6  老人





その夜訪れたのは一人の老人だった。

痩せこけて眼だけがぎょろぎょろしている貧相な男だ。


「このような店はあったか。」


白髪頭を左右に振り不思議そうに周りを見ている。


「見える人にしか見えない店ですよ。ご用件は。」


暗い店の奥からペリが声をかける。


「用と言っても……。気が付いたらここにいたのだ。」

「ほう。」


暗がりからペリが現れた。

それを見て老人が目を細める。


「お前さんは人じゃないな。」


ペリは老人をまじまじと見た。


「一目で見抜いた貴方は、術師ですね。

しかもかなり徳の高い方だ。」


ペリは彼の前で膝を突きこうべを垂れた。

老人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにペリの肩に手を添えた。


こうべを上げられよ、精霊よ、

そなたの従順にわれは敬意をささぐ。」


しばらく二人はそのままの姿勢で動かなかった。


術師と精霊は場合によっては敵対もすれば同士にもなる。

お互いに敵意がないのを確認しているのだ。


二人はそっと息を吐き少し離れた。


「よろしければお茶でもいかがでしょうか。

あなたがいらっしゃったのは何かしら意味があるのだと思います。」


ペリが声をかける。


「そうだな、迷惑でなければ頂こう。」


その言葉を言う老人は見た目はそのままだったが、

貧相な感じはもうなかった。


「私はペリと申します。」


お茶を淹れながらさりげなくペリは老人に話しかけた。


「そんなにすぐに名乗っていいのかね。」


老人は少し笑った。


「吾はサルジャと言う。もう引退した元術師だ。」

「あなたこそよろしいのですか、

名前を握られても知りませんよ。」

「構わんよ、連れて行きたければ連れて行くがいい。ペリよ。」


お互いに名乗った以上は対等な立場だ。

ペリは彼のそばに座った。


「どうせお前は暇なのだろう、

だから吾がここに呼ばれたんじゃないか。」

「そうかもしれませんね、

でしたら何かお話していただけませんか。」

「そうだな……。」


老人は少し茶を啜る。


「吾は元々王宮付きの術師だった。」

「では術師の中でも生え抜きじゃありませんか。」

「そうだ、術師長までやった。」


サルジャは少し笑う。


「だがな、寄る年波には勝てぬ。

大きな失敗をして王宮を追い出された。

今までの功績もあったから斬首はされなかったが。」


老人は大きなため息をつく。


「それからは街に戻ったが、

身内からは恥知らずとか言われて、邪険にされて暮らして来た。

歳を取ったらよごれもの扱いだ。」


しばらく沈黙が続く。

夜のざわめきが微かに聞こえて来る。


「すまんな、湿っぽい話で。」

「いえ、そんなことはありません。でも、」


ペリが言う。


「貴方には満ち満ちているものがあるように私は感じます。

正直、私はあなたが恐ろしい……。」


老人は何も答えない。


「ペリよ。」


しばらくして老人が言う。


「精霊とは恐ろしいものよ。人の心を覗く。」


サルジャは薄く笑った。

皺だらけの顔に深い陰影が刻まれる。


「サルジャ様。」


ペリが彼を見た。


「貴方の心が穏やかに鎮められる時はいつでしょうか。

私はそれを望みます。」

「……お前は優しいな。」


老人は席を立った。


「多分吾は二度とここには来られないだろう。

だが、忘れんよ。

年寄りに心を開いてくれた優しい精霊の事はな。」


サルジャはペリの返事も待たず店を出て行った。

ペリは無言で茶器を片付ける。


ペリは老人の心を思い出す。


彼の心には激しい怒りしかなかった。


「あの人がここに来たのは

私に癒されたかったのか、私にその怒りを見せたかったのか。」


ペリにはよく分からなかった。

ただ、ペリの心も微かに重くなる。


だが明日にはもう忘れているだろう。


明日にはまた別のものが訪れるだろうから。





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