空高き星の名


減っていくカウンターの数字。

部屋中のモニターに1つ映る君の顔。

これで、これでやっと終わる。

君との長い長い日々が、我慢と苦悩に満ちた日々が、終わりを告げるのだ。



物心ついたときには君と一緒に過ごしていたと思う。同じ施設の中で、同い年だった僕らは他の誰よりも仲が良かった。食事の時も、勉強の時間も、寝るときも一緒だった。食べるのが遅い君。勉強が苦手な僕。いつだって二人で助け合って過ごしていた。


夜、なかなか眠れない僕に君が歌を歌ってくれたこともあった。

「Twinkle twinkle little star. How I wonder what you are……」

題名も知らない歌を、どこかで聞いたんだなんて言って君は歌ってくれた。


しかし、大きくなるにつれて君の才能は頭角を現していった。天は二物を与えずとはなんとやら。君は勉学も運動もできる奴だった。反対に僕は相変わらず勉強は苦手なまま。運動ではたまに君に勝つこともあったけど、なんでも出来る君には敵わなかった。


それでも僕らの日常は変わることはなかった。相変わらず僕は君に勉強を教えてもらっていたし、君は僕に余ったご飯を押し付けていた。


僕が事実を知ってしまったあの日までは。


その日から僕は何事にも手を抜くようになった。勉強はサボり、運動も本気を出さない。突然変わった僕に、意外にも君は心配するそぶりすら見せなかった。ただいつものように接してくれる。そんな君を不思議に思いもしたけれど、その時の僕にとってはありがたかった。


時を同じくして君にも変化が起こった。僕とは反対に君は勉学も運動も人一倍頑張るようになった。そうなった君はもはや誰も追い付けないほどの力を発揮する。僕と君の能力の差は開く一方。先生は君を天才と褒め称え、僕を陰ながら落ちこぼれと呼ぶようになった。


やがて運命の日がやって来る。施設での教育期間が終われば最終試験が行われる。この試験の結果で、自動的に僕らの仕事が決められる。


「私情を挟むな。これまで長い時間を共にしてきた仲間だからこそ、全力をもって争うことが礼儀であると思え。」

厳格な雰囲気で先生が告げる。

試験開始のブザーが鳴り響いた。


結果から言うと、君は見事一位で試験を通過した。成績上位者は先生が主導している実験への参加権が与えられる。それ以下の成績の人の進路に関しては詳しく教えられていない。のちに通達があるとだけ伝えられた。僕はギリギリ上位者には含まれなかった。権利が与えられた全員がその実験への参加を快く引き受けた。もちろん君も。実験は宇宙空間で行われるという。試験結果発表から早数日、君が宇宙へ旅立つ日が来た。

「これでしばらくはさよならだね。」

「あぁ、これまでずっと一緒だったから、何か変な感じだな。」

宇宙服を身に纏った君。いつも通りの制服の僕。

「また、いつか会おうな。」

「うん、必ず、どこかでまた君と。」

手を降って君がシェルターの向こう側に消えると同時に、ドアが閉まる。「また」なんて無いことを知っていながら、僕は何も言えなかった。言えるはずもなかった。


選抜から漏れた全員で、宇宙船の打ち上げの様子を見守る。

「発射まで……5…4…3…2…1……発射!」

モニター室に先生の声とカウンターの音だけが響く。それと同時に、外から轟音が聞こえてきた。誰もが固唾を飲んで見守っていた。長い年月を共に過ごした仲間の安否に。先生の実験の行く先に。

そして発射から数分。

「……宇宙空間への到達を確認。状態安定しています……成功です!!」

その言葉に部屋が歓喜に湧く。僕も安堵のため息をついた。君との長い長い日々が、我慢と苦悩に満ちた日々が、終わりを告げる。後ろのドアが開き、大勢の先生たちが部屋に入ってくる。

「それでは、失敗作の処分を開始する。」

奴等は銃口を僕らに向けて冷酷に言い放った。


君を死なせないための計画は無事成功した。文字通り、君との日々の終わりと共に。君があの実験に参加できれば、こうして処分されることはなくなる。もちろんほかの皆も、僕の代わりに合格した人たちだけでも、僕の代わりに生きることができたなら。これが。落ちこぼれの僕にできた精一杯の悪足掻き。

突然の死の宣告に悲鳴を上げる皆を横目に、施設の天窓を見つめた。宇宙船はもう、暗い夜空に吸い込まれて見えなくなっていた。

さよなら、僕の導きの星。

どうかその輝きが、永遠のものでありますように。



しばらく続いていた大きな揺れが収まる。

「宇宙空間への到達を確認。実験第一段階、成功です!」

船員のアナウンスが響いた。仲間の間に歓喜と笑顔が広がる。

「成功……ということは、やっと終わったんだね……」

緊張が解れて独り言をこぼす。

「……終わり?実験はこれからだろ?」

俺の呟きが聞こえたのか、横の奴が不思議そうな顔をする。その顔はこれから先の実験生活が楽しみで仕方がないという顔をしていた。横の奴だけではない。船内の誰もが、同じ表情をしていた。そんな皆に、ただ何でもないと言ってはぐらかすことしかできなかった。


俺にとってはここがゴールだった。お前を生かす計画は無事成功した。どう足掻いても死しかない、片道切符のこの実験にお前が参加せずに済んだのだから。なぜ急に勉強しなくなったのかはわからなかったけれど、それでもやっぱりお前は地頭が良いからボーダーぎりぎりの点数を取っていた。俺がこの計画に参加することで、お前があの施設に無事に残ることができたなら。他の奴らも、一人でも多く残すことができたなら。これが、俺にできた唯一の反抗だった。


ここで死んだらお前を導けるような星になれるかもしれない。そんな期待を抱いて、俺は窓の外を見つめた。

お前がいる星は、太陽の光を浴びて青く美しく輝いていた。

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