第5話


晴美は、韓国に来て驚かされる事が2つあった。

夫の実年齢が聞かされていたよりも5つも上だった。そうなると、晴美よりも10才以上上になるという事だ。


もう一つは、夫は定職についていなかった。

気が向いた時に日雇いの仕事をして食いつないでいるという生活だった。

であるから、住んでいる家も物置きのようなボロボロの狭い家だった。


更に夫は家族との関係が疎遠で半ば見放されてるような状態だった。

だから、この家も祝福式の時に会った、あの親戚の叔母さんが世話をしたらしい。

そのような状況を知るにつれ、ようやく腑に落ちた。


ようは、夫は信仰など全く無く、世話になっている親戚の勧誘を断れず、嫌々結婚したのだ。


初めに愛がない結婚でも、お互いが信仰を持っていれば、愛を育みながら上手くいく事もあるかも知れない。

しかし、晴美達の結婚は初めから上手くいく要素が無く破綻していたのだ。


その日暮らしの夫は、晴美と暮らし始めてからも、その生活態度を変えるような事は無かった。

それでも晴美を追い出さないのは、程の良い家政婦を雇ったとでも思ったのかも知れない。

晴美の方も、ヒリヒリするような夫との生活を耐え忍んだのは、日本は昔韓国に酷い事をしたという教会の教えの為だった。


日帝という時代、日本は韓国から「国王」「主権」「生命」「土地」「資源」「国語」「名前」という7つを奪い、従軍慰安婦や時として残虐非道の殺戮をしてきたと教えられてきた。

日本人はその当時の歴史認識を持っている人も少なく、言われた事をそのまま信じていた。


特に韓国に嫁いできた日本人女性たちは、自分達は日本の為にその罪を償う使命を持ってこの国に来たと教え込まれ、どんな苦労をしても罪滅ぼしとして感謝して越えなければならないと強く教え込まれた。


晴美も最初の頃は、その教えの通り、それでも夫に尽くそうと努力したが、生活が改善する事は無かった。


数年後、夫は腎臓を患い働くことも出来なくなった。必然的に晴美が家政婦などをしながら、働かなければならなかったが、夫の高額な医療費を払ってしまうと、ほとんど生活費が無くなるという生活になっていった。


晴美の窮状を見かねた、同じ教会に通う日本人女性たちが、食材などを分け与えながら何とか生活を凌いでいた。

その中でも、特に良くしてくれたのが純子という女性だった。

彼女は近所にある農家に嫁いでいた。

韓国では儒教意識が強く女性の立場、取り分け嫁という立場は低い。ましてやそれが日本人ともなれば、使用人のような立場でこき使われる。

純子の家は、姑が日本人嫌いで純子に辛く当たるとぼやいていた。

そんな純子ですら、晴美の窮状には同情せざるを得ないようで、お米や食材、時にはお金も与えてくれた。


晴美も周りの助けに感謝しながらも、何故自分がこのように生きなければならないのか、段々分からなくなっていった。

日本へと帰りたかったが、飛行機代を工面出来ないという事と呪縛のような使命感が躊躇させていた。


夫は、病院通いをしてもお酒を止める事が出来ず、少しでも気に入らない事があると暴力を振るうようになった。

晴美は、段々と生きていく意味も分からなくなっていき、高い場所に行けば、ここから飛び降りたら楽になれるだろうか、或いは眠る時は、このまま心臓が止まって起きなくなればどれほど楽か、そんな事ばかり考えるようになっていった。

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