第4話 絶望 ~後編~
「うおああぁぁぁっ!!」
暴れる巨人らの腕を、右に左にといなしつつ、少しでもダメージを与えようと苦心する老兵。
其々が一体ずつの巨人を担当し、残る一人である源が遊撃に徹する。
「源さん、助かるぜっ!」
しかし、じわじわと満身創痍で追い詰められる三咲の祖父達。それを庇おうと飛び出す若者らを制して、彼等老骨は不適に微笑んだ。
「若造は引っ込んでろ」
「おうさな、ここが我らの見せ場だぜ」
「ひゃっひゃっひゃっ、まさか、この御時世になって命の使い処を見つけられるたぁなぁ」
「御先祖様も粋なはからいをしてくださる」
源を筆頭に、ゆらりと立ち上る厳かな闘気。老人とも思えぬ漲る覇気に気圧され、若者達は言葉もなく四人を見つめた。
「ああ..... 懐かしいねぇ」
「剣林弾雨を潜り抜けたあの頃を思い出すぜ」
「.....時代だったのさ」
「そうだな」
各々慣れ親しんだサーベルをかまえ、カッと鋭く眼を見開く。その瞳に輝く眼光は精彩を帯び、彼等の心に現役時代を呼び戻していた。
「舐めるなよ、化け物っ!! 萎れたとはいえ、こちとら十六菊花紋を背負っていた身だっ!! 憲兵の底意地、見せてくれるわっ!!」
天下の公僕として、民や公方様の世を守り抜いた矜持。ここに来て、老骨らのそれが爆発した。
彼等にとって守るべき者は三咲だけにあらず。背後にいる若者や、さらにその先へと続く子弟らの命運全てなのだ。
ここが花の咲かせ時!!
怒号を上げて飛びかかる老人達の気迫はピッタリと重なり、一体の一つ目巨人の胴を引き裂いた。
左右、正面に渾身の一撃を食らい、大半の肉を断たれた巨人は、悲痛な雄叫びを上げる。
そしてギロリと眼を剥き、正面にいる老人に力任せな一撃を振り下ろした。
死力を振り絞った化け物の、最後の一撃。
「爺っちゃあーんっ!!」
凍りつくような絶叫が、若者の中からあがる。それは一二三の声だった。
狙われたのは一二三の祖父。渾身の一刀に全力を使い果たしてしまった老人に避けられる術はない。
一二三の祖父は、頽おれたまま、眼を固く瞑る。
ごっ、と鈍い音が響き、凄まじい衝撃とともに土煙が上がった。
びしゃっと大量の血花が咲き乱れ、土煙が血煙に掻き消されたそこに、一二三の祖父を庇うよう立つ源がいる。
彼の手には折れたサーベル。それを使い、満身の力で巨人の拳を押さえたのだろう。
だが、力及ばず。そのサーベルは無惨にも砕け、源の胸には巨人の拳が食い込んでいた。
メリメリと深く穿たれた化け物の拳。折れた肋骨が源の身体から突き出し、彼の全身を血化粧で染めていく。
「がは.....っ」
大量の血を吐きながら、源と巨人は同時に倒れ伏した。その間にも他の二匹が暴れる室内で、一二三の祖父は源にとりすがる。
「源さんっ、おいっ! しっかりしろっ!! なんでっ?!」
物言いたげに震える源の口元。だが、そこから何かが紡がれることはなく、三咲の祖父の瞳は光を失った。
一二三の祖父が握っていた源の手から力が抜け、とさりと床に落ちる。
凍った眼差しで、それを見送る一二三の祖父。
「う.....、ぅぅううぁぁああーーーーっっ!!」
絶叫し、眼の色を変えて一二三の祖父は化け物らに突撃した。
その一部始終を見ていた若者らの瞳にも、言い知れぬ憤怒が宿り、僅かに残っていた恐怖や怯えが吹き飛ぶ。
修羅の群れと化した者達による猛攻が始まり、それを見ていた配信班が自分達と一二三達を背景にして、必死にカメラへ呼び掛けた。
「犠牲者が出ましたっ!! これでも作り事だって言うんですかっ?! 御願いします、警察、来てくださいっ!! ああ、もう、どうだってかまうもんかっ! 身バレ場所バレ上等だっ!! ここはーーーー.....」
