ペリ

ましさかはぶ子

1  黒い蝶





昼間の濃い熱気は既に消えていた。


暑さに倦んでいた人々がぞろぞろと街中に出て来ると、

バザールの所々に明かりが灯る。


騒がしさの中のその明かりは美しいものしか照らさない。

汚れや醜いものは見えなくなる魔法の光だ。


ペリは少し開いた窓の隙間から外を見た。

外を歩く彼らからこの店が見える事は無い。

通りから少し離れたこの小さな店は確かに地味だが、

見えない理由はそれではない。


ここに必要があるものしかここには来られない。


見えない扉はそう言うものにしか見えないのだ。


ペリは窓をもう少し開けた。

その時だ、

黒いつややかな蝶が窓から入って来た。


光に誘われたのか、蝶は明かりに向かって飛んで行く。

その明かりは蠟燭だ。

そのまま行けば虫は焼けてしまう。


ペリは手を伸ばすと蝶をそっと両手で掴んだ。


繊細な生き物だ。

潰さぬよう優しく包むように捕まえて、しばらくしてから手を開いた。


彼の手の平に蝶はつかまり、

息をするようにゆったりと羽ばたいた。


彼は蝶を見た。

黒の地に散りばめたように金色の斑が浮いている。

翅脈が血管のように羽根に広がり、表面に微妙な陰影をつけていた。


ペリはうっとりとそれを見た。

羽ばたく度に金が舞い散る。

それは鱗粉だろうか。

自分の身を削りながらここに来たのだろう。


「蝶よ、ここに来た意味は分かるかい。」


ペリは蝶に囁いた。

普通に呼びかけては壊れてしまう気がしたからだ。


蝶はそれに応えるように少し体を震わせた。

鱗粉がはらはらと彼の手に落ちる。


「お前の話を聞かせておくれ。」


彼が再び囁く。

すると蝶が手の平に強くしがみつき激しく羽ばたいた。


それはわずかな時間だ。

彼は微笑むと蝶に言った。


「滅びてしまった王国の姫君よ。

あなたの望みはそれで良いのか。」


蝶が再び羽ばたく。


そしてペリは


蝶を握りつぶした。


外のざわめきは変わらない。


彼はしばらくその姿勢のまま立っていたが、

かまどに近づくと手の中の蝶だったものをそこに落とした。


ぱっと火が付きそして消える。


ペリは表情もなくそれを見つめた。


「王国が滅びても呪いで生き続けた姫よ。

あなたの望みは死だったな。

今、ここで完結したよ。」


抑揚のない、それでも優し気な声だ。


今では全く名残の無い小さな王国の姫君は、

大国の王に恋焦がれて自国に彼を引き入れた。


一夜の望みを叶えた後に、

大挙して押し寄せる王の軍はあっという間に姫の国を蹂躙した。


国民の恨みは彼女を蝶にした。

永遠に死ぬ事のない蝶にだ。


何千年彼女は彷徨ったのだろうか。


その果てにペリの元へと辿り着いたのだ。


彼は手の平に残った鱗粉に息を拭きかけた。


舞い上がった鱗粉は彼が差し出した腕にふわりと落ちた。

そこにはうっすらと蝶の模様が付いた。


「何千年もの彼女の思いだ。なんと美しい。」


彼はうっとりとそれを見つめた。

端正な横顔が蠟燭の明かりに浮き上がった。


彼の瞳が金色に光る。


ペリは再び窓辺に寄り外の景色を見た。


これから外に行っても良いが、新しい客が来るかもしれない。

彼は迷ったが、しばらくは外を眺めている事に決めた。


夜は長いのだ。



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