第一節 玉藻の憂鬱

玉藻の憂鬱 その一

 一九一九年 七月 高野山こうやさん地下 外法衆げほうしゅう本部





 大昇帝たいしょうてい 派の拠点である外法衆本部司令室で、茶をきっしている玉藻前面たまものまえめんを着けた軍服姿の女性。


 背丈は日本人女性平均ながら、大きく張り出した双丘そうきゅう桃山とうざん

 キュッと引き締まった細腰は、多くの者が称賛を送るだろう。

 りの利いた肢体とにじみ出る色香は、性別を問わず万人を魅了せんと妖美ようびな牙を研いでいる。


 彼女こそが外法衆正隊員のひとり、玉藻たまもだ。


⦅もう外吮山そとすやまでの戦いには決着が着いた頃合い。

 そろそろ連絡が来ても良い筈じゃが……⦆


 気を揉んでいる玉藻の許へ、複雑な面持おももちの準隊員が入室して来る。


「玉藻 様、おうな 様から連絡が入りました。

 私はこれから武悪ぶあく 様の研究所へ向かわねばなりませんので、詳しい事情は媼 様から御聞き下さい。

 では、交信を御渡しします」


 外法衆本部は、内部情報の漏洩ろうえいを防ぐため外部との精神感応テレパシー通信に制限を掛けてある。

 しかし、正隊員には独断で外部と通信する権限が与えられていた。


 準隊員が退室し、保留してあった媼との通信を繋ぐ玉藻。


わらわじゃ。

 媼よ、なんぞ有ったのかえ?』


 玉藻の脳裏に老齢の女声が届く。


『玉藻さんかい。

 あたしゃいま外吮山を降りたとこだよ。

 良く聴いとくれ。

 天芭てんば 隊長がまた己の身を焼く羽目になった。

 あたしじゃ治せないから、治療繭ちりょうけんの準備を頼むよ。

 ああ、中将ちゅうじょうさんは心配いらない』


 隊長の天芭 史郎しろう、武悪、中将は、〈白髪の食屍鬼グール〉からの提案で長野県重井沢おもいさわへと出向いていた。

 そこで瑠璃家宮るりやのみや 一派を叩きのめし〈白髪の食屍鬼グール〉から戦利品を受け取る算段だったが、媼の思念は重い。


 憂慮ゆうりょの念を滲ませ玉藻が問う。


『まさか、隊長達が負けたのではあるまいな?』


『いや、隊長達は勝ったよ。

 戦利品も受け取った。

 でもねぇ、天芭 隊長は重症、武悪さんは……』


『……死んだのじゃな。

 先程連絡係が武悪の研究所に向かったのもその所為せいか……』


 愕然がくぜんとしている玉藻だったが、媼とは別の思念が悲嘆ひたんの声を上げる。


『うぅ……武悪しんじゃったぷ~ん。

 嘯吹うそふきとってもかなしいぷ~ん。

 敵討かたきうちに行きたいけど媼が駄目って言うぷ~ん。

 玉藻なんとかしてくれぷ~ん!』


 この『ぷ~んぷ~ん』五月蠅うるさい思念は、外法衆正隊員である嘯吹のもの。

 武悪とは仲が良かったらしく、涙声になっていた。


『嘯吹さん、あんた邪魔だよ。

 思念が乱れるから泣くのは後にしな。

 それに帰り道で襲われたらどうすんだい。

 いま全開で戦闘できるのはあんたしかいないんだよ!

 玉藻さんからも言っとくれ』


『嘯吹、今は抑えよ。

 天芭 隊長と戦利品を無事持ち帰る事が肝要じゃ。

 で、肝心の瑠璃家宮 一派はどうなったのかえ?』


『あたしが外吮山の頂上に行った時にゃ、ほとんどが重症だった。

 瑠璃家宮も完全に石化してたよ。

 前に天芭 隊長を治療繭送りにした宮森みやもりって書生は死んでたね』


 ここで、石化した瑠璃家宮の姿形が玉藻へと伝わる。


 右半身からおびただしい量の触手が飛び出ている様は、歴戦のつわものである外法衆正隊員でさえも驚嘆きょうたんさせた。


『……武悪が死ぬわけじゃ。

 で、瑠璃家宮 一派は誰ぞ迎えに来ておったのかえ?』


『あたしが見る限りではいなかったけど、山を下りる途中で術式反応が有ったよ。

 あれは十中八九転移術さ。

〈白髪の食屍鬼しょくしき〉、比星ひぼし 播衛門ばんえもんさらったっていう比星の坊やがやったんじゃないかね』


『うむ。

 瑠璃家宮 一派は帝居ていきょ、恐らくは地下神殿に戻っている可能性が高いな。

 帝居周辺へは、【気狐きこ】、【橋姫はしひめ】、【蝉丸せみまる】を送ってある。

 その三人にってもらうとしようかの。

 瑠璃家宮の命も長くはないぞえ』


 媼から危惧の念が漏れた。

 瑠璃家宮 一派の動向ではなく、帝居へと派遣された正隊員達の事を気に掛けている。


『あの子達、上手くお使い出来るかねえ。

 張り切ってやり過ぎるんじゃないかい?

 あたしゃ心配だよ……』


『確かに気狐と橋姫はアレじゃが……。

 蝉丸が付いておる、そう不安がる事もなかろう。

 若手にも平等に手柄てがらをくれてやらんとな。

 で、おきなはどうしたのかえ?』


『そうそう。

 翁さんは一足先に武悪さんの研究所へ向かったよ。

 何でも、色々とやりたい事があるとか。

 比星 播衛門からお土産をたくさん貰ったからね。

 武悪さんが死んだってのに、これ以上ない程ウキウキしてたよ。

 後、武悪さんの遺体と諸々のお土産は研究所の方に運ぶってさ。

 指揮も玉藻さんの方でってくれって。

 丸投げだねこりゃ』


『全く、面倒事ばかり押し付けよる……』


 目頭に指を添えて嘆息たんそくした玉藻は、帝居周辺に派遣した若手へと思念を送った――。





 玉藻の憂鬱 その一 了

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