悲愴に顔を歪めて、警察へ繋がるスマホに叫ぶ配信班。
涙ながらのそれを疑う者はなく、多くの視聴者からされた通報の嵐に、一時、各警察署の回線がダウンするほどの騒動が起き、ようやく警察も重い腰を上げた頃。
.....希望がやってくる。
老骨四人が一匹を仕留めたが、まだ二匹は健在なまま、その猛威を奮っていた。
だが一二三達も負けてはいない。怒涛の猛攻により、その猛威を退け、一進一退の膠着状態が続く。
御互いの血飛沫で、ぬらぬら光る幾つもの凶刃。鈍く閃くそれらが、一つ、また一つと化け物の前で砕けていった。
激昂した彼等の滾る血汐に、得物がついてこれなかったようだ。
「くそ.....っ、なにか..... 武器になりそうなモノ.....」
刀身の折れた柄を投げ捨て、一二三が辺りを見渡した時、それは起きた。
縦横無尽に一二三の仲間を蹂躙していた一つ目達が、いきなり仰け反り悲鳴を上げたのだ。
何事かと見守る人々の前に、何人かの人影が亀裂から出てくる。
「間に合ったかっ?!」
それは不思議な格好をした人間達。どうやら彼等が後ろから巨人を攻撃したようだ。
まるでファンタジー物語に出てくるようなローブや甲冑。手にしている剣や杖も、異世界モノ定番な形をしている。
一つ目を相手取り、応戦してくれる彼等の一人が、つと大きく瞳を揺らして眼を見開いた。
「親父っ?!」
その人物は、既に事切れている三咲の祖父にすがりつき、大声で啼いた。
その声を聞きつけたのか、仏間にいた幼女が飛び出してくる。
「お父ちゃんっ?!」
「三咲か? 大きくなって..... 親父は..... くそっ!」
胸に飛び込んできた三咲に祖父の遺体を見せぬよう抱き込み、三咲がお父ちゃんと呼んだ人物は、彼女を一二三に渡す。
「すまん..... しばらく頼む。三咲、ちょいと待っててくれな? すぐに片付けるから」
そう言うと、三咲の父は一二三を仏間に押し込み、襖を閉めた。
「こんの、だらずがあぁぁっっ!!」
宙を切り裂く怒号が聞こえ、慟哭のような叫びに鼓膜を貫かれたまま、一二三は呆然と腕の中の三咲を抱き締める。
何が起きたの分からないが、三咲を守らねばと無意識な一二三の頬に何かが触れた。
それは小さな紅葉の手。
満身創痍な一二三を心配そうに見上げて、三咲は彼の頬を撫でる。
「いたい? ダイジョブ?」
その柔らかな手を掴み、初めて一二三は泣いた。
老人の守った大切な命。それが今、己の腕の中にある。えもいわれぬ感情が一二三の胸を一杯にした。
くしゃくしゃな顔に無理やり笑顔を浮かべ、一二三は嗚咽のような声を紡ぐ。
「大丈夫。大丈夫だからね?」
誰にとも分からぬ一二三の呟き。
三咲になのか、亡くなった老人になのか、それとも己自身になのか。
色んなものが混ざりあい、理解できない感情の濁流に呑み込まれながら、一二三は遠くに響くサイレンを、ぼんやりと聞いていた。
ようやく駆けつけた警官らが見たものは、阿鼻叫喚の嵐と見たこともない化け物。そして、それと戦う血まみれの人々。
ネット配信を見て駆けつけた野次馬や、それに混じる善意の者達により、現場はさらに拡散され、事は盛大に炎上した。
三咲の父達の乱入で、無事に敵を倒した一二三らは、後日、ありとあらゆる騒ぎに見舞われる。
日より見で老人の訴えを無視していた警察はやり玉にあげられ、平身低頭。誠心誠意をこめて、今回の事件にあたると宣言。
だがそれにとどまらず、三咲の父からもたらされた情報は、日本全土を驚愕で揺るがした。
「原因は、俺が喚ばれた世界だ」
