第12話 鬼らしいです!?


「えっと……それで鬼束さん」

「烈火とお呼びください! 主!」


 俺の家のダイニングに元気の良い声が響く。うん、元気いっぱいで良い声である。平常時に聞けば、嘸かしテンションが上がったことだろう。だが残念ながら、今の俺にはその声を楽しむ余裕はない。目の前に正座で座っている男性を如何にかしなければならないのだ。

 驚いたことに、鎧武者さんはその鎧を脱ぐとイケメンであった。鎧と同じ深紅の髪に、琥珀色の瞳を持つアニメのキャラクターのようなイケメンさんが登場した。袴姿の和風男子である。何を食べて育てば、そんな美形になるのだろうか?

 一般人代表な俺と同じ空間に存在し、同じ空気を吸っていることが申し訳なく思えてくる。そんな人間離れしたイケメンさんから『主』と呼ばれてみろ、俺でなければ耐えられなかっただろう。一般人とイケメン。心に壁を作ることによって俺はこの状況を耐えている。正直に言って、俺もそう長い時間を耐えることは出来ないだろう。


「……では、烈火さん。幾つか質問があるのでお答え下さい」

「承知致しました! 何なりとお申し付けください!」


 毛玉を膝に置き撫でつつ、俺は平静を保つ。呼び名に関しては、こんなイケメンさんを呼び捨てなど出来ない。いや、そんなことをすれば俺は後ろ指を刺されるだろう。俺は平穏な大学生活を過ごしたいだけなのだ。温和な解決を求める。決意を固めると、ソファーテーブルを挟んで座る彼へと質問をすることにした。


「確認なのですが、実家から送られて来て俺……。失礼、私から受けた行為について裁判を起こす気がありますか?」

「……? 裁判? 何故ですか!? 俺は主に感謝と恩義しか感じておりません! 恩人に対して弓を引くなどありえません! 俺の矜持が許しません!! 何故、主はそのようなお考えに至ったのか経緯をご説明願います!!」


 俺は内心冷や汗を掻きながら彼に質問を告げた。彼が裁判を起こせば百パーセント勝訴するだろう。実家からダンボール箱に封印され送られてきた彼は、我が家に到着すると除菌スプレーの洗礼を受けた。どう考えても被害者であり、実家と俺は極悪人である。彼に裁判を起こす意思があるのか確認を取りたかったのだ。鬼束さんの考え一つで、我が清水家は裁判を起こされるのである。実家はこのことを予期していなかったのだろうか。何故、一方的に送られて来た俺がここまで精神をすり減らさなければならないのだ。禿げたり、白髪になったりしたら絶対に実家の所為である。育毛剤と白髪染め代金を請求してやる!

 俺が恐る恐る言葉を告げると、彼は首を傾げた。そしてその後に、前のめりになると大きな声で抗議をし始めた。己の受けた行為に対してではなく、裁判を起こすということに対してである。圧が凄い圧が……イケメンの圧が凄い。というか武士みたいなことをいう人である。


「えっと……。いや、人道的に問題があるなと……」

「人道的? いえ、俺は鬼ですので問題ありません。それに、全ては俺の未熟さが招いたこと! 清水家と主には、俺を救っていただいたのです! 感謝しております!!」


 SNSで拡散をされたら、我が家は極悪非道な一族として世界中に知られてしまう。俺の穏やかな大学生活が揺らぐことはあってはならないことだ。俺の歯切れの悪い返事に、彼は問題ないと元気に答えた。

 本人が問題ないと言うのだから、本当に問題ないかもしれない。無理矢理、問題に上げる必要もないだろう。俺はほっと一息を吐こうとした。


「……ん? あれ? 『鬼』って言った?」

「はい! 俺は『鬼神』の一角、深紅の鬼束烈火に御座います!!」


 彼の発言の中に、気になるワードが存在した。その事に気が付き、思わず敬語を忘れて訊ねた。すると彼は自信満々に名乗りを上げた。元気があって大変宜しいと思います。きっと就職活動の時は、その元気な様子と爽やかさで高評価間違いないでしょう!……ではない!今、『鬼』と言ったか?『鬼』ってあの『鬼』だよね?え?それと『鬼神』とか物騒なワードが聞こえた気がするのだが?『鬼』の『神』と書いての『鬼神』じゃないよな?別の意味だよね?気のせいだよね?毛玉が送られて来てから、色々と疲れているから別の単語に聞こえてしまっただけだよね!?

