第13話 お願いだからお帰りください!

「……ちょっと待ってくれ。その『鬼神』が何故、俺の所に送られてきているのかな?」

「……それは、俺には分かりません。何せ封印から目覚めると、この場に居りましたので……。お答え出来ずに申し訳ございません」


 彼が『鬼』であり、一族を束ねる『鬼神』だということは一旦置いて置くことにした。それよりも根本的に何故、彼が俺の下に送られて来た理由が分からない。普通は一般人に『鬼神』を送らないからだ。やはり俺の実家はおかしい。送られて来た本人ならば、分かるかもしれないと、鬼束さんに尋ねた。しかし、彼は申し訳なさそうに眉を下げると知らないと告げた。イケメンが悲しそうな顔をしていると、罪悪感が物凄い。彼も俺も決して悪くない。全ては実家が悪いのだ。報連相が出来ない我が実家が!普通は送る前に連絡をするだろう?一万歩譲ってサプライズイベントだとしても、毛玉に続き『鬼神』を送って来るか?そしてその後の連絡もないのは完全におかしいだろう。いくら実家に電子機器破壊神が居るからとはいえ、手紙ぐらい送ってくれ。我が実家は常識を学んだ方が良い。ど田舎に引きこもり過ぎて、一般社会から孤立しているのだ。我が実家は文明や社会常識が退化し、野生へと帰ろうとしている気がする。いや、もう八割がた戻っているだろう。


「いや……そっか、知らないなら仕方がないよ……」

「お役に立てず、申し訳ございません! 主のお役に立てず、更には困らせてしまうなど何たる失態……。腹を切ってお詫び申し上げます!!」

「は……え……えぇ!? ちょっと!?」


 全ては野生に戻ろうとしている実家が悪いのだ。鬼束さんに気にしないでくれと声をかけると、彼は上着を脱ぎ捨て、刀を手に取った。セリフが時代劇で観るような武士のようだ。いや彼は『鬼』ではなかっただろうか?『鬼』は皆、武士のような一面があるのだろうか?俺も『鬼』には初めて出会うから、その当たりの判断はしかねる。只、彼がとても真面目な性格をしていることは分かる。

 だが、今はそれどころではない。俺の部屋がトマト祭りのようになってしまうのだ。何度でも言うが此処は借りているアパートの一室である。つまり借りている部屋だから、綺麗に使い綺麗に返すのが常識である。俺の実家は非常識で型破りではあるが、俺自身は最低限の常識は守りたいのだ。それに命は大事だ。鬼束さんを止めるために、声をかけた。


「止めないで下さい! 俺は……俺は! 臣下として主のお役に立つ事が出来なかったのです! 我が命でお詫びするのが筋です!!」

「いやいや! ほら、生きれば良いことあるよ?! それに俺は鬼束さんと話しが出来て良かったよ!? 全部が分からなくても、何個か質問に答えてくれたよね!? 役に立つとか立たないじゃないよ! 折角、授かった命だろ!? 大切にしろよ! 故郷のお袋さんが知ったら悲しむぞ!?」


 俺の静止を振り切って、鬼束さんは刀を腹に立てようとした。ひぃ!止めてくれ!俺の部屋が鉄臭くなる!両隣の住人からのクレームと異臭騒ぎで警察が来て、大家さんに何と言い訳をしたら良いのだ?ドラマチックな展開やピリッと辛いサスペンス要素は要らないのだ。頼むから、俺の細やか大学生活を壊さないでくれ!!

 縋るように、俺は思い当たることを全て叫んだ。後半は刑事ドラマの受け売りになってしまった。こんな大声を出して、両隣の住人が不在なことを祈るばかりだ。ご近所トラブルは避けたい。

 

「……っ! 主……俺は……」

「大丈夫だ。鬼瓦さんは一人じゃない」


 鬼瓦さんが、刀から手を放した。フローリングが傷付くと大家さんに怒られるので、傍にあったタオルで刀を包んだ。如何やら彼は落ち着いたようだ。俺の魂の叫びが届いたようで何よりだ。そうだ彼には家族がいるだろう。一族を束ねる存在である『鬼神』なのだから、例え肉親がいなくても一族が家族だ。きっと鬼束さんを探しているに違いない。彼は当主なのだから。だから俺の部屋をケチャップまみれにせず、家族の元に帰ってくれ。そう願いを込めて鬼束さんへと声をかけた。


「……っ! 主! 貴方というお方は……。ありがとうございます! これから誠心誠意を込めてお仕えさせて頂きます!!」

「……え……?……うん? あれ? 鬼束さんは当主なんだよね?」


 家族の事を思い出したようだ。彼は琥珀色の瞳に涙を浮かべると、俺へと頭を下げた。彼の額はフローリングにぶつかり、ダイニングに鈍い音が響く。フローリングは無事だろうか?下の階の人に騒音で苦情を言われないだろうか、鬼のダイナミックな土下座怖い。礼はいいから早く帰って欲しい。無慈悲かもしれないが、目の前に『鬼』が居たら普通は早々の帰宅を願うのは普通のことだろう。俺は悪くない。

