第3話

翌日の会社の帰り、晴美はATMから70万円を下ろしていた。

昨晩は、よく眠れずに悩んでいたが、これで結婚出来れば安いものだと思うことにした。


昨日の今日で、早速鈴木と一緒に鑑定所に行き、田中先生にお金を渡した。


「念珠は40日間、特別な祈祷をしながら作りますので、暫くお待ち下さいね。

これで晴美さんの運勢は大きく変わって行きます。しかし、晴美さんが理想の結婚相手に出会う為には、晴美さん自身が魂の成長をしなければなりません。

その為には心を磨く勉強をしなければなりません。

何処か目的地に行く為には、地図が無ければ行けませんよね。心も成長する為には成長する為の知識がなければならないのです。

私が個人的に知っているカルチャーセンターがあるのですが、鈴木さんにも紹介して随分と成長されたので、ぜひこれから一緒に行ってみたら如何ですか」


乗りかかった船とは、このことだろう。

晴美は、言われるがままに鈴木と一緒にカルチャーセンターへ行った。


カルチャーセンターは、ターミナル駅にあった。喫茶店のような談話室の奥に、衝立で一つ一つ仕切られたテレビを見るスペースが並んでいる。鈴木はビデオセンターだと紹介した。

暫くすると、カウンセラーという女性が2人の前に座った。

カウンセラーは小沢と言い、やたらに晴美を讃美し始めた。

その内、ここで学べばどれ程素晴らしい人生が待っているか、逆に学ばなければ恐ろしいかといった話しを織り交ぜながら勧めてきた。

結局、晴美は言われるがままに受講を決めていた。

そこではビデオを見るのだが、黒板講義で神様の話しや聖書の話しをするビデオだった。

晴美は今まで神様や聖書にまともに向き合った事が無かった為、理解することもあまり出来なかったが、反証する事も出来無かった。ビデオを見た後に小沢と話しをするのだが、小沢はこ れは真理だからという事を強調してきた。

ひと月も通っただろうか、小沢が泊り込みのセミナーに参加するよう強く勧めて来た。

晴美はどちらかというと人見知りで、初めて会った人たちと泊まるのは抵抗があると言ったのだが、小沢からはそういう所を変えなければ一生幸せにはなれないと言われ、セミナーの参加も決めてしまった。


1週間後の週末、晴美は郊外の旅館のような造りの修練所と呼ばれる場所に来ていた。

そこでは講師と呼ばれる人が来て、ほぼ2日間ビデオで見た講義を直接受けるのだという。

人見知りだった晴美も、似たような人が多いからか、思いの外打ち解けることが出来、それなりに楽しめた。

2日目の夜の講義で「イエスの生涯」という講義があった。晴美は、イエスキリストについては、断片的にしか知らなかった。

講師が語るには、イエスキリストという人は、マリアの子どもではあるが、父ヨセフの子どもではなく、そのため幼少期は今で言う幼児虐待のような環境で育ったという。

しかし、本来は救世主として地上において結婚をし、神様が望む真の家庭を築く為に来られたという。しかし、当時のユダヤ人たちは、自分達が救世主を待ち望んでいたにも関わらず、イエスキリストを偽救世主として迫害し、挙句の果てには十字架につけて殺してしまったのだと、怒鳴るような熱い言葉で泣きながら訴えていた。

その様子をまるで見ていたかのように語られてるうちに、晴美も自分でも驚くほど泣いていて、イエスキリストのために何かしたいとさえ思うほどであった。

今度はそのままの流れで4日間のセミナーも決めてしまった。


4日間のセミナーでは、ここが統一教会という宗教団体である事、2千年前に十字架で亡くなったイエスキリストが今の時代に再臨した事などを講義していた。イエスキリストが地上でなされなかった使命を受け継いだのが、韓国出身の文鮮明という人だと言った。

晴美は、全くピンと来なかったが、それらの内容よりも亡くなった母親の事を思った。母親が亡くなった時、弟は小学校三年生だった。どれ程の思いを残して亡くなったのか、それも晴美をこの道に導く為の犠牲だったのではないか、そう思うとどんな事があっても晴美はこの道を突き進んでいかなければならないという気持ちになっていった。


最初に念珠を授かってから、一年もしない内に晴美は仕事も辞め、家も出て出家信者として、ターミナル駅で前線活動というキャッチセールスをしていた。


晴美に声をかけた鈴木は、親の強烈な反対にあい無理矢理実家に連れ戻され音信不通になったらしい。晴美は父親に反対されながらも、父親や弟の為にも自分がこの道を貫き通すという決意のもとに家を飛び出してきた。


晴美は世間で霊感商法という活動をしていた。ある時は蔑まされるような対応をされる事もある、実績が出ない時は断食をする事もある、実績が出るまで帰れないと夜中の繁華街を女性2人で歩いた事もある。

それら全ては神様の為であり、再臨のイエスの為であり、日本の罪の為であり、自分の家系や家族の為だという信仰で耐えていた。


そんな生活も2年を過ぎた頃、結婚、その宗教では祝福という話しが出て来た。

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