2  少年少女





狭い海峡を通り抜けるとそこは異国になる。


違う人種、違う宗教、違う文化。

その違いは軋轢を産む。


そしてそれは取り返しがつかない事の始まりだった。


ペリは感じていた。

街中が静かに騒がしくなって来たのを。


いつも騒がしい街だ。

だがこの雰囲気は今までと全く違う。

血の香りがするのを彼は感じていた。


「兵士が入って来てるね。」


夜の街には少しばかり訛りのある男達が

騒ぎながら歩き回るようになった。


これは北部の訛りか、とペリは思った。

先日は南部の訛りだった。


全国から人が集められている。

そして翌日にはもういないのだ。


この街で一旦留まり、次の場所へと移動するのだ。

その日の彼らの遊びは捨て鉢の際限のない荒いものだった。


その狂暴な高まりは何かを確実に予感させるものだ。


だが昼間はそれは少しも感じさせない。

白く鋭い光は全てを閉じ込めて眠らせる。


ペリは少しだけ窓を開けて外を見ていた。

最近は昼の景色の方が彼は安らぎを感じていた。


その時だ、扉が少し乱暴に開く。

ペリが見ると十五歳ほどの少年と少女が立っていた。


少年は少女の手を握り締めて周りを見渡し、

二人ともひどく怯えていた。

少年は慌てて扉を閉める。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか。」


奥からペリが声をかけると二人は飛び上がって驚いた。


「あ、その……。」


少年が話すが言葉が続かない。

その時外で数人の乱暴な足音が聞こえた。


「どこに行った。」

「分かんねぇ。こちらだと思ったが。」

「あいつら絶対に逃がさねえ。」


柄の悪そうな声だ。

少年と少女はそちらを見て思わず抱き合う。

ペリは二人をそっと観察する。


「……あの、お願いです、匿って下さい。」


少年が小さな声でペリに言った。


「それは構わないが、どうしたのかな。

とりあえずこちらに来て座りたまえ。お茶でも入れよう。」


ペリが奥から顔を出すと彼を見て二人はほっとした様子を見せた。

どちらかと言うとペリの顔立ちは優し気だ。

二人はペリが差した椅子に座った。


「どうしたのかな、君達は。」


ペリが聞く。


「あの、俺達、逃げて来たんです。」


少年が言うと少女が俯いた。


「親方がこいつを売ると言いだして。

だから俺、こいつと逃げる事にしたんだ。」


俯いた少女の膝にぽたりぽたりと涙が落ちる。


「君達は奴隷なのかな。」

「奴隷じゃない!」


少年は怒り声をあげた。


「親に借金の形に売られたんだ!

借金を返したら自由にすると言われてた!」

「済まない、嫌な事を言ったようだな。」


ペリは頭を下げる。


「ご、ごめんなさい、勝手に家に入ったのに怒ってしまって。」


目に涙をためた少女が少年の腕を押さえた。

少年が仕方ないというようにまた座る。


「あの、ごめん。」


少年が素直にペリに謝る。

ペリの顔に微笑みが浮かんだ。


「君達は逃げて来たから追われているのだな。

分かったよ、しばらくここで休んでいくと良い。」


二人は顔を合わせて驚いたが、

すぐにペリを見て頭を下げた。


「ここはよほどの事が無い限り見つからないから。

安心しなさい。」


もしかするとここに二人が来たのはペリが無意識に呼んだのかもしれない。

最近のすさんだ街を見ていたペリには、

この若い二人は新鮮だったからだ。


「あの……、」


少年がおずおずと聞く。


「この店は昔からあったのですか。

俺はこの辺りはよく知っているけど……。」

「ああ、ここはね、」


ペリが言う。


「必要な人にしか見えない店なんだよ。」


一瞬の間が開く。


それを彼らはどのように受け取ったのだろう。

二人はまた抱き合うと凍えたようにがたがたと震えだした。

突然変わってしまった二人を見てペリは悲しくなった。


「分かってしまったのかな。本当の事が。」


ペリは二人に近づくと親鳥がひなを抱くように両腕で包んだ。


「君達の行くところを教えてあげるよ。」


ペリは二人を包んだまま上を見た。

そして彼らも上を見る。


そして二人はふうと消えた。




翌朝、港に少年少女の遺体が上がったらしい。


その夜ペリは街に出ていた。

街中がその事件で持ち切りだった。


「借金の形に売られたそうだ。」

「あの店にも子どもの頃売られて来たんだろう?」

「そこの親父が博打にはまるからだ。昔は真面目な良い男だったがな。」

「追手に追われて二人で飛び込んだらしいよ。」

「街中大騒ぎだったものな。」

「可哀想にね。」

「何しろ戦が始まりそうだからな。みんなおかしくなる。」


ペリは酒を飲みながら後ろ背でそれを聞く。

彼は金を払い店を出た。


彼は酒に酔う事は全く無い。

ただそれを聞くためだけに店に行ったのだ。


人と言うものを知るためだけに。




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