 しかし、鬼束さんの言葉に引っ掛かりを感じた。『仕える』というのは如何いう意味だ?そういえば、彼が正気に戻った際にも仕えるとか何とか言っていた気がする。


「はい!! 『鬼神』の一角、深紅の鬼束烈火に御座います!!」

「……うん、だからさ? 一族の鬼さん達が帰りを待っているんじゃない?」


 始めと同じように自己紹介をする鬼束さん。俺もこのやり取りに段々と疲れが見えてきた。少し直接的な表現で悪いのだが、お帰り頂くように言葉を発した。


「……っ……。いえ……俺は自身を制御することが出来ず封印されていたので……」

「なら、一族の皆さんに顔を見せてあげたら良いと思うよ?」


 彼も帰りたいのだろう。歯切れ悪く、俯きながら拳を握る鬼束さん。彼の事情は深くは知らないが、封印されていたならば家族に会っていないだろう。家族に顔を見せてあげた方がいいと、心情に訴え説得を試みる。なんだか上手くいきそうな気がする。


「いえ! 俺を助けて下さった主に御恩を返すまで帰ることなど出来ません!! 恩人に御恩を返さずに、帰るなどあり得ません! それこそ、我が一族の恥です!! 主にお仕えさせて頂きます!!」

「……え……えっと……」


 決意をした琥珀色の瞳が、俺を真っ直ぐに見上げる。如何やら鬼という生き物は、義理人情に厚いようだ。俺の知っている昔話だと、乱暴なイメージが強かったが実際は違うようである。

 だが今は鬼の性質に関心をしている場合ではない。特に俺は何もしていないので、鬼束さんにはお帰り頂いて結構なのだが?というか寧ろ、お帰り願いたいのだが?何が如何して、俺に仕えるとかいう話になるのだろうか?家族の話をしても、俺のところに居るという。これではお帰り願うことは難しそうだ。俺は一体どうしたらいいのだ!? 頼む!誰か教えてくれ!!


「ふぁ~みゅう!」

「あ、毛玉……降りなさい」


 必死に心の中で助けを求めていると、毛玉が飛び上がり俺の頭に乗った。手足がないのにその跳躍力は何処からやって来るのだ?もしかして毛玉は、毛玉ではなく。全身筋肉お化けなのではないか?そうすれば、この跳躍力も納得がいく。

 それにしても、毛玉は俺の頭が好きだと思う。本当に俺の頭からは何か出ているのだろうか?毛玉が好む何かが……ということは、俺は毛玉にその何を吸い取られていることになる。俺は焦って毛玉を両手で掴むと頭から降ろした。毛根の栄養とかだったら嫌だ。


「ぶぶぅ! ぶううう!!」

「鳴き声まで不細工にするのは、やめなさい」


 頭から降ろされたのに対して、抗議するように毛玉は鳴き声を上げた。頬を膨らませた後に、口を尖らせ低い声を出している。抗議したいのは俺の方である。毛根の栄養を吸われ過ぎて、俺が禿げたら如何してくれるのだ。そうでなくとも、毛玉と鬼が送られて来てストレスを感じているのだ。もう少し俺を労わってくれ。

 両手で毛玉の頬を捏ねる。頬と言っても、一頭身しかない為体全体になる。触り心地の良いクッションを捏ねている感覚だ。これは決して、毛玉を虐めているわけではない。過度なストレスを与えた存在が、被害者のストレス解消・発散に貢献するのは当たり前だろう。加えて俺はこの部屋の主である。そこに毛玉は居候をしているのだ。家主に奉仕する義務があるだろう。これに懲りたら、俺の毛根から栄養を吸うのは止めてくれ。


「きゅう! きゅうう!!」

「……反省しろよ……」


 俺に捏ねられるのを嫌がっていると思っていると、腕の中で毛玉は楽しそうに声を上げた。青い瞳が輝いている。毛玉さん?反省して下さいよ?俺が禿げたら本当に如何してくれるのだ?お前の毛を移植するぞ?でもそれだと、俺は白髪になってしまうな。それにこの毛玉の毛を植毛するのは、正直に言って嫌である。


「……っ!? 主様、そのお方は?」

「? 毛玉だけど?」

「ふぁみゅう!」


 不思議そうに鬼束さんが、毛玉を見た。毛玉は彼の方を向くと、自慢気に鳴き声を上げた。何故そこまで自信を持つことが出来るのか俺には分からない。毛玉は初対面で鷲掴みにされていたのだが?忘れてしまったのか?


「毛玉も鬼束さんと同じく、実家から送られて来まして……泥だらけでしたよ……」

「きゅう! きゅう!」

 

 再び毛玉を両手で捏ねる。毛玉が送られて来た時のことを思い出す。謎の暗闇が送られて来たと大変慌てたものだ。毛玉の時もだが鬼束さんも、生きているのだから宅配便は止めて欲しい。生き物を宅配便で送る我が実家の神経はおかしい。


「そうでしたか……やはり主は素晴らしい方ですね!」

「……え?」

「きゅう!!」


 鬼束さんは納得したように頷いた。それに答えるように毛玉が鳴き声を上げた。いや?何に彼は納得したのか俺には分からないのだが?説明してくれない?何?二人だけで納得しないでくれよ!俺を置いて毛玉と鬼束さんは頷き合った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る