淡々と語る三咲の父。
聞けば事の起こりは五年前。
ある日、三咲の父である葉月は、妙な音を耳にして床の間を開ける。
そこには古くから我が家にある骨董品のラジオ。今まで動いたこともないラジオから、酷いノイズに混じり何かが聞こえてきた。
《ガ.....、聞コ.....エ、.....ピュー、逃ゲ.....テ》
何事かと耳をすます葉月。
しかし、その瞬間、葉月の背後に亀裂が現れ、飛び出した複数の不気味な手によって、彼は亀裂の中へと引きずり込まれた。
引き込まれた先は、魔物と人間が争う戦場。いきなり非現実的な空間に投げ出され、右往左往する葉月。
「.....そこで出会ったのがコイツらだ」
くいっと親指で後ろをさす葉月。その後ろには四人の人物が並んでいた。
緑や桃色など、パステルカラーな髪の人間ら。ネットのコスプレなどではよく見かけるが、リアルで見ると違和感が半端ない。
ローブに鎧、中世のような出で立ちの彼等は、周りの若者らが察したとおり異世界の人々だった。
詳しく話を聞いたところ、彼等の住む世界では、稀に異世界人の渡りがあるという。
現れた異世界人は常に博識で、強大な力を持ち、勇者や聖女などと呼ばれて敬われていた。
そんな異世界人が何処からやってくるのか、彼等には全く分からない。
次元の狭間から落ちるのだとか、神々よりもたらされるのだとか、色々言われていたらしいが、今回落ちてきた葉月によって、その原因が判明した。
「原因は、コレだったんだよ」
葉月が忌々しげに見つめていたのは骨董品のラジオ。
本来、偶発的なはずの亀裂が、この店にのみ発生していたのは魔物による干渉。このラジオを通じて、あちらからの扉を開いていたとか。
ここからは推測になるがと前置きして葉月が語るには、地球から落ちた人物の一人が、このラジオと対になるラジオを持っていたらしい。
その人物は葉月のように救われることなく、森の中をさすらい、息絶えたようで、このラジオが魔物らの手に渡ってしまった。
そして魔物の中でも知性を持つ者達がラジオを解析し、こちらと空間を繋げられる方法を発見する。
人間側も魔物の動向に気付き、おかしなラジオを巡って闘っていた。
そんな感じで、魔物と人間の手を行ったり来たりしていた謎なラジオ。
異世界の人間側は、時折聞こえる、こちらのラジオの声を頼りに色々考察し、とにかく危ない事だけでも知らせようと、日夜呼び掛けていたらしい。
「で、まあ、そんな闘いの中で、俺が魔物に捕まってしまい、拉致られた訳だ」
魔物が空間を割り、葉月を引きずり出す所を目撃した彼等は、ようやくラジオから聞こえる不思議な声の意味を理解した。
そして葉月を救出し、詳しい事情を聞いて背筋を奮わせる。
葉月の言うとおりなら、件のラジオは彼の世界と繋がっており、いずれは葉月の世界に魔物が押し寄せる危険がある。
別世界が危ない。
そう考えた彼等は、葉月の力を借りてラジオ争奪戦に明け暮れた。
時々繋がるラジオから聞こえる声。それに必死で叫ぶ葉月。だが、その声が届いていないのは明白。
そんな間にも魔物らは空間を割り、地球にちょっかいをかけていた。
無為に日々が過ぎて行き、焦る葉月。ラジオがある場所に亀裂は現れる。親父や三咲達が危ない。
何とかせねばと逸る心を抑え、日々、魔物との戦いに明け暮れた。
そんな日々の中、彼は勇者としての頭角を現し始め、魔力や魔法に磨きがかかり、今一歩というところまで魔物らを追い詰める。
そして朗報が彼等に届いた。
どんどん大きくなる亀裂が魔力を歪ませ、ある日、葉月らの魔法感知にひっかかるようになったのだ。
これは、チャンス!
