第2話

電車で二つ先の駅で降りて、大きな街道沿いにある高級そうなマンションの一室が鑑定所だった。中はいくつかの個室があるような造りで、晴美達は玄関から直ぐの個室に通された。


鈴木が、しきりに先生、先生と言っていたから、お婆さんのような人を想像していたが、自分と大して変わらない、もしかすると、自分よりも若いかも知れない田中という女性の先生が部屋に入ってきた。


田中先生は、スケッチブックのような物を使って姓名判断をしていたが、そこから段々と因縁について話し始めた。


ようは先祖の行いが、今生きている自分達に運勢という形で現れるという。良い行いをした先祖が多ければ順風満帆な人生を送り、逆に悪い行いをした先祖が多ければ、何をしても上手くいかず不幸な人生を辿るという。


晴美の場合は女性が苦労する家系で、母親が早死にしたのも悪因縁によるもので、このままの運勢だと晴美も結婚出来ない、或いは結婚しても離婚しやすい運勢だと言われた。


「どうしたら良いですか?」


晴美の一言は、重い話しばかり続いていたその場の雰囲気を、一気に軽くしたように感じた。

田中先生は、お祈りして来ますと言って部屋を出た。

先ほどまで眠たそうにしていた隣の鈴木も、間を持たせようと懸命に喋りかけてきたが、晴美は次の展開が気になり適当に相槌を打っていた。


田中先生が入って来て、再びスケッチブックに書き始めた。

「全ての元凶は、親子の縁が切れる事により人は自分勝手になり、男女の縁が切れる事により愛憎が生まれ、兄弟の縁が切れる事により争いが生まれたんです。そして本来、縁が切れていない状態というのは、親と子、すなわち親の親である先祖と私が強く結ばれ、先祖と結ばれた男女が真の愛で結ばれた夫婦となり、そしてその子供達も固い縁で結ばれた状態、すなわち真の家庭こそが完全なる縁で結ばれた形なのです。」

主要な単語をスケッチブックに殴り書きしながら、熱のこもった状態で話し続けた。


「家系にある因縁を断ち切る為には、真の家庭を家系の中に作らなければならないのですが、先祖の因縁があるので実際には難しいのです。

ですので、その代わりに完成された真の家庭を象徴する物を家系に入れなければならないのです。それが念珠です。」


「念珠?」


「そう、念珠です。念珠というと一般的には仏具ですが、これは特別な祈祷が施されたお守りです。珠は魂を現し、それらを固く糸、絆で結び、失われた親と子、夫婦の絆を取り戻し真の家庭を完成させたという条件を成立する事が出来ます。」


「それを持てば、家系の運勢を変えることが出来るんですか?」


「その通りです。珠も木とかでは無く石、キセキを使います。」


田中先生は、紙に大きく輝石と書いた。


「石には意志、魂が宿りますので…

晴美さんは、これを持ちたいと思いますか?」


「はい…。」


晴美は戸惑いながらも、それ以外の選択肢がないように感じられた。


「では、晴美さんに相応しい輝石をお祈りして来ますので、少しお待ち下さい。」


そう言って再び席を外した。

鈴木が、しきりに自分も先生に勧められて念珠を持つことで大きく運勢が変わったと言った。


田中先生が戻ってくると、晴美に合うのは翡翠で出来た念珠だと言ってパンフレットを開いた。

淡緑色の綺麗な念珠だった。


「これを授かる為には浄財が必要になります。

そして、数字には数霊が宿るため、全て意味があります。晴美さんに相応しい数字を3つ書きますので、ご自身で判断してみて下さい。」


そう言うと、紙に120、70、40と書いた。

晴美は瞬間理解出来なかったが、それが万単位だと気づくとギョッとした。

お金がかかるとは思っていたが、数万くらいだと思っていたからだ。

田中先生は、そんな晴美の様子を見抜いたのか、


「浄財というのは、浄罪という意味もあります。すなわち、家系的に連綿と続いてきた罪を晴美さんの代で清算するという事でもあります。本来であれば、全てを投げ打って神仏の前に出家するような条件を立てなければならないのですが、現実的には難しいですよね。

ですから、一瞬でも身を切られるような想いを越えなければ、家系的な運勢など絶対に変えることは出来ません。」


確かに、簡単に変わると言われれば、信じがたい気もする。しかし、ここまで真剣に自分も越えたら、今までとは違う運勢が来るかも知れない。晴美はしきりに強調されていた人生の転機というものだと信じてみようと思った。


それでも1番上の金額を選ぶ事は出来ず、真ん中の70を選んだ。


それからは契約書を書いたり、クーリングオフの説明を受けたり現実的な作業をしたが、最後に、これは陰徳積善だから暫くは誰にも話してはいけないと念を押された。


鑑定所を後にし、家路を辿っている時、晴美は何度も騙されたのではないかという葛藤の中にいた。

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