から寄せられた記憶を送る……』
玉藻からの
気になる箇所が有るのか、玉藻に尋ねる気狐。
『記憶がいきなり飛んでんのは、師匠が気絶してたからっすよね。
そこは
『いま天芭 隊長は意識不明じゃからの。
残念ながら、その間に何が起こったのかは判らぬ』
『いちおう注意しときまーす』
本当に気に留めているのか怪しい気狐を横目に、蝉丸は更なる不確定要素を挙げた。
『玉藻さん、比星の宮司はどうなったんです?』
『瑠璃家宮 一派と共におる可能性が高い。
こちらとの
出来れば隠密に事を収めたい』
『要は速攻で
オレ達に任せて、玉藻の姐さんは本部で寝ててくれりゃーいい。
果報は寝て待てっていうしな』
『おかたづけおかたづけー♪
ねえセミマルー、おんみつってなーにー?
たべられるー?』
『食べられません。
食べられるのは
隠密とはかくれんぼの事です。
声を出してしまったら負けですからね。
憶えておいて下さい』
『ハシヒメまけるのいやー!
もうしゃべらないもん!』
橋姫が息を止めていると判るのか、玉藻が苦笑交じりに呼び掛けた。
『蝉丸よ。
橋姫と気狐の
『はい、ご心配なく』
『オレをお子ちゃまと一緒にしねーで下さいよ。
蝉丸も普通に了承してんじゃねー!』
『……っぷは~!
ハシヒメはおこちゃまじゃないもん!
それにキコだっておこちゃまじゃない。
はえてないのしってるんだから!』
『⁈ そ、そんな
ちゃんと生えてるしー……』
両手を頭の後ろへ回し口笛を吹く
◇
玉藻の憂鬱 その二 了
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