 人間をダンボール箱に封印した問題が解決したと思ったのに!一難去ってまた一難か!?


「……いや? えっと? 『鬼』ってあれですか? 角とか牙とか……ある系のやつですか?」

「ええ、そうです! 角とか牙とかあって、金棒とか振り回して牛を丸吞みする系のやつです! 主の思い描いている想像で合っております!」


 軽く現実逃避をしながら、鬼束さんに確認をする。最近、現実逃避をする回数が増えている。俺はうら若き青年だというのに、何故、現実から目を逸らす回数が増えているのだろうか。答えは実家である。本当に実家は俺に何をしたいのか分からない。まあ、分かりたくもないのだが。

 鬼束さんは、元気良く『鬼』であることを肯定した。角とか牙とかある系のやつらしい。更には余計な情報も加えてくれた。確かに昔話で『金棒とかとか振り回して牛を丸吞みする』とか聞いたことがある。しかし、そんな笑顔で答えないで欲しい。俺の状況も考えて頂きたい。俺は今、目の前に『角とか牙とかあって、金棒とかとか振り回して牛を丸吞みする系』の『鬼』が居るのだ。こんなに情報を並べられて、一体どんな顔をすれは良いのだ。俺は一体何を求められているというのだ?


「あと……確認だけど、もしかして『鬼神』って『鬼』の中でも強い個体を指す?」

「はい、その通りです! 流石は主ですね!」


 嫌な予感しかしないが、俺は『鬼神』について話しを振った。此処で聞かないと、後々面倒なことになりそうな気がしたからだ。俺は苦手な食べ物は先からの食べるタイプの人間なのだ。

しかし結果は、笑顔で嬉しくない賞賛の言葉を頂きました!!褒められて嬉しくないのも珍しいことだ。おかしいな……俺は褒めて伸びるタイプなのだが……。


「……ぐ、具体的には?」


俺は『鬼神』について知らない。漢字の意味合いと、アニメや漫画からの情報から予想しているだけだ。大事にならなければ良いと思いながら、鬼束さんに『鬼神』について質問をした。此処まで色々と知ってしまったのだ。これ以上新しい情報が入って来たとしても俺には耐えられ自信がある。いや、耐えて見せる。実家の陰謀に屈してたまるか!俺はやれば出来る子だ!


「九つ存在する鬼族の当主になります」


彼は笑顔を崩さず、まるで明日の天気を知らせるようにさらっと告げた。当主って一族の主だよな?あれ?鬼束さんは『鬼神』だと言ったよな?つまり、当主ということになるよな?あれ?何だか混乱してきたぞ?落ち着け俺。冷静さを失った者から闇に葬られるのだ。冷静さを失ってはいけない。


「……それって、リーダーとか隊長ってことだよね?」

「そうですね。『りーだー』という言葉は知りませんが、一族を纏める立場であると言うならば、『隊長』という言葉は合っていると思います」


 思考停止しそうになりながら、鬼束さんに当主について質問を重ねた。俺だって馬鹿な質問をしているという自覚はある。だが、色々と疲れているのだ。優しくしてくれ。そう思いながら鬼束さんを見ると、彼は相変わらず優しく丁寧に質問に答えてくれた。ありがとう、鬼束さんだけが今の俺の救いだ。これで彼が『鬼』でなければ俺は泣いて崇めたことだろう。別に彼を『鬼』として差別をしているわけではない。ただ単に、俺を悩ませている状況が鬼束さんだと言うだけだ。そう考えると、俺は実家を差別しなければならなくなるだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る