第4話



その日、教会では生涯の伴侶となる相手の写真を貰う会がなされた。

写真を貰っただけで、結婚が決まるというのは非常に特異な事ではあるが、教祖が選んだ相手という事で、自分では決してわからない理想の相手であると信じて結婚するわけである。


晴美の相手は韓国人であった。写真は集合写真を引き伸ばしたような物でピントが合ってはいなかった。晴美が見た第一印象は目が小さくサルのような顔だと思ったが、理想の相手なのだと言い聞かせ受け入れたのだ。


実際に結婚する日、晴美は韓国に来ていた。


聖酒というワインを飲んで婚約する儀式の日とウエディングドレスを着て結婚する儀式の日と2日間連続で執り行なわれる予定であった。


式場はかつてオリンピックが催されたスタジアムで行われ、参加者は3万人にもなった。

スタジアムの席には、結婚するカップルで埋め尽くされ荘厳な雰囲気になっていた。


晴美は、婚約の儀式の日、親戚の叔母さんという人に連れられてきた夫となる人に初めて会った。

その親戚の叔母さんという人は、教会の古参信者らしく、大きな声で晴美によろしくという意味の言葉を言っていた。


晴美は、親戚の叔母さんの影で不貞腐れているような態度の夫の姿を見て愕然とした。

写真よりも随分と老けていて、土気色の顔には深いシワも多かった。身長も晴美と大して変わらないくらいだった。

晴美は、血の気が引くのを感じていたが、何とか信仰で越えようとしていた。


スタジアムの席に並んで座ると、夫の体からはタバコの匂いがした。

韓国の男性は信仰もない人も多いから、日本人の妻が変えていかなければならないと教えられていたが、晴美は自信を失いかけていた。

言葉も通じず、ただただ時間が過ぎるのを待つしかない状況に耐えられず、トイレに行って来ますと言って席を立った。


トイレから帰る途中で、同じ教会に所属する二つ年下の男性に声をかけられた。

彼とは販売活動も一緒にした事のある真面目な好青年であった。

彼の横にはエメラルドグリーンのチマチョゴリを着た可愛らしい韓国人女性がいた。


「綺麗な人ですね。」


そう言うと彼は幸せそうに頭をかいた。


「今度、晴美さんのご主人様にも会わせて下さい。」

と言われ、曖昧な返事をして別れた。

その場で自分の気持ちなど言えるはずも無かった。

意を決して席に戻ると、夫の姿は無かった。

式典が進んでも夫は現れず、結局その日夫が戻ることは無かった。


翌日は、合同結婚式である。晴美はウエディングドレスを着ても、このまま夫が来なければいいという思いと戦っていた。


会場に着くと、昨日の親戚の叔母さんと夫がいた。晴美の顔を見ると、叔母さんがまくし立てるように韓国語で話してきた。

恐らく、しっかり見張ってろとでも言っていたのだろう、晴美は泣きたい気持ちを堪えていた。


スタジアムで隣に座ると、夫からはタバコと共にお酒の匂いまでしてきた。

結婚式だというのに、ほとんど意思の疎通も出来ないまま終わってしまい、終わるやいなや夫はサッサと帰ってしまった。


晴美は日本に帰ってからも、この結婚を破棄したい思いで一杯だったが、教祖が決めた相手との結婚を破棄するという事は、信者として最も重い罪になるので、どうしてもハッキリと決断する事が出来なかった。

年齢的な事もあり、晴美は直ぐにでも韓国に行って結婚するよう周りの圧力に流されるしかなかったのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る