5 犬
その夜、恐ろしく冷えた。
この街は砂漠だ。
ただでさえ夜は冷える。
そしてその夜はいつもと違っていた。
星は見えなかった。
空が雲に覆われていたのだ。
ペリは
さすがに今日は外も静かだ。
彼は自分で入れたお茶を飲んだ。
彼はお茶を淹れるのが好きだ。
それを飲むのも。
温かな感触が体に入るとほっとした。
その時、扉の外でかりかりとひっかく音がした。
ペリは扉を開ける。
すると冷気とともに痩せた犬が入り込んで来た。
野良犬だ。
寒さで凍えていたのだろう、中に入るとばったりと倒れた。
ペリはその犬を竈のそばに引きずった。
犬は舌を出し身動きをしない。
ペリは椅子に座り犬を観察した。
毛並みは乱れてあばらが浮いていた。
しばらくすると犬が瞬きをする。
「……、ここは。」
犬が喋る。
「私の家だよ。」
「ああ……。」
犬は横たわったまま言った。
「精霊様のお宅ですね、汚してしまって申し訳ありません。
身動きが出来ません、このままでお詫び申し上げます。」
ペリは犬のそばに寄り彼を撫でた。
「構わないよ、君は大変礼儀正しい。
しばらく休むと良い。」
「ありがとうございます。」
犬はため息をついた。
ペリは犬を撫で続ける。
「大変に気持ちが良いです。
このような事をしていただけるなんて、なんて嬉しい。」
犬は涙を流した。
「気にしなくていいよ。
君はこのあたりの人達に可愛がられていたが、
今日は助けてもらえなかったのか。」
この犬は近くに住処がある野良犬だった。
時々餌をもらっていたのをペリも見た事があった。
だが今の様子は。
「しばらく前からなにも頂いていません。
泥棒が入った時もお腹が空いて吠えることが出来なかった。
だから今日も役立たずと蹴られました。」
あばらがくっきりと分かる姿だ。
どれほど何も食べていなかったのだろうか。
街はすっかり荒んでいた。
小さな争いも所々で起きていた。
そして犯罪も増えた。
だが犬はその犯罪を見逃しはしない。
自分の縄張りを守るからだ。
人もそれを知っていたからこそ犬を大事にしていた。
だが、戦争の狂乱に
ただ犬だけが何も忘れず人々のそばに寄り添っていたのだ。
「可哀想に、それで寒さの中で命が消えてしまったのだね。」
犬は、
「はい。」
と言ってその体から魂が抜けた。
ペリはその亡骸を撫でる。
「私がお前を弔ってあげよう。忠実な優しいお前を。」
ペリが
すると犬は静かな白い火に包まれた。
それは暖かく優しい火だった。
ペリは立ち上がりお茶を供えた。
「ゆっくりお飲み。そして自分が行きたい所に行くと良い。」
弔いは一晩中続いた。
翌朝、砂漠の街には雪がうっすらと積もっていた。
人々は珍しい景色に歓声を上げる。
そしてその寒気はすぐに忘れられてまた灼熱の日々が来た。
太陽が真上から光を注ぐ昼、
ペリはぼんやりと窓から外を見ていた。
そこにいたのはあの犬だった。
「好きな所に行きなさいと言ったのにね。」
犬はそこに座り尻尾を振っていた。
時々通る人を見ながら。
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