そこから彼等は探知した魔力を辿り、地球へ手を出そうとする魔物らを発見しては叩きのめす。
どうやら魔物達は、地球に仲間がいる状態だと開いた扉を閉じられないらしい。
それを逆手に取り、葉月は急いで魔物らを薙ぎ倒して、こちらに向かってきたのだという。
「今回は間に合ったと思ったのに.....」
深く項垂れた彼の横には手厚く包まれた源の遺体。
今にも泣き出しそうな顔で、切なげに眉をひそめる葉月を見て、仲間の老兵達が笑う。
「なあに。三咲ちゃんを守れて、源の奴も本望さ」
「長年アイツと同じ釜の飯を食ってきた俺らが言うんだ。間違いない」
満身創痍な老骨三人は、笑いながらも涙を溢す。ほたほた落ちる涙とは裏腹に、その顔は喜色満面。
「良かったなぁ、源さん。命の使い処があって」
「.....俺らはまた.....置いてきぼりだぁ」
いつものように、遠く眼を馳せる老兵達。
それを見て、堪らず一二三は叫んだ。
「そんなこと言うなよっ! 俺が.....っ! 皆がどれだけハラハラしたかっ!」
上唇を咬み、固く眉根を寄せる孫の勢いに呑まれ、老人らは呆然と周りを見渡す。
そこにいる若者達は、一様に複雑な顔をしかめていた。
信じられない異変が起きて、事情を知った者達は、死ぬかもしれない、死んでもおかしくない。など漠然と感じていたが、まさか本当に誰かが死ぬとは思っていなかったのだ。
凄絶な老人の最後を目の当たりにし、初めて死が身近なことを自覚した。
源の最後を瞼に焼き付け、拳を震わせる若者達。
老兵らも意気消沈し、だらりと力なく項垂れた。その閉じた瞼に映るのはかつての仲間ら。
時代の荒波に翻弄され、呑み込まれ、紅の大地へと伏し倒れていった多くの同胞。
その彼等は笑っていた。まるで、こっちに来るなとでも言いたげに困ったような笑顔で。
.....わしらだけ生き残って。なあ、良かったんかぁ?
心の問いかけが聞こえたかのように、瞼の裏の仲間は破顔する。澄み渡る夏空のように朗らかな笑顔。
そしてそこに加わったのは三咲の祖父、源。
彼もまた、満面の笑みで仲間同士笑っていた。
みんなぁ..... 待っててくれな。
多くの時代をまたいで、従容と今を生きる老人達の葛藤は、若い一二三らに分からない。
それでも生きていて欲しいという孫の願いに頷き、ならば、とっとと曾孫を見せろと、今度は逆に孫達を追い立てる老骨ども。
快活に笑う老人らの切り替えの早さに、呆れ返る一二三達だった。
こうして、異変は世の知るところとなり、葉月の仲間がこちらにいる事で、開いたままな亀裂の調査が行われる。
亀裂が閉じないため、夥しい血の海な現場も残されていて、政府関係者は絶句した。
かくして本格的に始まった異世界交流を皮切りに、三咲の祖父の店は魔改造され、対になる二つのラジオを保管しておく金庫室が作られる。
二度と魔物に悪さをされぬよう、亀裂の両端に店を作り、それぞれの世界が守ることになった。
これを閉じてしまったら、何処に新たな亀裂が生まれるか分からないからだ。亀裂が閉じなければ、新たな亀裂は生まれない。
異世界側には冒険者ギルドが作られ、万全を期している。
地球側も政府の防衛機構を建てたいと申し出たのだが、葉月がそれを拒絶した。
「親父が残した唯一の形見だっ!! 絶対ぇ渡さねぇっ!!」
あちらに召喚されたことで魔力を得て、異世界で五年も勇者をやっていたらしい葉月の実力は折り紙つき。
日本政府どころが、世界を相手取っても負ける気はしない。
獰猛に口角を歪める彼に、日本政府は震え上がり、店の没収を諦めた。
そうして年月が過ぎ、三咲の祖父の店は今日も大繁盛している。
「ほい、上がったよ~」
カウンターの中に立つのは父、葉月。両手の指の間に串を挟み、額に汗して、せっせと焼いている。
実に楽しそうだ。
「はあ~いっっ」
無邪気に振り返るのは三咲。あれから九年、彼女は高校生になっていた。
花も恥じらう十七歳。匂い際立つ御年頃の少女に、店の客らはデレデレである。
くるくると元気に働く少女に眼を細める、かつての若者達。
一二三や涼など、当時を知る者には感慨深い光景だった。
そして、いきなり鳴るラジオ。
このラジオ様も健在で、未だに異世界の来訪を告げてくる。
あの後、判明した新たな事実により、地球世界は、多くの異世界から狙われていると分かったからだ。
前人未到のお祭り騒ぎは、まだ終わらない。
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